第8話 時速15000キロメートル

第8話 防衛都市マキュラ


 ある程度質問攻めも終えたところで、というかタイミング良く俺が意気消沈した為に、俺達はドラゴンゾンビの背に乗っての優雅な空の旅を満喫していた。正確には、満喫出来ているのは一名のみであったのだが。

 

「速すぎるだろこいつ!背中にいい感じの出っ張りが無かったら普通に飛ばされてんぞ!」


 このドラゴンゾンビ、邪神が操作したのか知らんが、急に加速し始めたのだ。

背中の出っ張りに掴まり、足をなんとか引っ掛けて移動しているのだが、逆風で殆ど何も聞こえないし目も開けられない。


「減らず口を叩く余裕があるなら、問題無いであろう」


 目を殆ど開けられないのでシルエットしか確認できないが、邪神は俺の横で仁王立ちしていた。ブレないというか、なんというか...


「元々速度に定評のある隕竜を調節した傀儡だ。20分もせぬうちに到着する」


 邪神の声は、驚く程透き通って聞こえた。後で聞いたら、『声による魅了対策の空気振動魔法対策』らしい。つまり、魅了魔法の対策の対策って事だ。どこまでも抜け目がない邪神である。


「都市まで3000キロとか言ってなかったか...!?」

「命令すればもう少し出せるが、傀儡の体も、貴様の体も持たぬであろう?我の温情に、精々感謝することだな」

「体が冷えて温かみが感じられないなぁ...!」


 3000キロが20分もしない内に着くということは、つまり俺たちは今時速15000キロ、マッハ12くらいの速度で移動していることになる。確か、日本の最北端から最南端が2700キロだった気がするる。このまま行けば十数分かそこらで日本縦断クラスだ。すごーい。


「全然凄くないわ!もうちょっと緩めてお願いだから!」

「チッ」


 邪神が指を振るったかと思うと、ドラゴンゾンビの体が下降し、速度が緩やかになった。これならば目も少しは開けられるし、普通に会話もできるだろう。契約の強制力様々である。


「ふー、落ち着いた」

「なんだ、つまらん」


 文句の一つでも言ってやろうと横を向くと、強風に煽られた黒のドレスが捲れ、透き通る様に白い太腿が目に入った。思わず顔を逸らす。


「おやぁ?その年で貴様、ウブなモノだなぁ?」

「次なんか言ったら回帰空間にブチ込むからな...!」

「クク、ニンゲンの苦悶に歪む表情を見る時程愉悦を感じられる瞬間はあるまいて」


 邪神は好きにしろといった感じで不遜な態度を貫いていた。マジでやってやろうか。

 そんなこんなで、危なげなくも空の旅は続いたのだった。



「そろそろだな。マップを開け」

「うす」

 

 少しの間強風に揺られぼーっとしていた俺は、邪神の一声によって現実に引き戻された。

 マップを開くと、現在位置を示す点滅はさっきまで居た大陸東南部の端から、大陸中央部よりもやや北西当たりまで進んでいた。さらに目的地である都市を示す記号のようなものが、現在位置のすぐ上部にあった。直線距離だけ見れば、大陸の半分くらい進んだようだ。


「流石に速いな。都市までもう10キロも無いんじゃないか?」

「そろそろ降りるぞ。近付きすぎると対空迎撃魔法が反応して厄介な事になるからな」

「ドラゴンなんてもんが居るわけだし、空の対策も当然してある訳か」

「殆どの都市は地上よりも空に防衛のリソースを割いている。原種は勿論の事、繁殖期のワイバーンなんぞも、ニンゲンにとっては脅威となり得るからな」

「ふーん」  


 

 俺が適当に相槌を打った次の瞬間。邪神が腕を振るうと、ドラゴンゾンビが予備動作も無いままに真下に急降下し始めたのだ。咄嗟の出来事だったので予測出来ず、俺は掴まったまま、今生2度目の命綱無しの強制スカイダイビングを味わう事となった。


「うおあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「そう慌てるな、死にはせん」


 邪神の声が遠ざかっていく。さてはあいつ、浮いてやがるな!

 そんな邪神とは対照的に、俺はこの状況で手を離す程肝が据わっているわけではないので、大人しく掴まりながら空気の抵抗を浴びる事になった。




 邪神の傀儡である哀れなドラゴンゾンビは地面スレスレで急停止し、地面に大きなヒビを走らせながらも着地に成功した。


「し、死ぬかと思った...」

「クク。我はサディストなどではなく、善良なる博愛主義者だが。貴様を嬲るのは、存外に心地良いモノだなァ」

「どの口が言うんだ!世の邪神が言いそうな事と絶対に言わなさそうな事をセットで口走るのはやめろ...!」


 事の発端たる邪神は、ドレスをはためかせながら悠々と降りてきた。コイツマジで...!


「というかその降りてくる角度だとパンツ見えてんだよ!ドレス着てんならもっとお淑やかにしろ!」

「貴様、倒さなければならぬ敵が我と同様の格好で空から襲撃して来てもその様な事を言っている余裕があるのか?」

「どんなシチュエーションだよ!」


 こっち関係の言い合いでは勝てそうに無い。降りて来た、もとい降ろされた気疲れもあってこれ以上何か言う気にはなれなかった。

 邪神は黒いのを穿いていた。その事について何か言ってやろうとも思ったが、あまりにも女慣れしていない反応だと思ったので言及は控えた。いや、今更だけど。


 あと、今回の功労者たるドラゴンゾンビは邪神が出したブラックホールの様な黒い渦に呑み込まれ、呆気なく消えていった。吸い込まれる直前のドラゴンゾンビの眼孔からは、溶けた隕鉄が一筋零れ落ちていた。哀れ隕竜、安らかに眠れ。



「そういや邪神、邪神なのに街を襲撃してやろうとか、そういう考えにはならなかったんだな。戦えないけど」


 マップを確認しながら未だ続く草原を暫く歩き、前方に建物というか、’壁’らしき物が見え始めた頃。ただ歩いているのも暇だったので、邪神と話す事にした。


「そうだな。我が戦えずとも、貴様を向かわせればそこな都市を襲わせる事は出来ただろうな」

「あ、俺が戦うんだ」


 邪神は俺の言葉をスルーし、だが、と続けて。此方に問いかけるように話を続けた。


「我は先程、貴様に目的はなんだと聞かれ、この世界の事をもう少し知ると答えた。そうだな」

「ああ」

「つまりだ。我の目的は、ニンゲン無くしては達成出来ぬモノだと言う事だ」

「んー...?」


 いまいち要領が掴めない。人間を知る事と世界を知る事は、関係ない気もするんだが。


「鈍いな。この世界はニンゲンによって支配されている。正確には支配していると思い込んでいる、だが。それは聖都も例外では無い」


 聖都。邪神曰く、あらゆる悪しき存在や、成り行きで邪神から加護を貰ってしまった俺みたいな人間を寄せ付けない、’全て’があるとかいう、結構、いや大分大雑把な場所、だっけ。

 

「つまり、人間を知る事で聖都の突破口を探そうとか、そういう事?」

「そうだ。貴様が我を喚ぶ以前は、熟達した兵をそれとなく誘導しては我が居城でもてなしていた物だが...折角の機会だ、本腰を入れて聖都攻略に取り組もうでは無いか」


 もてなしてたんじゃなくて、弄んでいたんじゃ...。

 そんな俺の言葉は、心の中の闇に葬られた。邪神の耳にツッコミだ。共に居る時間は一日程度だが、理解した俺だった。



「見えてはいたけど、遠かったなー...」


 それから暫くして。肉体的疲労は加護の恩恵か全く無かったが、精神的疲労は凄かった。何せ数キロ同じ光景の中歩き続きけるわけだし━━ついでに同行しているのが邪神だ。気疲れは溜まる一方である。だから入り口の門らしき物が見えた時は、安堵で思わず座り込んでしまった。邪神に蹴り起こされたけど。邪神のくせに、物理を多用しすぎである。


「起こし方に慈悲が無い...」

「邪神に慈悲を求めるのはこの世界でも貴様くらいだろうな」

「そうかなぁ...あれ。門の所、兵士っぽい人がいないか?」


 門前には、兵士らしき人影が左右に2人ずつ配置されていた。検問だろうか。だとしたら、懸念材料が二つ━━いや一つあった。


「俺のボロボロの服はなんとか誤魔化せると思うけどさ。邪神、角隠せないのか?」

「幻影で欺く事ならば可能だが」

「邪神の力を疑ってるわけじゃ無いけど、万が一看破されたらめんどくさい事になるだろ?ローブとか出せない?それなら、魔法使いですって誤魔化せるだろ」

「何故魔法使いがローブを着るものだと思い込んでいるのだ貴様は」


 邪神は呆れたように答えながらも指を鳴らし、先程ドラゴンゾンビを吸い込んだ黒い渦の縮小版を出現させた。そこに手を突っ込むと、黒い布の塊を取り出した。


「『堕ちた聖職者フォールンクレリック』だ。満足か?」

「ローブに付ける名前じゃない」

「感想を聞いているわけではない」


 邪神が再度指を鳴らすと、手に取っていたローブが一瞬にして邪神の体を覆った。ローブにはうっすらとだが文字のようなものが刺繍されており、背に刻まれた六芒星からは、心臓の鼓動が如く赤い光が明滅していた。


「それ、曰く付きの装備だったりしない?」

「とある村で孤児院を営み慕われていた修道士が一夜にして豹変し、村人を皆殺しにした際に着ていたとされる代物だ。10年程前に殺した奴から奪い取った。今でも怨念がよく滲み出して来ては━━」

「チェンジで!」

 

 邪神に任せるとロクなことにならない。俺はまた一つ学んだ。



「失礼、ここは入る前に検問をしとりますもんで。すぐ済みますんで、少しばかり質問をよろしいですか」

「ええ、構いません」

「...」

 

 門の左に居た方の、恰幅の良い、全身甲冑で兜から顔だけ見せている人当たりの良さそうな兵士が話しかけて来た。右の方は顔を見せておらず、直立不動だ。思えば初めての人間との会話だ。少し緊張する。

 結局邪神は普通の、何の曰くも無さそうな黒いローブを着た。ついでに俺自身の格好も不安になってきたから、ローブを貸してもらうことにした。邪神はかなり嫌そうだったが。


「ここへは、大草原を通って?」

「ええ。第四大陸から南の船着き場に渡り、探索も兼ねて」


 大陸南部、大草原から外れた海沿いに船着き場がある事はマップで把握していた。結構辺鄙な場所にあるなとは思ったが、理由作りにはもってこいだ。


「ほお。それはまた、大変な道のりだったでしょう。あの船着き場に降りる方々は基本、南の都市へ行くもんだとばかり」

「はい。ですが相応の収穫は有りましたよ。流石噂に聞く大草原だ」

 

 元の世界でバイト先の店長に頼まれ、嫌々ながらも身に付けた会話力が今役に立っている。俺は初めて店長に感謝した。


「成る程。...ところで、そちらの方は?」


 もう一人の兵士が邪神について聞いて来た。顔を見せている俺とは違い、邪神はフードを目深く被っている。面倒な。


「あー、彼女は━━」

「構わん」


 俺の言い訳によって邪神に人見知り属性が付くのよりも早く、邪神はフードを取っ払った。


 頭には、角は生えていなかった。


「こんなナリでな。出来れば、目立ちたくない」

「あ...失礼、致しました」


 兵士は目を逸らした。恐らく幻影魔法とやらを使って見えなくしているのだろうから、側から見れば邪神は普通の女の子になっている筈だ。何かおかしいところでもあったのだろうか。


「いやはや、部下がとんだ御無礼を。さあ、お入りください」


 恰幅の良い方の兵士が門の横の壁に触れた。すると小規模な魔法陣が浮かび上がり、門が音を立てて開き始めた。思わず感嘆しそうになったが、ここでボロを出すわけにはいかないのでグッと堪える。


「ようこそ、『防衛都市マキュラ』へ。大通りへは、少し歩けば合流出来ますよ」


 門は開ききり、俺と邪神は、都市への一歩を踏み出した。




 門から離れ、大通りへ向けて歩いていた頃、邪神が口を開いた。


「あのニンゲン共の兜には、魔法看破が付与されていた」

「えっ、そうなのか」


 先に言ってくれよと思ったのだが、それならどうして通してくれたのだろうか。変な反応はされたけど。


「我の魔法の前にニンゲン如きの浅知恵は通用せぬ。角を隠すついでに、眼の色を変更した。見てみろ」

「どれどれ...あ、オッドアイになってる」


 邪神の顔を横から覗き込む。右眼はそのままの赤色だったが、左眼が神々しい感じの金色になっていた。金髪に金の眼って、同色だしなんか合わないな━━


「この金の髪に金色に輝く左眼...まごう事なき王族の証よ」

「へえ、通りで兵士の反応が.........」






「え゛っ゛」

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