第七〇話 姫弾正の浅井攻め
◆天文十六年(一五四七年)八月中旬 尾張国 那古野城
さて、目標の北近江(滋賀県北部)浅井家への攻略タイミングを、那古野で
家督相続と前後するように、京から勅使が那古野を訪れた。要件は信長ちゃんの
弾正大忠は
形式的に弾正大忠は、弾正台のなかではさほど高い役職ではないけれど、織田家の歴代当主が名乗っている『
もちろん、後奈良天皇から信長ちゃんへの家督相続祝いの意味もきっとあるはずだ。
織田家の弾正忠に限らず弾正という官職は、この時代の大名や武将に人気があって、かの上杉謙信も弾正
さらには、戦国時代の
もしかすると、信長ちゃんは後世で『姫弾正』と呼ばれるのかもしれない。元歴史マニアとしてはたまらないぞ。
弾正で思い出したが、攻め弾正こと真田幸隆は今後ライバルになるだろう武田信玄のもとで活躍する時期だし、現在どうしているか探りを入れないとな。ドラマや小説、ゲームで名高い真田幸村のお祖父ちゃんだ。
ともあれ、位階だけの
やがて、北近江に仕掛けた調略の成果が出始めたので、いよいよ浅井攻めの実行だ。幸いなことに、朝廷や将軍家を利用した政治活動によって、史実では浅井家と共同戦線を張った越前(福井県)の朝倉家からの援軍はないとのこと。そのため、兵力に劣る浅井家は、大規模な野戦は行わずに籠城戦となる見込みだ。
尾張那古野と清洲から一〇〇〇〇、美濃岐阜から一〇〇〇〇、北伊勢神戸から五〇〇〇、南近江観音寺から七〇〇〇の合計三二〇〇〇名の織田家史上最大の軍勢による浅井攻めの開始である。対する浅井久政は、最大でも五〇〇〇名前後しか動員できない。しかも、これまでの謀略によって兵数はさらに減るはずだから、圧倒的な戦力差になる。もちろん大軍勢を誇示して、戦意を削ぐ意味がある。
◆天文十六年(一五四七年)八月下旬
北近江に進軍しているうちに、敵方の佐和山城の磯野
磯野
いっぽうの
だが、秀吉にはかなりの嫌がらせをされたようで、恨みを持ったのだろうか。本能寺の変の際に明智光秀に味方する。その後は、秀吉との山崎の戦いの敗戦後に処刑される運命を辿る。
阿閉貞征は秀吉の寄騎時代に、自分の知行(領地)まで秀吉に奪われたようだ。こうした面があるので、秀吉を織田の将にしようと思えなかったわけ。図らずも、おれの思惑と信長ちゃんの観察眼が一致してよかったと思う。
当の信長ちゃんはお気に入りの白い軽量鎧に、赤地に白い縁取りの陣羽織の出で立ち。髪はおろして白い鉢金鉢巻だ。
なんと頬に軽く紅(チーク?)をしている。声を掛けてみよう。
「姫、朗報ですよ」
「さこん、いかがした?」
「佐和山の磯野
「うむ! さこんは相変わらず見事じゃな!」
「はっ。ありがたき幸せ!」
「勘十郎も『戦わずして勝つ』をしかと見ておくのじゃ」
信長ちゃんはニッコリ微笑みながら、隣の若い武将に声を掛ける。
「はいっ! 姉上」
信長ちゃんの二歳年下の勘十郎信行だ。
会話をした様子からは優等生タイプに思える。信行は最近、信長ちゃんの近習となっていて今回が初陣となる。
信長ちゃんと勘十郎信行の主従関係をはっきりさせるために、信パパの強い意向で今回の従軍となったらしい。
信行は史実では信長に謀反を起こし誅殺される運命を辿る。だがこの世界では、信長ちゃんが実力で家督を譲られた形だし、不満を持って謀反を起こさずに一門の重鎮になってほしいぞ。
ふと、信長ちゃんがおれを上目遣いでじっと見ているのに気がつく。
これは……何かを伝えたい目だな。
「姫っ! とても似合っていますよ」
「で、あるか!」
信長ちゃんはニンマリ。よかった。正解だったみたい。
弟の目の前だし、織田家の当主にもなったので『さこーん! 紅を付けてみたのじゃ』と、甘えた口調を見せたくなかったのかもしれない。
何ともいえない微笑ましさを感じる。
◇◇◇
さらに小谷城に向けて進軍するうちに、既に調略をかけていた
ただ調略をかけた有力者のうち、
全てがうまくいくわけではないけれど、策略がかなり効果をあげていることに満足感を覚える。
浅井久政の本拠の小谷城はできれば無血で開城したい。やはり堅城の力攻めは下策中の下策だ。
味方兵だけでなく敵兵といえども、戦死者の数は極力少なく抑えたい。人口はすなわち生産力。再度増やすには数十年単位の時間が掛かるのだから。
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