第9話 防衛都市マキュラ

「王族の、証、」

「そうだ」


 思わず邪神の言葉を復唱する。当の邪神はあっけらかんとしていて、王族と偽った意図は全く掴めない。

 俺の嵐の如く乱れる心境とは裏腹に歩は止まる事を知らず、周りには次第に人影や喧騒も増えてきた。大通りまではもうすぐのようだった。黒いローブの二人組は目立つようで、こちらを見定めるような視線が背を擽る。

 悶々としながらも足を動かしていたところ、やっと邪神が口を開いた。


「貴様と我には人間界での身分が無い。ならば作って仕舞えばいい。我は存在を秘匿されて来た亡国の姫君で、貴様はその配下だ」


 思っていたよりはマシな理由だった。邪神なら面白半分でやりそうだな、と思っていたからだ。しかし、その理由付けにも疑問が残る。


「なんだそのパンが無ければなんとやらみたいな言い草は。というかそれ、調べられればすぐバレるんじゃ無いか?」

「門前の彼奴らは所詮この都市の飼い犬よ。態々南の船着き場から来た王族、などという面倒ごとに関わろうなどとは考えるまい」


 俺の言い訳が功を奏していた、のだろうか。そういう事するんだったら、事前に言って欲しかったんだけどなぁ...。


「敵を騙すにはまず懐中の敵から、だ」

「俺も敵なのね...」


 都市に入るだけでも一苦労だ。俺はこれから降りかかるであろう災い━━主に邪神によって齎される━━を想像し、溜息をついた。



「で、大通りに着いた訳だけど...俺、浮いてない?」


 大通りには、赤煉瓦の屋根に白染めの壁の家屋が石の街道に沿って立ち並んでいた。果物や干肉、アクセサリーを売る露店も出ており、まさに大通りといった賑わいだ。ヨーロッパの観光地へ行けばこんな光景が見られそうだ。

 だからだろうか。日本人の俺には、見慣れない物ばかりだし、行き交う人々は完全に外国人の顔つきだしで全く落ち着かなかった。


「いつまでその間抜け面を晒しているつもりだ。ついてこい」

「あっ、ちょっと。どこへ行くんだ?」

「鍛冶屋だ」


 邪神は完全に我が道を行っている。人混みに紛れて見失ってしまいそうだったので、慌てて追いかけた。


「鍛冶屋ってお前、目的はともかく場所分かるのか?」

「行き交うニンゲンの心を覗き場所を特定した」

「なんでもありだな」


 もう驚かないぞ。俺は平静を装った。


「この都市は主に、都市を囲う迎撃魔法が組み込まれた防衛壁、門から入ってすぐの連絡通路、防衛壁と同様に円状に成る大通りが三層連なる様にして構成されており、中心部には都市の防衛機構を管理する塔が存在している」


 確かに見上げれば、壁と同じくらいの高さの塔が建っている。この都市は、通路などを抜きにすれば真ん中が突き抜けたバームクーヘンみたいになってる、という事だろうか。

 しかし、やっぱり邪神はチートオブチートだ。パーティに組み込めていたら、力の調整を間違えた拍子にこの世界をぶっ壊していたかもしれない。


「我が赤子に触れるようにそっと撫で付けるだけで滅びゆくニンゲンどもへの力加減を見誤るかもしれない、とでも思っているのか?」

「オモッテナイデス」


 ...俺にも使われているんだろうか、読心術。一々心臓に悪い。精神耐性よ、もう少し精神耐性らしいところを見せてくれ。取り敢えず、話題の軌道修正でお茶を濁すことにした。


「で、鍛冶屋に行く目的は?」


 そう聞くと、邪神はあからさまに呆れた様な態度を取って此方を睨め付けた。


「決まっている。貴様の装備を誂えるためだ」

「装備...?俺の?」

「貴様以外の誰が着けるというのだ。浮浪者にでも寄付するのか?」

「いや、そうじゃくて...」


 自分で言うのも恥ずかしいのだが、ジャンプしただけで雲を突き抜けるくらい高く跳び、原種オリジンを殴り倒すようなビックリ人間に装備は必要なのだろうか。


「全く反吐が出るほどの慢心ぶりだな。確かに普通のニンゲンは魔法無しにあの高さに到達する事は不可能で、原種を己の身一つで滅するというのも同様だ」

「だが、貴様がいくら原種を素手で殴り殺したと吹聴して回っても、信ずるものは誰一人としていないだろうよ」


 酷い言われ様だけど、どんな敵がいるのかも分からないのに少し調子に乗っていたのかもしれない。攻撃特化に裸で挑む様なものだ。じっさい裸同然だけど。


「邪神は180レベル...の人間と戦ったことがあるんだろ?そいつなら出来るのか?」 

「やろうと思えば出来るだろう。レベルとは身体能力、魔力変換器官の発達度、魂の習熟度をし、適当な数値で表したものだが...だいたい100を越えれば、そのような人並外れたニンゲンが出てくる」


 100でこの力だ。邪神が何分の一の力を俺に与えたのかを思い出し、寒気がしたので記憶から消し飛ばす事にした。


「つまり、出来る奴はいるって事か」

「しかし貴様は全くの無名だ。であれば相応の装備を仕立て、相応の振る舞いをするしかあるまい」


 しかし、俺の装備か。着方とか武器の使い方とか分かんないし、出来れば使いやすいのが良いなあ...。



「しかし、邪神のくせにいろいろ考えてくれてるんだなあ」

「貴様が考え無しなだけであろう」

「確かに」

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