第八七話 今士元vs今孔明
◆天文十七年(一五四八年)一月下旬 近江国 安土城
途中で公開処刑事件があったものの、わがヨメちゃん率いる大ナマズ捜索隊は、無事に琵琶湖畔の安土城に到着しました。現代の安土城址は主に戦後の干拓によって内陸にあるけれど、この時代の安土城は琵琶湖の水運を利用するため、琵琶湖の湖畔に築城されている。
最後に安土城に来たのは、将軍を討った近江伊勢平定戦の合戦後だから三か月前。それ以降の城普請によって石垣が高く積みあがっていたり、建物の数もだいぶ増えているので、だいぶ『お城』っぽくなってきている。来年中にはあらかた完成するのかもしれないぞ。丹羽長秀と松永久秀合作の安土城――特に天主閣が楽しみだな。
城の各所の見物をしたいけれど、とりあえず寒い中を移動してきたのでぽかぽかさせてほしい。
「上様、左近殿。よくぞいらっしゃいました。上様の部屋を用意してあります」
「うむ。
前回来たときにはぽかぽかを二人で満喫していたら、信パパと平手の爺が乱入してきたんだっけ。
「さすが五郎左、気が利くぜ。だいぶ石垣は仕上がってきたな」
気の利く長秀の心遣いがありがたい。恩に着るぞ。
「ええ。石垣は七割方できています。建物の方はまだまだですが」
長秀が用意してくれた部屋に向かうと、奇妙くんがいたのでさっそくヨメちゃんがあやす。
「奇妙や。
浮気の結果の子どもではなく、信長ちゃんとおれの子どもだとわかると、愛情がさらに湧くというもの。信長ちゃんと奇妙くんの様子を見ていると、何ともいえない幸せな気分になる。
奇妙くんは、二歳歳上の
現在誘いをかけている武田信玄配下の真田幸隆の息子の真田源五郎(昌幸)くんは、奇妙くんと同じ歳なので是非とも一緒に育てたいな。きっと頼りがいのある相棒に育つだろう。
そう考えるとまるで『安土保育園』だな。子どものときから一緒に育つと、お互いに良い影響を与えるに違いないぞ。集めるメンバーを厳選しなければな。
久しぶりの奇妙くんは気にはなるけれど、寒いのでとりあえずこたつだ。身体を暖めるのが第一優先だ。
そう考えて、こたつ布団をめくったところ、いきなりの子供の声だ。
「滝川さこん やぶれたりぃい」
「おわっ!!」
わわわ、なんだ? 何事だ? めちゃくちゃびっくりしたぞ。
こたつの中にガキ? いや……女の子が潜んでいて、おれがこたつ布団をめくったタイミングで叫んだんだ。
子供の遊びは構わないが、こたつの中は一酸化炭素中毒が怖いから潜っていてはまずいだろ。
「奇妙さまの
埋伏の計というか、どう考えても隠れんぼだろう。それよりなにより、この面倒くさそうな女の子は誰なんだよ。
バチーーーーッン!
あーあ。ほらヨメちゃんのハリセンが炸裂だ。
そうだ。危険なことをする子には御仕置きが必要だな。
「源助! こたつの中に潜ってはいかぬのじゃ」
「火は入っておらぬゆえ、気は汚れぬのだ」
源助って誰だ?
てっきり女の子だと思ったら、男の子だったのね。
確かにこたつの中に火鉢が入っていないなら、一酸化炭素中毒の危険性はないのだが。
「姫? この子は?」
「竹中
おっと、この子が知将で有名な竹中半兵衛かよ。いまは数え五歳で信長ちゃんの小姓に是非とも、と要望があった気がするが……。そういえば竹中半兵衛には、女性のような容姿だというエピソードがあったな。
「竹中の息なら姫の小姓にするのでは?」
「
「確かに線が細くて不安ですね」
信長ちゃんの懸念通り、半兵衛くんは色白で痩せていて、とても健康優良児には見えない。
「とまれ 今士元が 見破れぬ策を 立てたわたしは 今
線の細い半兵衛くんは、おれと信長ちゃんの会話は意に介さず、自分の世界に入り込んでいる。
うーん。確かに頭は良さそうだけれども、天才はやっぱり変なところがあるな。
「源助! 今孔明の知略で奇妙を助けてやってくれ。奇妙が真似すると危ういぞ。こたつには潜らんでくれ」
ぽんっと今孔明の肩を叩く。
「はい! お任せあれ!」
半兵衛くんはちょっと自慢げに胸を張る。五歳のガキなら今孔明もチョロいもんだ。
寒いのでとりあえず今孔明はどうでもいいので、早速こたつに火鉢をセットして、ぽかぽかが第一だ。
今孔明の半兵衛くんも、すぐに信長ちゃんの小姓にするよりは、奇妙くんと一緒にひとまず安土保育園入りが、彼の将来にもきっと役立つはずだ。
不思議と信長ちゃんが、適当に決めた策はうまく当たるものだ。
実際に半兵衛くんが、仕事の役に立つまでは十年近くは掛かるだろうか。ただこのままのペースで、十年経てば合戦の策よりは政治の策のほうが重要になりそうだな。
真田幸隆がうまく調略に応じてくれたら、安土保育園に史実で謀将として有名な真田昌幸も加わることになるぞ。織田家の――奇妙くんの将来にはとても心強い。
真田幸隆宛ての文には、武田を滅ぼしてやる、とブラフで書いておいたけれど、武田家を滅ぼすなら今のタイミングは決して悪くない。
武田信玄は老練で強かなイメージが強いけれど、いまはおれより四つ上の二十八歳。信玄がこれまで戦ってきたのは信濃の小勢力だから、はっきり言えば経験値不足。
我が織田軍の方が強敵を打ち破ってきているし、合戦の連続だから将兵の質は日本一と言っても過言ではないはず。
ただ甲斐の地は金山の魅力があるけれど、米の生産量は期待できない。さらには厄介な寄生虫――
ならばいっそのこと米作を諦めて、現代のように甲斐をフルーツ王国にするか?
それこそブドウや桃などのフルーツには、信長ちゃんも大喜びしそうだな。ワイン作りもしたら大人気になるかもな。
いずれにしろ、武田をいつどのように攻めるかと、甲斐を攻めた後でどのように治めるかが難しい問題。年始の挨拶もよこさなかった武田信玄とは、近いうちに衝突するのは必然だから、信長ちゃんと相談で詳細を決めよう。
いっぽう、もう一人の気になる英傑の上杉謙信に関しては、大雪だったために改めて新年の挨拶をしたい旨の書状が届いていたので、いまのところは合戦になる気配がないのは安心材料だ。
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