第一五話 大殿を倒せ(一)

 ◆天文十四年(一五四五年)七月下旬 尾張国 那古野城


「一〇日後に、古渡ふるわたり衆と試しいくさをすることになった。みなの者、励むのじゃ!」

 気合を入れるのは信長ちゃん。今日は袴を履いた男装姿で、朱色の平たい紐のポニーテールだ。

 主な配下を集めての臨時軍議。


 で、なんでおれの部屋で軍議をするんだよ。というか、相変わらずの客間暮らしで、居候の身分なので、本当はおれの部屋ですらないんだけど。

『コレがあるので、なにかと便利なのじゃ』などと、信長ちゃんはおれの部屋に配下を集めたりすることも多い。

 コレとは、大工に作ってもらった大きめの座卓だ。


「試し戦の説明の前に皆に紹介する。多羅尾たらお四郎右衛門しろうえもんじゃ。我が『諜報ちょうほう衆』を率いてもらっている」

多羅尾たらお四郎右衛門光俊です。よろしくお願いします」

 多羅尾光俊は相変わらずの仏像スマイル。表情がまったく見抜けない。


「ワシは四郎右衛門の技を、槍弓と等しく重んじてるのじゃ。乱破らっぱと侮る者は、素っ首貰い受ける!」

 他の面子メンツは、少しばかりギョッとした趣きで、頷いたりしている。

 お。いいぞいいぞ、信長ちゃん。武士と忍びは違う、と蔑視べっしする武士もいるから、情報を重視する方針が周知できるだろう。

 あれ? 仏像の表情が一瞬ピクッと変わった気がするぞ。喜んでいるのか?

 吹き出してしまいそうで辛すぎる。


「試し戦では父上が古渡衆一〇〇、ワシが那古野衆一〇〇をそれぞれ率いて戦う。敵を全て倒すか、大将を討てば勝ちじゃ。それぞれが首に札を下げて、札を取ったらば、討ったことになる。

 槍は布を巻き、弓はかぶら矢(先端が尖っておらず音が鳴る矢)。種子島てっぽうは、空砲にて撃つのじゃ。

 弓と種子島においては、当たりを判別する者を置く。種子島は一〇丁以内だが、その他の編成は自由じゃ」


三左さんざ、腕がなるのお。 ワッハッハ」

「我もまことに試し戦が楽しみでございますよ」

 柴田勝家がバンバンと森可成の肩を叩けば、可成も応える。頼もしいぜ、信長ちゃんの猛将マッチョ二枚看板。


 バチーーン!


かれを知りおのれを知れば百戦あやうからず、なのじゃ!」

 孫子のフレーズを言い放ち、立ち上がって左手を腰にあてた決めポーズでドヤ顔の信長ちゃん。

 おおっ、とちょっとした感動を諸将に与えている。だけど、右手に持ってるのはハリセンなんだよ。笑いが出てしまいそう。


いにしえの孫子ですな、うふふ」

 (太田)牛一、ナイスフォローだ!

 ウンウン、と信長ちゃんも満足げに頷いている。


「殿、それはいかなる意味でしょうか?」

 あ。それはダメなやつだ。(池田)恒興つねおき、授業ではないんだから、流れを読め。流れを読めないと、史実のように長久手で戦死してしまうぞ。

 おや。(丹羽)長秀が小声で恒興に、なにやら教えている様子。さすがデキる子長秀だ。今からこの調子だが、成長すればさらに戦働いくさばたらきなども非常にうまくなるに違いない。史実でも、勝家と並ぶ猛将との意味合いで、鬼五郎左とも呼ばれるんだから優秀すぎるだろう。


「ゆえに、父上の軍勢がいかなるものか。みな知るところを申すのじゃ」

 信長ちゃんが諸将に問いかける。

「種子島は通常のもの。練度はそれほど高くはございません」

 仏の多羅尾が答えた。今度は表情変化がまったく見られないな。難易度が非常に高いぞ。


「織田孫三郎まごさぶろう信光のぶみつ)、織田造酒丞みきのじょう(信房)、佐々隼人正はやとのかみ(政次)、佐々孫介(成経)、下方しもかた弥三郎(貞清)らの小豆坂あずきざか七本槍しちほんやりが来るでござろう。弱敵ではござらんな。ワッハッハ」

 大殿配下から、異動してきたばかりの柴田勝家が舌舐めずりをする。小豆坂七本槍とは、三河(愛知県東部)の松平まつだいら広忠ひろただ(徳川家康の父)との小豆坂あずきざかの戦いで、大活躍した将のこと。現在の織田軍最精鋭といっていい。


「足軽はいかがじゃ?」

「我らと異なり、戦の前に陣触じんぶれを出して集めましょう。練度は低いかと思います」

「足軽は将を潰せば、取るに足らない烏合うごうの衆になるでしょうね」

 信長ちゃんの問いに仏の多羅尾と森可成が答える。


「小豆坂七本槍を潰すか……あずきを潰す……であるか……」

 あれ? 珍しく信長ちゃんの歯切れが悪いな。どうした?

 バチーーン! ハリセン一閃。

「頃合いもよし。一服するのじゃ。万千代(丹羽長秀)、ぜんざいを持て! みなにも振る舞うのじゃ!」


「はっ、ただいま。すぐに!」

 信長ちゃんの命令に、長秀が敏速に応えて駆けていく。

 きっと、小豆坂でぜんざいを思い出しちゃったんだろう。育ち盛りだしスイーツ好きな女の子だしな。

 彼女の現在の身長は、四尺七寸(一四一センチ)ぐらいだろうか。願わくば横に育たないでほしい。


 知っている者は知っている。信長ちゃんのぜんざいは一尺(三〇センチ)の大杯だ。

 おれを含めある種の緊張を顔に表す者もいたが、さすがは長秀くん。信長ちゃん以外は普通のお椀のぜんざいだ。


「これが織田のぜんざいでございますか。なかなか美味なものですね」

「小豆坂七本槍など、こうして食ろうてやるわ、ワッハッハ」

「甘いぜんざいを食べるとほっこりしますな、うっふっふ」

「ぷはあ! 格別なのじゃ」

 砂糖など甘いものは、この時代ではかなりの贅沢品。大杯ぜんざいを片手に、ニンマリとご満悦顔の信長ちゃんに限らず、基本的にみんな大好きだ。

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