第五五話 叙位任官
◆天文十六年(一五四七年)五月上旬 京 二条城(旧斯波武衛屋敷)
おれたち一行が二条城に着いた翌日に、イケメン光秀から伝えられたとおり、朝廷からの使者――
勅使は
飛鳥井雅綱は織田家と親しい公家で、信パパの求めでかつて清洲にも来たことがあるそうだ。
清洲で雅綱爺ちゃんは、蹴鞠の技を伝授したとの話なので、この爺ちゃんが鞠をリフティングするのか、などというアホな目で見てしまって吹き出しそうになってしまう。
雅綱爺ちゃんは「かすていらとは美味な菓子でおじゃるな」などと人のよさそうな笑顔で話すので、やっぱり公家は『おじゃる』なんだ、と感心する。だが、このじいちゃんに限らず、公家とのやり取りは婉曲な表現が多くて、真意を掴むのに閉口してしまう。なるほど、現代の京都人の話し言葉が、いつも本音を伝えている訳ではない事実に通じるんだな。
信長ちゃんも公家への対応は、まだるこっしい言い回しなど、おれと同様に面倒だと思ったのだろう。詳細なやり取りは全て光秀に任せている。
爺ちゃんの話している公家言葉は、初めて聞くようなフレーズが多く、難解だったので意訳するぞ。
『信パパと同様に、朝廷にたくさん献金してくれてありがとうね。
尾張・三河・美濃の三か国に、平和をもたらした信長ちゃんの行動はえらいぞ。
今後もがんばってほしいので、
その代わり今回は信長ちゃんの部下にも位階と官職をあげるよ。
今後、
ということだ。
今回、信長ちゃんに尾張守を任官できるように、活動をしていたのだが、残念ながら却下されてしまった形になる。
信長ちゃんは、官職なしで
この当時の大名が、所領を領有する大義名分は大きく分けて二種類。
一つが天皇イコール朝廷が任命する
そして、もうひとつが武家政権の室町幕府将軍が、国単位の統治を委任した守護である。現在は斯波義統が尾張守護に任じられている。
平安期代までは国司が国のナンバーワンだったが、地域支配を行うために鎌倉幕府が国単位の警察権や軍事権を、有力武士に与えて任命したのが守護のルーツ。言ってみれば朝廷の任命した国司と、幕府の任命した守護の二重支配構造になったわけ。
日本国内の多くの地域では、室町時代に入ると守護の実力が国司を凌駕して、任命された有力武士がその地域をほぼ私有化して守護大名化していった。ただ室町時代後期の戦国期に入ると、守護の代理として任命されて、実際に現地に赴いた守護代が実権を握る場合も多かった。
那古野を含む尾張では、既に国司は任命されていない。そして、守護の斯波義統が建前では武士のナンバーワン。ただし、これまでの一連の戦闘の結果、信長ちゃんが新守護代に任命されて実効支配しているわけ。尾張国司を意味する尾張守の任官を希望したのは、尾張のナンバーワンとしての形式面での箔付けをする意味があった。
ともあれ、信長ちゃんが叙された
上司の信長ちゃんに加えて、部下のおれたちにも
まずおれは、
森可成は三左衛門を通称としているが、おれと同様に公認されて従五位下
同じく丹羽長秀も、五郎左衛門を通称としていたので従五位下
ここまでは通称と任官された官職が同じだったが、柴田勝家は史実どおりに従五位下
本来は皇居など朝廷関連の建物を建てたり、文字通り修理する役職らしい。本人の要望による任官で、イメージチェンジをしたかったのかもしれないが詳細はわからない。
とにかく勝家は、改まった場ではゴンロクではなく、柴田シュリとか柴田シュリノスケと呼んでほしいみたいだ。
後に、おれや森可成、太田牛一あたりからは『屋敷の窓が壊れたから、ちょっとシュリ頼むぜ』とネタにされるのだが、本人の希望だからシュリと呼んであげよう。
太田牛一もこれまた本人の意向により、従五位下
いずれにしても、何の関連もない
マタスケでなく、太田イズミと呼ばれたいらしいので、しばらくは慣れないかもしれないけれど、イズミと呼んであげよう。現代風の感覚だと『太田いずみ』は女子っぽくて、少々にやけてしまうけど。
そして、京の都で地道に仕事をしていたイケメン明智光秀については、後々の九州制圧の際に旗印にするつもりなのだろうか。信長ちゃんの『九州の国司官名を希望せよ』との強い要望があった。
史実と同じく光秀は、従五位下
現在の天下人ともいえる
もしかすると語感で選んだのかもしれないな。ヒゴ、ヒゼン、ブゼン、チクゼン、サツマなどよりヒューガ。うん、さっぱり良し悪しがわからない。この辺りのフィーリングが、まだまだ戦国武士になり切れてない部分かもしれないな。
ことラスボス光秀だけには、史実と別の官位が任官されるよう願っていたのだが、やはり本能寺の悪夢の日向守に任官されてしまった。まだまだ運命からは逃れられないようで、暗澹たる思いにため息を付いてしまう。
ともあれ揃って
この従五位という位は貴族を意味して、天皇が執務する
今後の他国との交渉などで、格を示す意味できっと役に立つはずだ。信長ちゃんの尾張守の任官はならなかったが、信頼する部下が揃ってステータスアップする非常に意義ある叙位任官だ。
飛鳥井雅綱爺ちゃんが、本来のミッションの叙位任官の話を終えると、さっそく木綿ふとんをねだってきた。
「織田従五位殿の那古野では、木綿のふとんがたいそう人気だと、宮中でも噂になっておじゃる」
まったく、まどろっこしくて敵わない。
木綿ふとんが必要なら、はっきり欲しいと言ってくれよ。雅綱じいちゃんには五組の布団を進呈することにした。どうやら、宮中では木綿ふとんが大人気で、ふとんをネタに出世をもくろんでいるらしい。
「さきほどの菓子はかすてーらでおじゃったか? たいそう珍しき物をいただいて、まろは嬉しく思っておじゃる」
続いての爺ちゃんのこの発言は、カステーラも寄越せという意味。
信長ちゃんも苦笑いをしている。
結局五組のふとんと同時に、爺ちゃんが気に入ったカステーラをお土産として一本持たせることにしたが「帝との謁見の段取りについて、後日来るからその時にもよろしく」と更なるおねだりする気満々。
公家ってなんというか、ヤワなようにみえて強かだよな。
実は飛鳥井爺ちゃんへお土産に渡したカステーラは、残り一本で信長ちゃんには苦渋の選択だったらしい。
「あれは、さこんとともに食べるつもりのかすていらだったのじゃ」
信長ちゃんが半ば涙目なのが笑えてしまったが、いずれ官位ももらえるだろうし、今回は我慢してね。
そんな優しい気持ちで、姫兼上司兼彼女(仮)を見つめる。
「カステーラは残念ですが、また十兵衛(光秀)に手に入れてもらいましょう」
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