第八話 女忍びのお奈津
◆天文十四年(一五四五年)七月上旬
「
「なんでえ、そんなことかい。ちょっと待ってろや」
史実で一益さんが火縄銃の腕を買われて、信長に仕えたことを思い出して、鉄砲の試射をさせてもらうことにする。
試し撃ちの場所で、善兵衛から銃一式を受け取ったところ、自然に手が動いた。
想像通り身体で覚える系の技術は大丈夫みたい。
ズバアアン!
轟音。白煙が立ち込め、硝煙の香りが鼻腔を刺激する。
よし! 命中だ。
心の奥底から込み上げてくる高揚感。
「まったく、惚れ惚れする腕前だねえ」
善兵衛がしきりと頷いている。
おれの過去の身体は、やっぱり鉄砲の名手なのだろうか。気になることは気になる……。
『是非もなしなのじゃ』
ふと信長ちゃんの顔がよぎる。
そうだな。おれが鉄砲の名手なら、戦国時代で生き抜くためには悪いことではないはずだ。
◆天文十四年(一五四五年)七月上旬
森三左
幸いにも天候に恵まれたので、現代日本で馴染み深かった琵琶湖を見渡したくなったのだ。
ふうーっ、と大きく息を吐きながら背筋を伸ばす。
ここまでは、まず順調といっていい。今後どのように情勢が動くのだろう。やはり、西
史実でも現実でも、三河に勢力を伸ばそうとする信パパに対して、松平広忠は強硬路線を貫いていて、小競り合いが起きている。広忠は信パパの勢いに対抗するために、
現在のところマロは、関東方面に手一杯。だが、今川=松平が強力に連携するとなったら、織田家にとってかなりの脅威だ。
三河の松平広忠に対して、効果的な手を打つためにも、早く信長ちゃんの軍事力を高めていきたい。
「さーこーんー!」
出された茶をすすりながら、考えに
「ん?」
ニコニコしながら若い女性が近づいてくる。美形といっていい。どこかで見た覚えがするが……。
「ウチが、さっきから呼んどるのに。はああー、全く左近はつれないなあ」
彼女はおれの脇にストンと腰掛けた。
着物を着ているので、まったく分からなかったが、話し掛けられた声で気づいた。おれにとても懐いていて、彼女になりそうだった後輩の
まさか奈津も戦国世界に来ていたのか?
現代日本で、奈津には煮え切らない態度をしてしまって、申し訳ないと思っていた。ぜひとも謝りたい。
「も、もしかして……奈津殿か?」
「ウチが初めて
契ったっていうと、
「契った!?」
後輩の奈津とはかなり親密だったものの、致した覚えはなく絶賛混乱中。それに奈津だったら『カズマさん』と呼ぶのに、『左近』と呼んでいるな。あれれ?
「初めて契ったってのは、冗談やけどな。三年振りだから、ウチが色っぽくなって、わからんかったんかねえ。ふふふ」
この親しい感じは、やっぱり後輩の奈津なのか?
「んー」
「
四郎右衛門という知り合いはいない。とすると、後輩の奈津ではないな。するとこの娘は?
「四郎右衛門殿……ですか?」
「へ? おゆきの
知らない人物名が、更に出てくるので、ますます混乱してしまう。
「おゆき……殿ですか? んー」
「何言うてるん? アンタ、滝川左近一益だよねえ? 左近だよねえ?」
彼女は
なるほど、分かった。
現代日本から戦国時代に来る前に、この身体が彼女と知り合いだったんだな。
池田
「いかにも、滝川左近です。ただ……おれは先日事故に遭ったので、申し訳ないが昔の出来事は思い出せないのだ」
この身体の過去、滝川一益の過去を知ることは、きっとこれからの行動に役立つだろう。事故といえば事故だし、
「そうなんや……。怪我は大丈夫なん?」
「ええ、怪我は問題ありません。けれど、過去の出来事をはっきりとは思い出せないのです。奈津殿にも申し訳ないのですが」
奈津は顔を
「ウチの知ってる左近ではなくなったんやね……ただ……思い出せない方がええこともあるんかも……」
「奈津殿、誠に申し訳ない……」
涙を流し始めた奈津に、かける言葉が見つからない。
「…………」
「…………」
沈黙が辺りを支配する。
だが一拍置いて奈津が、懐から
かなり無理をしているが、心を和ませる素敵な笑顔だ。
「ウチは奈津殿でなく、お、な、つ、やで! それになあ、ウチの名前覚えとってくれたんやろう? 昔のこと思い出せんっていうたけど、思い出せてるやんか。
アンタは、やっぱりウチの知ってる左近や。そのうち、ぜーんぶ思い出すかもしれんね。
しかもなあ、ウチはいま兄者の指示で忍びやっとるし、左近の役立つコトもあるかもしれんよお?」
気まずい空気を一掃するように、お奈津は早口でまくし立てる。
なんてこった。後輩の奈津と同様に、すごく性格がいい娘じゃないか。
「お奈津、
精一杯の笑顔で返す。
「せや! その表情は変わらんなあ」
「お奈津、おれの過去を教えてくれないか?」
「もちろん、かまへんよ。どっから話せばええか、わからんけどなあ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます