第五六話 対決! 姫vs将軍様

 ◆天文十六年(一五四七年)五月上旬 京 二条城


 無事に、叙位任官のスケジュールを終えたので、今回の上洛の目的を淡々とこなしていこう。まずは、将軍様との会見。主役は信長ちゃんだ。

 この時期の将軍様といえば、もちろん室町幕府の足利将軍――現在は第十二代将軍の足利義晴よしはるだ。

 史実の十三代義輝よしてる(旧名、義藤よしふじ)と十五代義昭よしあきの父親にあたる。


 この時代の室町幕府の足利将軍は、武士階級としてはかなりの権威があるけれど、貴族化していて武力が殆どないに等しい。

 まともな直轄軍などの武力も持たないのに、武家の代表とは矛盾していないか?

 いったい何様なんだろう。

 現代日本にいた際に、室町時代史を深く学ぶたび、その思いが強くなったものだ。


 それはさておき、我が信長ちゃんが足利将軍にどう対応するか、かなりの期待をしている。

 対面した十二代将軍の足利義晴は、はっきり言えばパッとしない。覇気のない中年だった。信長ちゃん、勝負だぞ。頼むぜ!

 将軍義晴には、美濃国の守護代を斎藤道三から譲り受ける形で、信長ちゃんが任命されるように、明智光秀や斯波義統にロビー活動をしてもらっていたのだ。

 さて、結果はいかに。


「尾張に引き続き、美濃の仕置きは見事であった。この城の件もあるので、願い通りに斎藤山城やましろ(道三)の後をついで、美濃(岐阜県)の守護代に任ずる」

 よし。今回の会見の目論見通り、まずは美濃守護代を確保したぞ。やはり時代や相手は違っても、金のパワーは絶大だ。足利将軍家には現代価格で数千万円単位の献金と、将軍の執務場所を二条城に確保という多大な恩を売りつけた効果が大きいのだろう。


かたじけないことじゃ」

 とり澄ました顔つきで、そっけなく一言ですます信長ちゃん。最高だぜ。

 イケメン光秀の根回しがうまくいったのだろう。織田家が美濃を統治するお題目を得たわけ。三河木綿のふとんやこたつなど、細かなプレゼントの威力もあるかもな。


 美濃は既に実効支配はしているけれど、建前や形式があるとないとは大違いだ。

 いくら軍事力が強大でも、統治する大義名分がないとやはり支障が出てくる。少数ながら現存している美濃国内の反織田勢力は、今回の守護代補任によって反抗する名目を失ったことになる。してやったりだ。


 対する足利義晴は、一見偉そうな物言いの信長ちゃんに対して、自分が格上だと示したかったのだろうか。

「織田守護代殿に命じる。これからも余を助けよ」と、何ら感情を悟られぬような口調で言葉を発した。

 この強烈な上から目線はなんだろうね? それで人が動くと思っているんだろうか。横にいる信長ちゃんもポーカーフェイスを装っているが、かなり不機嫌なのはおれだからこそ分かる。

 さて、我が信長ちゃんはどうする?


公方くぼう(将軍のこと)様には、六角が助力するのではないか?」

 そう彼女はあっさりと言い放つ。この時期の足利将軍家の政治的権威は地に堕ちていて、当の義晴も数度も京都を追われて、近江の六角氏のもとに避難した経緯がある。だから、これまで通り信長ちゃんは六角を頼れ、と言っているわけだ。

 信長ちゃん、さすがだよ。


「六角だけでは細川右京うきょう(晴元)と三好筑前ちくぜん長慶ながよし)にあらがいがたい。三郎殿にも尽力願いたいのだ」

 六角氏だけでは頼りないから、信長ちゃんにも兵や金を出せと言っているのだ。

 虫のいい願いの将軍に対して、彼女はどうする?


いにしえより、武士もののふは『ご恩』に対し『奉公』するのじゃ」

 またもや、信長ちゃんは悪びれずあっさりな返答。

 あはははは。最高の受け答えだよ。あっぱれの一言に尽きる。

 これまでの多額な献金や恩を売ったのは、今回の美濃守護代への任命の対価。今後は新たな見返りがないと働かないぞ、と釘を刺しているわけ。

 だから、この姫に仕えるのは面白い。


「六角弾正だんじょう定頼さだより)と同様に、管領代かんれいだいとして助力願えぬか?」

 六角氏当主の六角定頼さだよりは、将軍義晴に対し協調姿勢を見せて、室町幕府要職の管領代に任じられている。定頼と同様に管領代に任じてやるから協力しろという願いだ。

 一見ステータスアップにつながる見返りだが、信長ちゃんはどう対応するのか。


「我が織田弾正忠だんじょうのじょう家は、斯波しば武衛ぶえい様の被官であるゆえ、武衛様を差し置いて管領代という重責は果たせぬのじゃ」

 形式上織田家は、尾張守護の斯波義統よしむねの部下である。これを逆手にとって、義統の命令ならば聞くけれど、将軍義晴の命令は聞かないぞ、ということ。うまいぞ、信長ちゃん。


「では、余がいかなる仕儀しぎを致せば、尽力じんりょく願えるのか?」

 ここで足利義晴将軍が、信長ちゃんに対して低姿勢になった。何が望みか、ということである。よしよし、交渉は有利に進めていて順調だぞ。我が信長ちゃんはどう答えるのか。正念場だぞ。


「されば、武衛様が管領たればワシは武衛様の命を承る。が、近江と異なり尾張から京は遠いゆえ、近江を拝領して城を築きたし」

 斯波義統を幕府ナンバーツーの管領に任命しろ、近江の統治名分を寄こせ。そうすれば協力するよ、ということ。

 素晴らしい!

 姫で上司で彼女(仮)の信長ちゃんは、美少女中学生だけど、政治・外交力はハンパなく強かなのだよ。拍手喝采したくなった。


「そこの、三郎殿の士元しげん龐統ほうとう)は如何いかに考える?」

 信長ちゃんが見返りがないと働かないぞ、という意思を強硬に打ち出したので、打開策をおれに求めてきたのだろう。凄腕の多羅尾光俊のおかげで、異名の今士元が浸透しつつあるようで、かなり嬉しい。


「ひとまずは、公方くぼう様、典厩てんきゅう様(足利義輝)におかれましては、三好らが命を狙うこともあり得ましょう。我が勢をこの二条に置いておりますが、くれぐれも留意されたし」

 史実で起こった、足利義輝の暗殺事件を踏まえて、身の回りに気をつけろと言っている。上司の信長ちゃんと同じく、見返りなしの働きはしないという姿勢は貫く。だが情報をちらつかせ、恩を売る手法だ。


「なるほど、三郎殿の忠は相分かった。余は隠居して典厩と武衛殿、三郎殿に任せようと思う。三郎殿は如何に?」

 身の危険に思い当たる節があったのだろう。足利義晴は隠居し、義輝(義藤)に将軍職を譲って、斯波義統を管領にするから働いてくれということ。

 義晴が隠居するのは、彼と六角定頼との関係が親密すぎるので、六角・織田の板挟みを防ぐ意味がある。

 もちろん、義統は織田家で飼育しているペットのようなもの。命令などは、どのようにでも操作できる。

 信長ちゃんの勝利である。


「はっ! 世の安寧のため、粉骨砕身 ふんこつさいしん致す所存である」

 ここで信長ちゃんは朗らかな表情となり、深々と平伏した。

 室町幕府や足利将軍のためと言わず、世の安寧のためという部分がポイント。言質をとられずに、織田シンパの斯波義統を管領にする約束を取り付けたのだ。最高の交渉だったよ。

 おれも同じタイミングで平伏する。


「うむ。近江の儀については、六角と談判し追って報せる」

「はっ!」

 おれと信長ちゃんは、ちらっと視線を合わせた後再度平伏する。

 こうして、将軍様との会見は終わりを告げた。

 強かな信長ちゃんの交渉によって、交渉前の目論見どおりに、傀儡化している斯波義統を管領に任命させる。さらには、近江の拠点確保への道筋ができた。予想以上の素晴らしい成果である。


 ◇◇◇


「さこーん。働きの後のかすていらはふわふわっとしていて格別じゃなあ」

 別に働かなくてもカステーラはふわふわっとしているだろう、などと言ってはいけない。

 上機嫌の信長ちゃん。ひと仕事終えた後の自分へのご褒美なのだろう。飛鳥井の爺ちゃんにお土産に渡してしまったので、新たに光秀に至急仕入れてもらったカステーラを食べてご満悦。

 この姫で上司はなんて可愛い生き物なんだろう。それでいて、強烈な政治外交力を見せつけるギャップがたまらない。


「姫、公方様相手に見事でしたぞ」

「で、あるか。じゃが、かすていらはすぐに仕舞になるゆえ、また日向に買いに行ってもらわねばなっ!」

 織田家重臣になりつつあり、従五位下じゅごいのげ日向守ひゅうがのかみに叙位任官された光秀に対し、再三のカステーラ仕入れをさせようとしているのには笑えてしまう。


 こうして室町幕府の足利将軍との会見は無事終了した。今後のスケジュールは未定だけれども、近日中に後奈良ごなら天皇と会見することになっている。

 足利将軍に対して素晴らしい交渉力を見せた信長ちゃん。みかどに対してどのように対応するのか、大いに期待がもてるぞ。

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