第七話 攻めの三左と火縄銃

 ◆天文十四年(一五四五年)七月上旬 尾張国 那古野城


「父上も爺もしたたかであったが、嫁入りの一年間の猶予と、那古野周辺の一万かんの所領をたまわったのじゃ」

 信長ちゃんは弾んだ口調だ。


「殿、さすがです!」

「これはこれは、めでたいですな、うふ」

 牛一を交えて一週間近く徹夜も辞さず作成した資料を元に、昨日信長ちゃんが信パパに対して、外交、軍事、商業、農業、工業に関する献策をした成果だ。

 彼女も懸念していた政略結婚を、ひとまず回避できたので満足そうな笑顔。


 一万貫といえば約二万石に相当する土地。現代の価値でいえば約十億円。江戸時代の大名が一万石以上だから相当な有力領主になったわけ。

 尾張経済の要地の津島と熱田を押さえている織田弾正忠だんじょうのじょう家はさすがにリッチだ。小学六年生の娘に十億円かよ。考える次元が違う。


 ともあれ、信長ちゃんに一年間で成果を出してみろ、ということである。

 また、美濃の大垣城(岐阜県大垣市)は、斎藤道三どうさんに返還して、美濃国みののくにとの緊張緩和を行う方針になったそうだ。


「ワシと又助(太田牛一)は『即応衆』を編成しておるから、左近は例の件を頼むのじゃ」

「はっ!」

 おれはこれからしばらくの間、旅立つことになっている。新たな配下獲得のためだ。予め牛一に書状を出しておいてもらってあるけれど、どういう結果になるのだろう。


 心配なのは、おれ滝川一益は近江で殺人を犯しているようなので、お尋ね者かもしれない。だが、その時はその時として考えるしかないだろう。

 さあ気合を入れて旅立ちだ!


 ◆天文十四年(一五四五年)七月上旬 美濃国 蓮台れんだい(岐阜県笠松町)


「滝川左近殿ですね。ようこそ参られた」

「森三左衛門さんざえもん殿、よろしくお願いします。先日の贈り物はお気に召しましたか?」

 相対するのは、森三左衛門可成よしなり。史実で信長の信頼が厚かった『攻めの三左』である。


 年齢はおれと同じぐらいの物腰丁寧な若武者だ。だが、鍛え上げられた筋肉がひときわ目立つ。

 まだ生まれていないが、史実で本能寺の変で戦死する森蘭丸(成利なりとし)の父となる。


 可成よしなりの父の森可行よしゆきは、美濃国守護の土岐とき頼芸よりなりの配下だった。だがマムシこと斎藤道三が、頼芸を傀儡かいらいとしたため、道三にくみすることを避けて、息子の可成ともども浪人している状態だ。


 可成を信長ちゃんの配下とするため、せき和泉守いずみのかみ兼定かねさだ(通称之定のさだ)の十文字じゅうもんじ槍を予め贈ってあるんだ。

 どのくらい価値があるのかは分からないけれど、誰もが驚くほどのしろものらしい。

『父上の泣き顔が愉快だったのじゃ』

 信長ちゃんが信パパから強奪ごうだつしたのである。


「我には過ぎたる名槍めいそう。少々困惑しております」

「いえいえ。我が殿から三左殿への気持ちです。それに、いかに名槍とはいえ、所詮は道具。道具ならば、使ってこそのものでしょう」

「確かに。おっしゃる通りです」

 困惑しているという言葉とは裏腹に、十文字槍に目の色が変わっているぞ。ここは押す一手だろう。

「どうでしょう。ひとつこの『之定のさだ』を振ってみせてくださいよ」


 可成は、庭に出ると之定の十文字槍を振る。

「ウォォォォ! キエェエエ! ムンッ!」

「三左殿、さすがです!」

「なじむッ! まことにッ! なじむぞぉおお! フハハハハハーッ!」

 風切り音がすごい。というより、何ですか? この野獣は? 武器を握ると性格が変わる、ってやつだな。仮に一対一勝負では、速攻で首を落とされそう。


「殿からの伝言です。我らの主力を率い、之定を振るって『攻めの三左』になれ(なるのじゃ)!  との事です」

「……使ってこそか……」と可成は呟く。

 もう一押しだろうか。

「ええ。之定は三左衛門殿にこそ相応ふさわしい名槍です」

「分かりました。我が父は、老齢ゆえ隠居いたします。これで、守護様にも義理は立つでしょう」


 お! これは決意表明だろうな。プレゼント作戦がうまくいったようだ。

「では?」

「はい! 我はこれより織田殿に随身ずいしんいたします」

 攻めの三左ゲット! 史実より少し早めなのだろうか?

 ともあれ、可成には信長ちゃんの主力隊を率いてもらいましょう。

 ちなみに老齢で隠居するという三左パパの森可行よしゆきには、可成より三十七も歳下の森可政よしまさが生まれるはずだ。戦国武将はパワフルだよなあ。


 ◆天文十四年(一五四五年)七月上旬 近江国おうみのくに 国友くにとも(滋賀県長浜市)


「左近の旦那かい? 話は聞いてるが、何の用だい?」

 ここ国友は、昨年(天文十三年)に、後の十三代将軍となる足利義輝あしかがよしてるに二丁の火縄銃を献上しているという。そして、四年後(天文十八年)に信長が五〇〇丁の火縄銃を注文したと伝わっている。まさに、日本を代表する火縄銃の生産拠点なのだ。

 おれは、鍛治職人の国友善兵衛くにともぜんべえと相対している。

 年齢は四十代半ばだろうか。とてもフランクな対応だ。


「滝川左近だ。よろしくな。ところで、種子島たねがしま(火縄銃)は作っていないのか?」

「頼まれれば、作ってはいるがね。数は出ねえな」

 この時期、鉄砲は大名の名物や装飾品としての用途が主である。

 集団戦の武器としては使用されていない。そこでハッタリをかます。


「種子島を五〇〇〇丁作ってくれ」

「何ッ? まさか……そんなバカな……」

「もちろん、今すぐとは言わないが目指すところである。が! あくまでも正気だぞ」

 鉄砲を揃えておかなくては、弱小の信長ちゃんの軍は戦力が絶対的に足りない。

 善兵衛が呆気にとられてるので、畳み込もう。

 二枚の紙に書いた図面を渡す。


「これを見てくれ。何だかわかるか?」

「ん……これは……何だい?」善兵衛は首を傾げる。

 図面は現代でいうダイスとタップである。火縄銃の尾栓びせんに使用する、雄ねじと雌ねじを加工するための工具だ。


「種子島のネジを加工するための道具だ。これから先、この道具を使え。早く加工できるうえ寸法が揃う」

「な、何と! ほうほう、なるほどな」

 この時代の製品寸法規格などは、バラバラだった。当然のごとく分業の効率も悪かったのである。


「種子島を作ってもらう以外にも、善兵衛にやってもらいたいことがある」

「な、何をすりゃよいので?」

「尾張の鍛治衆の元締をやってもらう。種子島以外にも武具を作ってもらうのだ。せき(岐阜県関市。刀鍛冶で有名)などから、鍛治職人を集める必要があるだろう」

 善兵衛は息を飲む。


「そのために、那古野にひとまず六百石の所領を用意した。種子島や武具は相場で買い取る。

 織田家が発注した武器以外に、農具や鍋釜などを作って売っても構わないぞ……まあ、そんな暇はないと思うが」

 あまりの好条件に善兵衛は、驚きの色を隠せない。

「願ってもねえ話だ。早速、出立しゅったつの準備をするさね」


 もう一つ図面を取り出して善兵衛に渡す。様々な改良を施した火縄銃の図面だ。

「一月後までに、十丁以上……あればあるほど助かる。頼むぞ」

 善兵衛は、興味深そうに図面を見ている。職人魂を刺激したようだ。

「おっと、なかなか忙しい話じゃねえか。だが、何とかなるだろうよ。任せとけ!」


 一応、釘は刺しておこう。

「念のために言っておくが、この事が他国に漏れたら、織田にとって大変なことになるゆえ……」

「けっ! 死神左近の出番だってんだろ? 旦那には勝てねえよ。移動から何から上手くやるさ」

 まったく。牛一は、何を書状に書いたんだよ。

『死神左近』の通り名がどんどん広まっていきそうだな。交渉には有利かもしれないけれど、史実どおりの『進むも滝川、退くも滝川』を広めたいぞ。

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