『秘密を知られたからには死んでもらいます』と毎日僕を殺そうと会いに来るドジっ子と恋に落ちる話。

長尾隆生

『秘密を知られたからには死んでもらいます』と毎日僕を殺そうと会いに来るドジっ子と恋に落ちる話。

 その日僕は、桜舞う校庭の片隅で一人の少女に出会った。


 少女は、なにやら花びら舞い落ちる桜の木の根元を必死に小さなスコップで土を掘り返し、出来た穴の中に十センチ四方の小箱を入れている。

 肩くらいまでの髪が、うつむいたままの彼女の顔を隠しているせいで、その表情はよく見えない。

 少し小柄で痩せ型な彼女が地面に置いた学生鞄には、今日の入学式で新入生全員に配られた紅白の造花がアクセサリーのようにぶら下げられていて、彼女が僕と同じ新入生だということがわかった。


 丁寧に丁寧に。

 スコップで掘り起こした土を戻して平らにしていく。

 やがてすべての作業を終えた彼女は、徐に立ち上がり大きく背伸びをする。


「んぅ~」


 春とはいえ、それなりにまだ冷える校庭にずっとしゃがんでいていたせいで縮こまって締まった体を伸ばした彼女の口から吐息が漏れる。

 立ち上がったおかげでようやく見ることが出来た彼女の顔には、一仕事を終えた満足感と少しの汗が浮かんでいて。


「我ながら完璧な偽装工作だわ。これなら誰にも気づかれることはないわね」


 自慢げに足下を見下ろしながら、口元に笑みを浮かべた彼女は自らの仕事の出来にご満悦のようである。

 ただ遠目でもその場所は明らかに掘り起こされたのがバレバレで、しかもこんもりと盛り上がっており、何かが埋められている事は誰の目にも明らかな状態だった。

 そんな状態なのに、なぜそこまで自信満々なのか、僕には全くもって理解不能なのだけれど。


「さて、早く帰ろっと。今日は入学祝いにケーキ買ってきてくれるって言ってたし」


 そう言って、手についた土をパンパンとはたき落としてから、彼女は胸ポケットに入れてあった眼鏡をかけて――。


「わわっ……っと」


 少しよろけて、目の前の桜の木に寄りかかる。


「眼鏡ってどうしてこんなに見辛いのかしら。早く慣れなきゃ」


 彼女は眼鏡にまだ慣れていないのだろうか。

 もしかしたら高校入学に合わせて新しい眼鏡を作ったのかもしれない。

 度数が変わると、慣れるまでに少し時間がかかるとも聞いたことがある。

 ちなみに僕は両目とも1.5なので、今のところ眼鏡もコンタクトも必要ないので、あくまでも伝聞ではあるのだけれど。


「さて、行きますか」


 そう言って彼女は地面に置いた紅白の造花が飾り付けられた鞄に手を伸ばし……。

 ぼーっとした顔で彼女の奇行を眺めていた僕と目が合った。


「あっ」

「えっ」


 別に覗き見をしていたわけではないけれど、見ず知らずの女の子をじっと見ていたという、時と場合によっては通報案件な事をしていたのに同時に気がついた僕は、テンパって思わず叫んでしまった。


「ぼ、僕は何も見てないから!」

「!!!!!!」


 両手を前に突き出すようにして必死にそう告げた僕に、一瞬で顔を真っ赤にした彼女だったが、何やら体を震わせ俯き。

 次の瞬間、もう一度僕の方に向き直ったその顔には羞恥ではなく何故か怒りが満ちていて。


「ごめん」


 思わず謝ってしまったのは仕方がないことだろう。

 校庭の外れとはいっても、通りかかった人なら誰にでも見えるようなところでおかしな事をしている彼女の方が悪いのではないかと心の中で少し悪態をつく。


「死んで」

「は?」


 今何か彼女の口からとんでもなく物騒な言葉が聞こえた気がした。


「私の秘密を知られたからには、あなたには死んでもらわなくちゃいけないのっ!! だから死んで!! 今すぐにっ!!」

「ええーっ!!!」


 予想外のその言葉に僕が目を丸くして固まっていると、彼女は制服のポケットから何やら小型のナイフのようなものを取り出し、腰だめに構える。


「とりゃーっ!」


 そして、そんな掛け声を叫びながら僕に向かって突進してきた。

 僕はあまりのことに動けない。

 このままでは本当に殺される。

 そう思った時だった。


「あっ」


 ずさーっ!


 僕に向かってきていた彼女が、途中にあった木の根に引っかかって勢いよく地面に顔からスライディングをカマス用に倒れたのだった。

 正直言ってかなり痛そうである。


「……」

「……あの……大丈夫?」


 返事がない。

 ただの屍のようだ。


「ううっ、どうして。どうしていつも私って大事なときにミスるのよっ。ううっ」


 うつ伏せになったまま動かなかった彼女から涙声でそんな言葉が聞こえる。

 どうやら死んでは居なかったようだ。


 だけれど彼女の手にはまだナイフが握られている。

 いや、ナイフだと思っていたが、よく見ると違う。

 あれは――。


「クナイ?」


 そう、彼女が倒れてもまだ離さず握っているそれは、よく漫画や時代劇などでよく忍者が使っている例の武器とそっくりだった。

 真っ黒な鋼鉄製のそれはまさにクナイにしか見えない。

 よく見ると持ちての所が輪っかに成っていて、何やら細い紐が繋がれている。

 あの紐はもしかしたら投げた後に回収するためだろうか?

 もしかしたら先程小さなスコップに見えていたのはこのクナイだったのかもしれない。


「何が何だか分からないんだけど」


 本来なら命を狙われた時点でさっさとこの場から逃げ出して、教師なり誰かなりに助けを求めるべきなのだろうが、なぜだか僕は地面に突っ伏したまま泣いている女の子がそれほど凶悪な存在に思えなかった。

 目の前で思いっきりドジな所を見せられたせいかもしれないが。


「ひぐっ。えぐっ。秘密を見られた相手は消さなきゃならない。それが忍びの掟なのっ。だから死んでよぉぉぉぉ」

「秘密ってなんだよ。それって殺されるほどのことなのか?」

「掟だもん! それが掟なんだもん!!」


 うつ伏せのまま両手両足をジタバタさせて、まるで子供が駄々をこねるような彼女の姿に僕は完全に毒気をぬかれてしまった。

 流石に未だにクナイを握りしめたままの彼女に近づくのは遠慮したいが。


「一日に一度だけしかないチャンスを……どうしてあんなところに木の根が出張ってんのよっ!」

「え?」

「私が暗殺対象を襲うことが出来るのは掟で一日に一度だけって決まってるのにぃ!」


 そう言ってガバっと起き上がった彼女の顔は土にまみれ、ところどころ細かな傷が付いていたが、痕になりそうな大きな傷はなさそうで何故か僕はホッとする。

 掛けていた眼鏡も、少しフレームが歪んでいるようだがガラスは無事のようだ。

 あの勢いで倒れたから、最悪割れたガラスで女の子の顔に傷がついていたらと心配していたのだけれど無事で良かった。


「えっと。一日に一度だけって事は、今日はもう襲わないって事かい?」

「ええ、そうよ。命拾いしたわね」

「そりゃどうも」

「でもね、明日こそはあなたの命を奪わせてもらうわ! 覚悟しておくことね!」


 制服や膝に付いた土をはたき落としながら立ち上がった彼女は、大げさに僕の方を指差すと、そんなことを宣言した。

 膝小僧は少し擦りむいて血が滲んでいて痛そうである。


「覚悟ったって、僕がこのまま警察にでも通報したらどうするのさ」

「そ、それは困るわ」


 目線をさまよわせ「どうしよう。どうしよう」と本気で狼狽し始めた彼女を僕は呆れたように見る。

 その目線に気がついたのか一つわざとらしく咳をすると。


「嘘よ」

「?」

「今行ったこと全部嘘なのよ。殺すとかそんな物騒なこと言うわけないじゃない。きっとあなたの空耳よ」

「えーっ」


 何故かドヤ顔でそんな戯言を並べ立てる彼女に、さすがの僕も呆れ果てたような声を出してしまったのは仕方のないことだろう。


「だから警察に通報するとかナシだから!」

「……」

「何よその目は」

「いや、そんな言い訳が通ると思ってる所が……いや、なんでも無い」

「何よ! はっきり言いなさいよ!」


 僕はそう言ってにじり寄る彼女の傷と土に汚れた顔を間近に見ながら。


「可愛いなって思ってさ」


 我ながらおかしな性癖だと思う。

 つい先ほど殺されかけて、その上これからも毎日「殺す」と宣言されたというのに。

 そんな彼女のことが僕は気になって仕方がない自分に驚いている。


「なっ、なっ! 何を言ってんのよ!!」


 ずささっ、と砂煙を上げながら一瞬で僕から数メートルの距離まで後ずさった彼女の動きは、さきほど僕に全力でクナイを構え突っ込んできたときよりも早くて、僕は思わず苦笑してしまう。

 それを彼女はどうやら僕に誂われたと解釈したらしい。

 照れて紅潮していた顔を、今度は怒りで真っ赤に染めて。


「あんたなんか願い下げだわっ!! 明日こそ絶対に殺してやるんだからね!! 覚悟しなさいよ!!」


 そう叫んで突然校門に向かって駆け出していく。

 地面には転けた表紙に外れたのか、クナイが一本残されていて。


「そういえば彼女の名前聞いてなかったな。まぁ明日もまた会えるみたいだしその時でいいか」


 と、地面に落ちているクナイに手を伸ばす。

 すると。


「それに触っちゃダメ!! 毒が塗ってあるから!」


 先程すっかり人気のなくなった校門に向かっていったはずの彼女が息を切らして駆け戻ってきながら大きな声で叫んでいた。

 周りに人影が無いといっても、そんな物騒なことを大声で叫んで良いのだろうか。

 そんな僕の心配を他所に、彼女は息を切らしぜぇぜぇと苦しそうにしながらも、ポケットからハンカチを取り出すとそっと地面に落ちたクナイを拾い上げて僕に向き直る。


「それじゃあまた明日」


 それだけ告げ、踵を返そうとした彼女に僕は思わず声をかける。


「あの。君の名前まだ聞いてなかったんだけど教えてくれないかな?」

「何よ。警察に通報しても無駄だからね。証拠なんてなにもないんだから」

「そうじゃなくて、ただ純粋に君の名前を知りたかっただけなんだけど」


 僕のその言葉に、あからさまに頬を染めた彼女はくるりと後ろを向いて。


「忍よ……それ以上は教えてあげない」


 そう答えて校門に向かい、もう一度歩き出したその彼女の背中に向けて僕は。


「忍……ちゃんか」

「ちゃんとかつけないで! 子供じゃないんだから」

「じゃあ忍」

「呼び捨ても却下! 初対面でしょ!」

「忍様? しのびん? 忍殿?」

「あんた、馬鹿にしてんの?」


 彼女の背中が怒りに震えだすのを見て流石にやりすぎたかと僕は彼女をからかうのをやめて。


「忍さん。また明日会おうね」


 そう告げたのだった。


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『秘密を知られたからには死んでもらいます』と毎日僕を殺そうと会いに来るドジっ子と恋に落ちる話。 長尾隆生 @takakun

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