第一三話 甲賀忍びの『仏の多羅尾』

 ◆天文十四年(一五四五年)七月中旬 尾張国 那古野城


 相変わらず、那古野城の客間暮らしで居候中である。仕事場イコール住居のブラック企業そのものだな。

 太田又助牛一も森三左可成も、仕官してすぐに屋敷をもらっているというのに。二人は家族がいるから、屋敷を優先的にもらえたんだとは思うけど。

 ご飯は信長ちゃんと同じものをいただいているので、この時代では恵まれているとは思うが、屋敷は早めに確保したいぞ。


『左近は目を離すと危ういから、しばらくは城で修業じゃ』

 などと信長ちゃんはうそぶいている。

 目を離すと危ういのは信長ちゃんだろうが。

 まあ、いいや。彼女の近くにいた方が、安心できるからね。


 しかし、毎日が様々な手配やら開発やらで忙しい。

 スコップ、ツルハシ、備中鍬びっちゅうぐわあたりの農具工具は、近江国友から那古野にきて鍛治の元締になった国友くにとも善兵衛ぜんべえに一任して開発だ。だが、これらのアイテムを作るのは、善兵衛たち特殊技能を持った鉄砲鍛冶でなく、野鍛治の役割となる。

 きっと、野鍛治専門の人や鉄砲鍛治見習いが、実際に作る事になるのだろう。

 スコップ、ツルハシはできあがり次第、常備軍の即応衆に支給する。即応衆の平時は、訓練→城や町の警備→座学→訓練→開墾や街道整備→休暇 というローテーションが理想だ。

 だがあくまで、机上の考えだから、実施して改善していく方法しかないかな。


 同じく国友善兵衛に依頼している改良型の火縄銃は目論見通りに、試作品は具合よく仕上がった。微修正をしたうえで、量産をしてもらっている。

 グリップ部の形状変更、銃剣、火蓋の雨避け、折りたたみ式の銃架、レンズは入っていないがオープンタイプの照準器。現代の『狙撃銃』のイメージに近くなったぞ。

 弾道を安定させるためのライフリングは、生産性が非常に悪いので現状は断念だ。


 ああ、鉄砲といえば鉄砲衆専用のコスチュームも試作しているんだ。

 揃いのマントでリバーシブル。片側は赤地に白い縁取りをして、織田気の家紋の『織田おだ木瓜もっこう』を白抜きで背中に。裏側は目立たないように深緑一色。迷彩服のイメージだな。

 蜜蝋を使ったワックスを施して、多少の防水性が出るはずだから、ちょっとした雨避けにもなるだろう。

 ファッションに意外とうるさい信長ちゃんだから、きっと喜んでくれるはずだよ。


 火縄銃に使う黒色火薬を製造するため、硝石しょうせきの国内量産化も進める予定。まずは、糞尿を使ったなんたら法の実験。最低三年から五年ぐらいは掛かるはずだ。試行錯誤の連続だから、実際にはもっと掛かるに違いない。


 糞尿を利用した手法とは別に、越中えっちゅう五箇山ごかやま(富山県)で行われていた、カイコの糞や草を使った硝石生産法がある。そのためにも、領内で養蚕を奨励することにした。

 もちろん、硝石だけでなく生糸の生産自体も念頭に入れている。

 ただ、カイコの糞を利用した硝石製法の詳細は、残念ながらよく覚えていない。五箇山から忍びを使って技術を盗むか。あるいは、領主の内ヶ島うちがしま家と仲良くなるか。

 

 ともあれ情報は非常に大事。史実でも一益さんは、調略・謀略も得意だったので、きっと忍びを重視して活用したと思う。一益本人の忍者説もあるくらい。だから、忍びの確保は急務なんだ。


 そこでお奈津経由で連絡を取ろうとしていた甲賀忍びが、本日那古野に来る予定になっている。

 うまく忍び衆と連携を取って、情報戦で他勢力の優位に立ちたい。この時代に、忍びの情報を有効活用をしている大名は殆どないから、情報戦で先手必勝態勢を取りたい。


「お客様がいらっしゃっています。多羅尾たらお四郎右衛門しろうえもん殿、佐治奈津さじなつ殿です」

「入ってもらってくれ」

 佐治奈津――お奈津は戦国時代のおれの従妹で幼馴染み。多羅尾四郎右衛門光俊は同じくおれ一益の自殺した婚約者の兄。二人は甲賀こうか衆だ。


「お義兄にいさん、お奈津、よくぞ参られた」

「左近、久しぶりやねえ」

「左近殿、なんと義兄あにと呼んでくれるか。亡き妹にかわって礼を言う。よくぞ仇を討ってくれた」

「お義兄さん、顔を上げてください。お奈津から聞きおよびかと思いますが、おれには過去の記憶がないのです」と答えたが、多羅尾光俊の顔が、気になって気になってしょうがない。


 中肉中背でいたって普通の体型なのだが、目が細く何より全く感情の変化が読み取れない。

 アルカイックスマイルだっけ? 仏像顔から変わらないんだ。

 くっ。やりにくい事この上ないぞ。感情を隠すのも忍術なのか?


「ワシも六角にはほとほと愛想がつき申した。左近殿から、文をもらって決心したのだ。親代わりに育てた妹のためにも、左近殿に随身ずいしんいたす!

 本家は弟に任せてきたゆえ心配は要らぬ。記憶があろうがなかろうが、ここでたねば男の義が立たぬ」

 相変わらず、感情が読めない男だ。

 勇ましい言葉の割に、仏像のように微笑んでいるだけのように見えるが。

 信用していいのかな? いいのだろうな。お義兄さんだし仏さまだし。


「お義兄さん、頼みますぞ。ただ、おれのためではなく殿のためにならねばならぬのだ」

委細いさい承知した!」

 表情を変えず短い返事の光俊。できる男感がひしひし伝わってくる。実に頼もしい。

「左近! ホンマ嬉しいわあ。四郎右衛門殿もほーんまに喜んでおってな。来る途中も今もはしゃいでてなあ」

 マジか。まったく感情の読めない無表情でなのに、これではしゃいでるって。忍術なのか? それとも表情筋がどうかしてるのか?


 やりにくいので話題を変えよう。

「那古野の町はいかがであった?」

「ホンマ栄えておって、ぎょうさんモノ売ってるなあ。そや、ウチ、いきなり男前の侍に『一目で惚れ申した』って、声かけられたんよ。左近は、振り向きもせえへんけどな、あはは。

 これでも、言いよる男衆おるんやで。確か、前田なんちゃら言うたっけ、ええ男振りやったわ」


 上手な説明は難しいけど、忍びのお奈津と似ている大学の後輩だった奈津も、妹のように思えて、恋愛対象ではなかった。

 申し訳ないが、女忍びのお奈津も可愛いのだけど、なぜか言い寄られても興味がわかないんだ。

 きっと、身体のDNAかなにかの問題だろう。

「お奈津は美形ゆえ、言い寄られることもあるだろう。して、息子はどうした?」

「ホンマ、美形なんて思っとる? あはは。まあ、ええわ。新助兄しんすけあにいに息子を預かってもらってるんや。新助兄いも早う左近のこと手伝いたい言うてたよ」

「おお。それは良かった」


「ところでな、吉姫様を予めこそっと見てきたんやけど、ホンマ驚いたわ、な? 四郎右衛門殿?」

 とりあえず、話題が変わるのは歓迎だ。

「ワシも肝が飛び出そうであった」

 相変わらず、光俊は仏像顔で表情が変わってないんですが……。

 気になってしょうがない。絶対、忍術だろ? 肝が飛び出るほど驚いても、微笑んでるんだから。

「ん? 何ゆえ驚く?」

「姫様はおゆきの幼い頃に瓜二つなんや。ふん! 昔の記憶がない言うて、おゆきそっくりな姫様に惚れておるんやろ? なあ、左近?」


 ウンウンと仏像も頷いてる。

 過去の一益おれの婚約者に信長ちゃんがそっくり? すると、亡くなってしまったおゆきも美形だったのかな?

 でも、兄の仏像とは似ても似つかない。

 しかし、信長ちゃんに好意を抱きつつあるのは紛れもない事実だ。


「ほ、惚れているってわけではないぞ。お慕い申しあげているのは確かだがな。それに、殿はツルペタであるし」

 ドギマギして要らないことまで口走ってしまった。

 確かに、信長ちゃんは美少女だが小学六年生だし主君だ。本能寺の悪夢の暗示のように、将来は深い仲になるのかもしれない。だが、どう考えても今の時点であれこれするのは非常にまずいぞ。


「つるぺたって何や?」

「南蛮の言葉であるぞ」咄嗟に誤魔化す。

「ふうん。まあ、ええわ。何となくわかったから」

「まあ、この辺で殿のところに参りましょう」

 強引に謁見の間に向かうことにした。


 ◇◇◇


多羅尾たらお四郎右衛門しろうえもん光俊みつとしでございます」

佐治奈津さじなつでございます」

 信長ちゃんの下座で、光俊とお奈津が平伏する。

「織田吉じゃ。面をあげい。ワシはいくさをなくしたい。戦をなくすためにはヌシらの技が必要なのじゃ」

「はっ!!」


 信長ちゃんはグッと近寄って光俊の顔をまじまじ覗き込む。

「ほー! いい面構えじゃ。ヌシも役割は異なるが、織田の侍ぞ」

 仏像だからな。いい表情ではあるよね。

「なんと!」

 士分に取り立てるとの信長ちゃんの言葉に光俊が驚きの声をあげる。表情はまったく変わっていないけど。


「四郎右衛門。ヌシはワシの忍び衆の筆頭じゃ。食い扶持ぶちのために、まず千石の所領を用意する。俸禄ほうろく(給料)として別に銭を支給する。

 これは、左近ら侍と同じ扱いよ。心得ある者をすぐに集めるのじゃ。励め!」

 おれはまだ所領をもらってないんですが……。


「はっ! 必ずや」

「お奈津。ワシには敵が多い。ワシの身の周りにて守ってくれ」

「はっ!」

 忍びに対して驚くほどの好待遇だ。この時代の忍び衆は概して待遇が悪い。

 まあ、仏像の光俊は、相変わらず表情を変えていないけど。


「ときに、四郎右衛門。ヌシの顔は一向に変わらぬのだが……それは、忍びの技か?」

「いえ、生来しょうらいのものにございますゆえ『仏の多羅尾』と呼ばれます」

 やった! 信長ちゃん、ありがとう。

 聞きたくて聞きたくてしょうがなかったコトを聞いてくれたよ。きっと、信長ちゃんも気になってたんだね。

「で、あるか!」

 ニマっと満足げに微笑む信長ちゃんも、仏像顔で光俊とそっくりだ。


「義兄者、もちろん甲賀に帰ってからでよいのだが、武芸の嗜みのある手の者をだな……」

「はっ!」

 ここでおれは多羅尾光俊に密命を下した。そのうちに、必ず起こる事態に備えるため。

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