第7話 第五大陸・フィルベニア大草原

第7話 第五大陸・フィルベニア大草原


 太陽が真上に来る頃まで泥の様に眠っていた俺は、邪神に蹴り起こされた。俺の原型が留めているということは、まるで大人が赤ん坊を撫でるが如く力を抜いてくれたのだろう。じゃないと多分、蹴られた瞬間にこの世から消え失せるし。その前に鯖落ちするとは思うけど。


「なあ、共通の目的を決めないか?」

「目的だと?」


 起床し、池の水で顔を洗い、残りの隕竜の肉を食べた後に俺は邪神にそう提案した。

 目覚めてから━━正確には、ガチャ石、もといエーテル石が金では買えず滅多に手に入らない物であると知ったときから━━さっきまで考えていたのだが、俺は元の世界に戻りたいと思った。

 隕竜はまあ、完全にご都合主義が働いて勝つ事が出来たが、この後どうなるかなんてまるで想像もつかない。俺はこの世界の事を大まかに、この草原がある事、魔法がある事、邪神なんて存在がいる事、ドラゴンが居ることしか知らないのだ。2、3歳の子どもでさえもう少しこの世界について詳しいことだろう。

 そんな訳で、


「俺は元の世界に戻る。あとガチャを引く。邪神はどうしたい?」


 邪神は思案する様に腕を組み、暫くして口を開いた。


「我は、この世界の事をもう少し知ろうと思う」

「え?」


 凡そ、邪神の口から出るとは思えないセリフが聞こえたのだが。気のせいだろうか。


「詳しくは移動中話す。共通の目的とやらもだ。地図を出せ」

「あ、はい...」


 マップを開く。これが初めての使用なのだが、他人に促されないとこんな重要そうな物を使わないなんて俺って一体...。

 現在位置は点滅する点で示されていた。今いる大陸の、東南の端あたりだ。


「『フィルベニア大草原』、ねえ」

「第五大陸のおよそ4割を占める巨大な大草原だ。比較的生存に向いている場所ではあるが、第五大陸自体、他の5大陸に比べ大きい事やその巨大な面積から未だ人類未到達領域も数多く存在している」

「さすが詳しいな。...それより、なんか不思議な形してるな、この世界」


 この世界の大陸は中心に小さい大陸が存在し、中心を6つの花弁のような大陸が囲っていた。

 現在の俺たちは一番上の大陸から時計回りで5番目の大陸━━邪神曰く第五大陸━━に位置していた。


「貴様の世界がどの様になっているのかなどカケラも興味は無いが、この世界は中心の聖都によって成り立っている。聖都には’全て’があるとされ、聖都が無ければ、生命は循環しないとも言われている」


 なんか大味な設定づけだなあと思ったが、口には出さなかった。


「そこに行けば、元の世界に戻る手がかりがありそうじゃないか?」

「さあな。だが、我と貴様は聖都に立ち入ることは出来ない」

「ど、どういう事だ?この周りの6つの大陸を回って入場許可証を貰えとか、そういう事?」


 ゲームではありがちな展開だ。邪神の反応を見る限り、そんな生易しい物では決して無いだろうけど。


「それで入れたらとっくに侵入しておるわ馬鹿者が。悪しきものとして名前を連ねる者は入ることが出来ないと、そう言っておるのだ」

「邪神はその理屈で通るだろうけど、俺ただの人間だぜ?」

「貴様の様なニンゲンが何処にいると言うのだ。『加護』を受けた貴様は、とっくにニンゲンの域を逸脱し、魔族と同様に悪しきものと認識されるだろうよ」


 拝啓、お父様お母様。

 異世界に来て初日に神引きしたは良いものの、人間じゃなくなってしまいました。どうしよう。


「それじゃあ、もう手掛かりは掴めないのか...」

「...」


 項垂れる俺を見かねたのか、呆れたのか、邪神はため息を一つついた。


「ここにいても仕方が無いだろう。行くぞ」

「行くって、どこへ?」

「この第五大陸の北、中心都市へ向かう。ここから3000キロ程で付くだろう」


 3000キロって、そんな軽々しく行こうって言って行ける距離じゃないと思うんだけど。邪神なら、転移とかでひとっ飛びできそうだ。


「転移は使えるが、貴様が同行しようものなら空間の狭間に呑み込まれ、死ぬまで隙間を彷徨うことになるだろうな」


 怖いわ。あとナチュラルに心を読むな。

 

「読まれる様な心であるのが悪い。それに、移動手段ならある」

「もしかして、邪神に掴まって空の旅とかそんな感じ?」

「戯け、誰が貴様など運ぶか。揺れるぞ、『傀儡化』」

「うおっ」


 そう邪神が言葉を紡いだ途端、地面が揺れ始めた。すわ地震かと思ったその時、俺は異変に気がついた。

 隕竜の甲殻が宙に浮いたかと思えば、形を為し始めたのだ。空中で四散した為に体を構築していた甲殻は全く足りず、また中身も空虚なそれが組み立てられていく様は、酷く不気味だった。

 それに加え、隕竜の堕とした隕石までもが集まり始めた。外を覆う不純物が剥がれていき、中の隕鉄が姿を見せたのだ。

 隕鉄は空中でドロドロになり、纏めて隕竜の抜け殻のようになった死骸の口から中へ侵入していった。

 まるでドラゴンゾンビだなと、時折痙攣する隕竜の死骸を見て、俺はそんなことを思った。



「さあ、乗れ」


 邪神が組み立てたそれは、シルエットだけ見れば完全に隕竜だった。


「乗れって...飛ぶのこれ?」

「なんの為に『傀儡化』したと思っている。つべこべ言うな」


 邪神は俺の首根っこを掴み、隕竜━━いや、ドラゴンゾンビの背中へ向けて投げ飛ばした。もう投げ飛ばされるのにも慣れたもんである。


『グ...ガ、ギガ...』

「ほら、なんか変な所から声出てるじゃん」

「それはただの金属音だ。死んでいるものを動かしている訳ではなく、無理矢理元の姿を形どり操る魔法だからな」

「さいですか...」

「そら、北へ向けて飛ぶぞ」

『ギャ、グガギ、ガ、ギギ...』


 ドラゴンゾンビは四足を曲げ、掠れた悲鳴、もとい金属音と共に空へ向けて爆発するような音と共に飛び出した。


「『咆哮ハウル』は使えないが、我の魔力で身体能力は向上している。流石原種オリジン、魔力の通りも良い」

「わーすごーいはやーい」


 突っ込む気にもなれなかったので、考えるのをやめた。



 雲を突き抜け、だいぶ飛行が安定してきた頃、『邪神の加護』について聞く前に一つ、気になっていた事を聞いてみることにした。

 

「邪神は俺に喚ばれる前、何処に居たんだ?」


 そう、邪神の住処である。やっぱり魔王城最下層とか、それっぽい所があったりするのだろうか。マップには、それらしきところは見当たらなかったが。


「この世界には存在しない場所だ」

「え?」

「『上位次元』。先程、貴様を転移で飛ばすと空間の狭間に飛ばされると言ったが、其処と同一の次元に存在している」

「ふーん...?」


 いまいち理解が出来なかったが、色々別次元、と言うことなのだろう。邪神の力も含めて。


「そんな場所に住んでる割に、こっちの世界の事詳しいよな。喚び出された事があるとは言ってたけど、自分から赴いたりしてるのか?」 

「あのニンゲンが’邪神教’を興すより前より、我を心酔する狂ったニンゲン共がいた」

「そんなニンゲンが儀式を行っているところへ分霊が出向いてやり、脳を喰らって知識を吸収していたのだ」

「うへぇ...」


 聞かなかったことにした。世の中知らなくていいこともあるよね。


「次は『邪神の加護』について聞かせてくれないか?ステータスからでもどういう効果なのか見られないし、昨日聞こうと思ったんだけど、その前にショックと疲れで寝ちゃったからな」

「加護は、そうだな...力の譲渡具合から推測するに、『精神耐性III・身体向上III・魔法素養III』といったところか」

「精神耐性...俺が図太くなったのは、ソレが原因なのか」

「精神耐性とは言っても、貴様は最初から我に対して不遜な態度を貫いていただろう」


 あれ、そうだっけ。


「いくら精神耐性があろうと、喚び出され、ある程度は’圧’をかけていた我と話せるのは異常と言うほかない。貴様は最初から狂っているのだ」

「ひどい言い草だ...」


 もしかして、他の現代の廃課金者も、異世界に転移してもそこそこやっていけるんじゃ無いだろうか。俺は思った。

 それはさておき。


「身体向上はそのまんまだとして...この魔法素養ってのは?」

「そのままだ。魔法を操る術が無い物でも、魔力を行使できるようになり、詠唱時に補正がかかる」

「えっ、それってつまり━━」


 子どもの頃は、よく魔法使いごっこをしたものだった。手からファイアーしたり、サンダーしたり、ブリザードしたり...自分には出来ないと割り切ろうとしていたが、いや召喚は魔法にカテゴライズされるかもしれないけど、まさか本当に俺に魔法が━━


「貴様には無理だ。エーテルを魔力に変換する器官が体内に備わっていないからな。ああ、適合率の高いニンゲンの血を飲み、その者のエーテル変換器官を喰らえば生やしたりできるかもしれんな。前例は無いが」

「...」


 哀れ、俺。ドラゴンゾンビが、憐みの眼で此方を見た気がした。

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