第一二話 はりせん柴田

 ◆天文十四年(一五四五年)七月上旬 尾張国 那古野城


 大杯ぜんざい片手でご満悦顔の信長ちゃん。甘党だったのは史実と同じみたいだ。

 たしか、バナナを最初に食べたのも信長だった気がするぞ。あれれ? パイナップルだったかな? まあ、いいや。

「万千代(丹羽長秀)、それはなんじゃ?」

 目論見どおり信長ちゃんがハリセンに興味を示す。

「はい、南蛮渡りの『はりせん』なる道具にございます」

「ほー!? 南蛮渡りとな!」


 長秀からハリセンを渡された信長ちゃんは、好奇心たっぷりの面持ちだ。

 ぺチーンぺチーン。

 自分の腕を叩いたり、腿を叩いたりしている。

 やったぞ。狙いどおりだ。


 素知らぬふりをして、太田又助(牛一)や森三左可成よしなりのグループに移動して、一緒に酒を飲むとしよう。

 飲みニケーションなる言葉を思い出す。命を預けるかもしれない同僚との関係は、円滑にしておかないとな。

 移動しようと立ち上がったら、ふと視線を感じて部屋の出口を見やると、ヒゲモジャの大男がこちらの方を見ている。

 ヤツだ! 柴田権六ごんろく勝家だ。なにやら物欲しそうな視線。


 意味するところは間違いない。

『なかまに なりたそうに こちらを みている』だ。

『なかまにしますか? YES/NO』

 もちろんYESの一択!

 出口に駆け寄って、勝家に声をかける。


「権六(柴田勝家)殿か? 殿もいらっしゃるが無礼講とのことだ。さあ入られよ」

かたじけない!」

「又助! 三左! 権六殿が参ったぞ」

「おお、権六殿でござらんか。うふ」

「権六殿、ようこそ。一献いっこん交えましょう」

 勝家を牛一と可成のグループへ連れていき、四人で酒を飲むことにした。


「改めまして。滝川左近です。よしなに」と、勝家に酌をする。

「柴田権六だ。ヌシが吉姫様お気に入りの死神左近だな。よろしく頼む。歳も同じであるし互いに励もうぞ。ワッハッハ」

 豪快に笑って肩をバンバンと叩いてくる。

 痛い。むちゃくちゃ痛いって。


「権六殿に手伝いいただいて、兵たちが日ごと強くなり感謝します」

「まさに権六大明神ですな、うふ」

 可成と牛一も交じって盛り上がり始めた。

「大殿(信秀)に願い出て、ここ三日ほど那古野に手伝いに来ておるが、お主らは羨ましいのう。吉姫様の側で仕えられて。

 あ、大殿に仕えるのが嫌というわけではないぞ。ワッハッハ」


「権六殿もわが殿に仕えたいと? 真に我らも助かりますな、うふふ」

 牛一、ナイスだ。信長ちゃんの配下を増やす大チャンスになった気がする。

 タイミング絶好だな。よし。

「吉様は今、大変ご機嫌の様子です。我ら全員で頼みにいきましょう」

 こうして、勝家、牛一、可成、おれの四人で、信長ちゃんの前に平伏した。


「ん? 揃っていかがしたのじゃ? 面をあげい」

「この柴田権六勝家、吉姫様にお願いの儀がございまして」

 と勝家が願いでたところ、予想通りの展開となった。

 信長ちゃんがハリセンで勝家の頭に向けて、

 バチーーーーン!!

 おー! いい音するよ。さすが、デキる子長秀の力作だ。

 側に控える長秀を含めて、皆が唖然としている。


「姫ではなく吉じゃ!」

「こ、これは……大変ご無礼つかまつった」

「あ……つい手が出てしまったのじゃ。権六許せ」

「いえいえ、派手な音がしますが、全く痛くないゆえ、ワッハッハ」

 信長ちゃんと勝家のやり取りで、こみあげてくる笑いを必死でこらえる。


「はりせんなる南蛮渡りの道具じゃ。して、権六は話があるのだな? 申してみよ」

「はっ! この柴田権六、吉様に仕えることを許していただきたく。なにとぞ願います」

 勝家が平伏する。

それがしからも、是非!」

「拙者からも!」

「我からも、何卒お願い申し上げます」


 おれと牛一と可成の三人で、勝家に助け船を出すと、長秀も平伏した。

「わたしからも、お願いいたします」

 長秀は空気を読めるヤツだ。さすがデキる子だよ。

おもてをあげよ。許す! 権六、励むのじゃ」

「はっ! 有難き幸せ!」

「下がってよい。銘々、勝手に楽しむのじゃ」

 信長ちゃんはおれに視線を向け、ニンマとしてやったりの表情だ。さすがだぜ、信長ちゃん。


「この柴田権六、もう一つお願いの儀がござる。殿、その『はりせん』とやらで、ワシを打ってくださらんか。何やら気分が良くなるゆえ」

「ホウ?」

 パチーン!

「姫、有難き幸せ!」

「姫ではないわ! 権六! ヌシはわざとだな?」

 バチーーーーン!!


 勝家はハリセンで叩かれて、嬉しそうな表情をしている。

 おいおい、ロリだけでなく、Mの気もあるのかよ。

 史実の信長は、カッとして配下にいろいろやらかしてたからな。信長ちゃんは史実よりは、気性は穏やかのようだが、念のためにハリセンを作ってもらっていたんだ。

 ハリセンならば、叩かれても笑って済ませられはずだよね、きっと。


 勝家が信長ちゃんの配下になったのは大きい。可成と並んで信長軍の武の筆頭となるだろう。現代日本で、勝家は秀吉にしてやられた猪武者のイメージもあるが、そんなことはない。史実でも占領地で善政を施しているし、信長亡き後も織田家に忠誠を尽くした実に頼もしい男だ。しっかり絆を深めよう。


 これで織田四天王と謳われた重臣中の重臣のうち、柴田、丹羽、滝川が揃ったことになる。

 残る一名といえば、あのラスボス明智あけち光秀みつひでだ。いつかは接点があるのだろうけれど、光秀が織田家に来る前に盤石の体制を整えてしまって、光秀に強力な権限を与えなくて済むようにしたい。


 光秀について考えると頭が痛くなるけれど、ひとまずは人材確保作戦の順調さと、予想以上に信長ちゃんが政治力を発揮していることに満足しよう。


 ◇太田牛一著『公記現代語訳』一巻より抜粋

 あるとき、滝川左近が南蛮渡りのはりせんなる道具を、丹羽万千代に作らせて吉様に献上した。

 はりせんは長さ三尺(九〇センチ)、幅三寸(九センチ)ばかりの厚い紙を扇のごとく折り曲げ、一方を束ねたものである。

 後にその剛勇をもって天下に知られる柴田権六であるが、吉様に出仕しゅっしする(仕える)際に失言があったので、吉様にはりせんで折檻された。

 だがあろうことか権六は、はりせんの折檻を再三ねだるようになったので、はりせん柴田と呼ばれるようになったという。

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