第一六話 大殿を倒せ(二)

 ◆天文十四年(一五四五年)七月下旬 尾張国 那古野城


「ぜんざいを食べているところ済まぬが、我らの軍勢の強さと弱さにつき考えておいてくれ。談合してもよいのじゃ」

 孫子の『己を知れば』の部分だ。もちろん、おれはある程度把握していることもあるし、把握しておかねばならないこと。ただ、独りよがりな考え方には、気がつかない事も往々にある。誤りだってあるかもしれない。

 主だった将にも考えてもらうためだ。


 集団の認識を共有するのは、戦に限らず非常に大切。だから、トップダウンアプローチだけでなく、ボトムアップアプローチも利用すると、有効な面が多いはず。

 そこで、信長ちゃんに発言をしてもらう手はずだったんだ。


「一番槍や大将首だけではないぞ。ワシは首を取らずとも陣を崩したり、援軍や小荷駄こにだ(補給隊)輸送の成功、軍議中の発言内容すらも論功ろんこう(査定)するのじゃ!」

「おおお」

「なんと!」

「ほうっ! 素晴らしきことですな、うふ」

 など感歎の声があがる。これも信長ちゃんに頼んでいたこと。


 もちろん、査定の難しい面が多いのは重々承知で仕方ないところ。だが、組織全体で作戦目標を遂行するのが総力戦だ。目標を遂行するためには、陽動作戦、補給や諜報など、必要不可欠だが、この時代の褒美とは縁遠い活動も多々ある。

 目立たない部分にも、スポットライトをあてて評価するよ、ってこと。きっと将兵のモチベーションもあがるはずだ。


 軍勢の強さは、質より量が大事。そして同じ量なら、よく統率されて組織だった行動ができるか否かにより、軍勢の強さは全く異なると考えている。

 銭に雇われた尾張兵は、史実でも現代日本でも弱兵とされたようだが、おれは、尾張兵を戦国最強の戦闘集団に組織化しようとしている。

 地味な功績でも論功する改革もその一環だ。


 それはさておき、信長ちゃん配下の軍勢の不利な点、弱点については、将を含め初陣ういじんがほとんどなのが最大だろう。ウイークポイントは、柴田勝家を中心とする数少ない経験者が訓練を主導して、練度向上で補うしかないだろうな。

 逆に、有利な点は大いにある。まずは訓練を非常に密に行えていること。それから、三間半(六.三メートル)の長槍隊。空砲なので当り判別が難しいが、強力な鉄砲。有利な点を最大限に活用したい。


 信長ちゃんは史実同様に、橋本伊賀守いがのかみ一巴いっぱに鉄砲を習っていて、かなりの練度になっている。一巴師匠曰く、筋がとても良くもう教える技術がない、とのことだ。

 鉄砲の名手の橋本一巴は、改良型鉄砲の精度に驚いて、即座に信長ちゃんの配下になっっている。

 現在は、即応衆の中で素質のある者を選抜して、鉄砲隊の練度向上に努めている。史実では信長の初期の戦で戦死してしまったけれど、一巴師匠には、信長軍の鉄砲隊を率いて大活躍してもらいたい。


 ピーーーーッ!


 甲高く鋭い音が部屋に鳴り響く。

 諸将が驚いて音の鳴った方向に注目する。音源は信長ちゃんだ。

「これは、南蛮渡りのほいっするじゃ。高き音がするゆえ、通りが良い。此度こたびの戦で将に渡すので有効に活用せよ」

「南蛮渡りのほいっするとは便利なものですね」などと、森可成よしなりもウンウン感心している。


 ホイッスルは予め木工職人に造らせていたもの。加工の難易度が高いので生産性は今ひとつだが、情報伝達手段として有効活用ができるだろう。特殊技能で重い法螺ほらがいよりも、軽量小型で便利なはずだ。法螺貝の音色は気に入ってるんだけどな。

 モールス信号のような長音と短音の組み合わせで、煙利用の狼煙のろしによる通信よりも、複雑な内容を伝えられるに違いない。通信手法については今後の課題の一つにしよう。


「我が軍勢につき思うところが出揃ったようだが、他に気になることはないか? 左近、何かあるか?」

 信長ちゃんに名指しされたので、諜報衆の多羅尾光俊に話題を振る。

義兄者あにじゃ、どうであろう。兵や馬を撹乱かくらんできる道具はないかな?」

 信長ちゃんの側近としてナンバーツーと目されつつあるおれが、率先して諜報衆の光俊に敬意を示す。きっと、忍び衆の地位向上や、侍と忍び衆の融和にも繋がるだろう。


左様さようですな。投げ目潰しを数は少ないですが用意しましょう。相手は、二刻(四時間)ほど涙と鼻水を垂れ流して、地獄の苦痛にのたうちまわるはずです」

 唐辛子などの刺激物を利用した催涙弾のようなものだろうか? 仏像スマイルであっさりと言うから、逆に恐ろしさを感じる。

 ごくっ、と息を呑む者も多数。

 取扱注意だな。暴発して味方が行動不能になったらシャレにならないぞ。


「それはいい。煙玉もあるかな? 目潰しともども騎馬衆や長槍衆に持たせよう」

「煙玉も用意しておきます」

 煙玉は煙幕を発生させ敵を撹乱させる道具。

 さすが甲賀こうか衆だ。薬品系に抜群の強さをみせる。現代の甲賀にも名残で、医薬品会社があるくらいだ。


四郎右衛門しろうえもん(多羅尾光俊)殿、教えて欲しいっす。二日、三日ほど、腹を壊して動けなくなる毒なんてあるっすか?

 おれっちの兄者二人が、小豆坂あずきざか七本槍しちほんやりの二人なんで、一服盛ってやろうかと思ったんすが」


 ぷっと、思わず吹き出してしまった。なかなかエグい、エグすぎる。

 毒作戦を提案したのは、即応衆に応募した中から、新規採用した佐々さっさ与左衛門よざえもん成政なりまさ)。幼いながらも身体が大きめで、見所があったので軍議に呼んでいたのだ。

 小豆坂七本槍の佐々隼人正はやとのかみ成次なりつぐ)と佐々孫介(成経なりつね)の弟。史実では、信長配下で大活躍して大名にまで出世する。


「ありますよ。味がないので見破られません。命には関わりありませんが、二日から三日間は激しい下痢に苦しみます」

 毒作戦の卑怯なやり口に、信長ちゃんはどう思うだろう?

 あら。むちゃくちゃノリノリじゃないですか。目がキラキラワクワク。イタズラっ子の目をしている。

「クククク。戦わずして勝つなのじゃ! 与左衛門よざえもん、コソッとやれな、コソッとな。隙がなければ是非もなしじゃ」

 信長ちゃんはニヤニヤしながら、毒作戦にゴーサイン。

「はっ!」

 確かに主力の将二人が欠けたら、信パパの古渡衆は大打撃だろう。

 この時代は、兵を率いる将の力量が、軍勢自体の戦闘力に直結する。


「軍は騎馬二五、長柄ながえ(長槍)六〇、弓一〇、鉄砲五とする。権六(柴田勝家)と三左(森可成)で騎馬衆と長柄衆を、又助(太田牛一)は弓衆の陣容を、三日間で固めるのじゃ。大儀であった」

 信長ちゃんが締めて、軍議が終わった。お疲れさま。大丈夫だと思ったけれど、しっかりやれたね。

 軍勢の編成は予め、信長ちゃんと打ち合わせていたもの。

 信長軍の新しい方針も打ち出せたし、大成功と言っていいだろう。


「与左衛門殿も悪ですなあ、うっふっふっ」

「新米なんでこんな事しかできないっす」

 などと、諸将はそれぞれ雑談していたが、次第におれの部屋から各業務に戻っていった。

 あれ? 信長ちゃんが残っている。何だろう?


「殿、お話でもありますか?」

「左近、少し疲れたのじゃあ。まだ慣れぬゆえ」

「さすが殿、見事な軍議でしたよ」

「さこん、どうじゃ?」

 美少女上司をねぎらっていると、身体を斜めに構え顎を少し上げて、少し眉をひそめたような不安げな眼差しで見上げている。


 むむ? この表情はなんだ? くっ、難易度高すぎるぞ。何を求めているのか、一瞬戸惑ってしまった。信長ちゃんの髪型の雰囲気が少し違うような。わかった!

 ポニーテールを朱色の紐で蝶々結びにしているのだが、同じような色の髪飾りをしている。

 今までは髪飾りはしていなかったよな。

 なるほど……これか。


「おお! 髪飾りですか」

「お奈津に買ってきてもらって着けてみたのだが、無様であるかと軍議の最中さなかもずっと案じておったのじゃ」

 ふぅ。正解だったようだ。

 お奈津に何か言われて、髪飾りをしてみたのかな?


「殿、とてもお似合いですよ。素敵です」

「で、あるか。さこんが左様に言うなら、ワシも嬉しいのじゃ」

 ニコニコッと満足げに微笑むと、部屋から出ていった。

 この時代でも、信長ちゃんでも、アクセサリーを褒められると嬉しいんだな。女の子はそんなものなのかね。

 見ていて可愛くて、こちらも嬉しくなるような信長ちゃんだが、難易度が高い問題は勘弁してほしいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る