第三八.五話 恋煩い【織田吉】
◆天文十五年(一五四六年)三月上旬 尾張国 那古野城城 織田吉
昨年、平手の爺に伝えられた策を、思い起こすだけでも憂鬱でため息が出てしまう。
――彼と妹の祥を結び付ける策だ。
冷静に考えれば、既に尾張守護代に補任されたわたしが、彼と子を儲けることなど無理に決まっている。彼の助けもあり、父上宿願の尾張の
お奈津を介した甲賀諜報衆の報せによれば、彼には思いを寄せる女子はいないようだ。しかも彼はわたしを好いている、と言ってくれている。
――だが。
わたしが、彼の思いを強制しているのではないだろうか。彼の生命をわたしが左右できる、といって過言ではないから。
彼に思いを寄せられるのは、実に心地がいい。彼とともに時を過ごしていると、自分の立場を忘れてしまう。
経験はないのだが、彼に抱かれたい気持ちが心の奥底から湧き上がってくる。きっと彼は優しくしてくれるだろう。彼の腕の中で、このうえなく幸せな心持ちを感じるだろう。
しかし、今後の状況を考えれば、彼に抱かれるのは無理な相談だ。わたしには、尾張や三河だけでなく、伊勢(三重県)も美濃(岐阜県南部)も平らげる願望がある。
私と容貌が真に似ている祥と結ばれるのが、彼にとっての幸せではなかろうか。彼の思いをわたしに向けたい、という心持ちは私欲ではなかろうか。
彼も若い男だから、女性と関係をきっと持ちたいはず。
祥の言によると、彼も祥に対しては憎からず思っているようだ。やはりうつけ者らしく不思議な男だ。わたしも祥も不美人であるのに。単に織田の女子だからかもしれぬが。
わたしにとっては珍しいことだが、長きにわたって思い悩んでいる。
なるほど、これが恋煩いというものか。実に心が苦しくて、張り裂けそうになる。男子の格好や口ぶりをしているが、恋煩いになるとは、やはりわたしが女子だからだろうか。
幾晩も幾晩も、考えに考えて結論を出した。
これから実行する策が、彼にとってもわたしにとっても、最善に違いないはずだ。
もしも、彼が祥を選んだとしても恨むまい。彼の選択が、彼にとっての幸せにつながるはずだ。
是非もなしだ。
ただ『その時』を考えると、不安な気持ちで一杯になる。
大きく息を吸って吐いて――。
よかろう。もう悩むまい。
博打のようなものだが、考え抜いた策を実行しよう。
いかなる結果に繋がるのか、見当もつかないが覚悟だけは決めたぞ。
まずはお奈津を呼んで、わたしの
――次は祥だ。
「祥、相済まぬ。左近が屋敷でワシを待っているはずなのじゃ。そこでな……」
祥は驚きの表情をしていたが、さすが姉妹であるな。
わたしの意図や願望を分かってくれて承諾してくれた。策の成否は、祥の芝居の上手さ次第にかかっている。
頼むぞ!
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