ダブル校長 その8
「こ、校長がサドン崎デス男殺害事件の犯人!?」
「サドン崎デス男って誰だっけ?」
「ほらあれだよ、昨日死んだ入学予定だった男子生徒!」
周りで見ていた教師達はとうとう何の遠慮も無しに目の前の事態について口々に言及し始めた。先程最高潮だと思われた職員室のざわめきはたった今、より大きなものへと塗り替えられていた。
「警察も今回の件には参っておりましてなあ。樽宮高校で謎の突然死が続出。突発的な心不全にしか思えないが、だとしたら同じ場所で同時に死人が出る理由がわからない」
唖然とする校長を置いて、刑事もとい警部は話を続け出した。
「だが我々は感謝すべきでしょう。犯人の不用意さ……いや、自己顕示欲に」
警部が合図を出すと後ろの警官が手に持ったノートパソコンを開き、画面を見せる。
「これは先日死んだサドン崎デス男君のSNSです」
そこにはサドン崎の自撮り写真を背景にしたSNSアカウントが映っていた。死亡した生徒の残した記録というセンセーショナルな内容に、周りの教師も画面の前に集まってくる。
「ここを見てください。本人のアカウントから画像付きの記事が投稿され、『死んじゃったぜ』とコメントがありますな。この画像は今は削除されて見れませんが、削除前は殺害されたデス男君の写真が載っていました」
告げられた衝撃的な事実に、教師達は息を飲む。
「つまり、これを投稿したのはデス男君本人ではなく、彼を殺した犯人です。犯人は彼を残虐に殺害した後、デス男君のスマホを使ってその写真を撮ったのでしょう」
当然の帰結として語られる言葉に、その場の誰も異論をはさまない。
警部の口から次々と飛び出す殺人の概要は、校内の変死事件などよりもよほど衝撃的で興味をそそるものであった。教師達は食い入るように画面を見つめながら、警部から発せられる次の言葉を待っている。
「このことから我々は、犯人は非常に自己顕示欲の強い人間だと考えていました。ネットを注視していれば、何か手掛かりを残すのではないかと。……そして」
警部はタッチパッドを操り、パソコンの画面をスクロールする。
「まさに今日、この記事のコメント欄に殺害予告が書き込まれました! 『まだまだ樽宮高校で人が死ぬぜ!』と!」
教師達はまたも驚きの声を上げる。現在自分たちがいる場所が、まさに現在進行形の殺人事件の舞台なのだ。
「この書き込みは30分ほど前、樽宮高校で生徒が倒れ続けている最中に投稿されました。生徒が死んでいく中でテンションが上がってつい投稿してしまったのでしょう。これは先程のサドン崎殺人事件の犯人のプロファイリングと一致します」
立て板に水とばかりに警部が捜査の成果を披露する。ドラマで探偵の前座みたいな刑事しか見た事の無かった教師達は、警察組織のプロの仕事に圧倒されているようだ。
「し、しかしだからといって何故校長がやった事になるのですか! 校長は学校でずっと仕事をしていたはず!」
「そうだ! あなたの言っている事は疑わしいです! 誰が何処から書き込んだのか本当にちゃんと調べたのですか!?」
同時に、警察に対しての胡散臭い見方を捨てきれない教師も中には存在していた。理屈で説明できなくとも、感触として何かのおかしさを感じる。それを漠然と捜査の不備と決めつけて出た言葉が「ちゃんと調べたのですか!?」であった。
そしてそんな自分にケチをつけたとも取れる言葉に対して、さして憤りもせずに警部はただ一言だけ告げる。
「このパソコンです」
「え?」
教師は素っ頓狂な声をあげた。
「この殺害予告は、このパソコンによって書き込まれたものです」
そう言って警部は画面の文章を指さす。よく見るとそこには『あなたによる匿名のコメントです』との赤い文字列が付記されている。
「そしてこのパソコンが誰のものかというと」
ノートパソコンを持っていた警官がバンと音をあげ、勢いよくそれを折りたたむ。その画面裏には、貼り付けられたでかいメモ紙にハッキリと『校長』と書かれていた。
「こ、このパソコンは学校の備品じゃないか!」
「学校の備品で犯行予告を!?」
「校長!?」
一斉に校長を見る教師達。
「え、い、いや……確かにこれは私のパソコンだが……わ、私はそんな事は……」
身に覚えがないといった様子でぼそぼそと弁明する校長。だがそれは周りからの追及の目を退けるには力が足りないらしい。先程バツが悪そうだった教師達が今は口々に校長を詰問している。
「い、いや、でもおかしいですよ! 30分くらい前なら校長は私と一緒にいたはずです! 校庭で話をしました!」
比較的冷静な教師が、推理小説の登場人物よろしくアリバイを証言する。四面楚歌の校長に対しての、数少ない光明である。
「え? ちょっと待ってください、校長は私と一緒にいましたよね? 廊下でいくつか質問しましたよ」
「あれ? でも私は確かに校庭で校長と……」
「え、じゃあ勘違いかな……あれ……?」
教師間で話が食い違い、お互いに自分の意見に自信が持てなくなっていく。この二人のどちらかが間違っているという事は、ともすれば両方間違っているかもしれないという事だ。まさか校長が二人いる訳でもないだろうし、多すぎる目撃情報は参考にできないだろう。これが推理小説なら関係者の証言で校長の潔白が証明されたのかもしれないが、残念ながらこれは推理小説ではないのである。
「校長。ご自身の性分に足をすくわれたようですな」
反論が立ち消えたタイミングで、警部の矛先はより明確に校長に向けられる。
「今回の突然死事件だけなら、犯人捜しは雲をつかむような捜査となったでしょう。怪しいながらも病死として片付けざるを得なかったかもしれません」
一種の敗北宣言を警部は悔し気もなく口にする。
「だが先日のサドン崎デス男君の死は銃を使った明らかな殺人事件! そしてその犯人はネットで今回の事件との関りを示唆している! あなたは最後の最後にミスを犯したんだ!」
その語り口はまさに推理小説のクライマックスめいていた。
有無を言わせぬ迫力に校長も黙り込んでしまう。
「改めて樽宮高校校長……あなたを逮捕する!」
部下の警察官達が校長の腕を取り、素早く手錠を掛けた。
未だ反論の言葉すら見つけられない校長は、手首に掛けられた更なる衝撃に呆然としてしまっている。
「こ、校長が逮捕されるなんて!」
「わが校の教師が容疑者に!? 嘘だろ!」
「信じられない! 一体どうして!」
もはやその場にいる大人たちは教室で芸能ゴシップに湧く生徒達となんら変わり無かった。手錠を掛けられた校長というセンセーショナルな絵面に、これが誤認逮捕だと疑う気持ちは完全に掻き消えていた。
「まあまあ、待ってください」
鶴の一声ともいうべき、穏やかな声が場に挿し込まれた。背後で静観していたもう一人の校長である。
「彼がそんな不正義を働くとは思えません。もう少し調べてみた方がよろしいのではないでしょうか」
にこにこと貼り付いたような笑みを携えて警部へと近づいてゆく。
「この殺害予告が彼のPCから書きこまれたものだという確証は得ている。続きは署で聞かせてもらうという事だ。容疑者を野放しにはできないだろう」
「しかしそこの彼は無実かもしれないのですぞ。それを無理矢理学校から引き離そうというのはいささかカワイソウでしょう」
「殺人が起こるかもしれないのだ。何と言われようと放置はできない」
当然、一般人の進言によって刑事は考えを改めたりはしない。返答自体は理性的ではあるが、本質的にはこの場の異論などは歯牙にもかけていないだろう。
「それにしたって、刑事さんはもう少し学校にとどまっていただけたらと思いますな」
「なんだと?」
挑発的な含みを感じる物言いに、警部は眉を潜めた。
「だってそうじゃありませんか。もうじき新しい被害者が出るかもしれないのです」
貼り付いた笑みで何事もないように言う校長。
「この衆人環視の元で新たな殺人事件が起こったとすれば……少しは彼の潔白も証明されるかもしれませんからなあ」
そう言って前に差し出した校長の右腕には黒いモヤのようなものがまとわりついていた。それが何であるかはわからない。ただそれを見た人間が直感的に何かを想像するとすれば、それはきっとよくないものであろう。
ゆっくりと警部の顔の前に近づけられる校長の右腕。
まるで目の前の事態を認識できていないかのようにただ固まってそれを待つ警部。
校長の腕から溢れる闇が、警部の鼻先に触れそうになり
そしてそれを職員室のドアの隙間から見ていた俺達は、勢いよくドアを開けて中に飛び込んだのである!
「なんだ!? あの校長、謎のダークオーラを出しているぞ!!」
俺こと永露尚人はわざとらしく大声をあげて、腕が黒い方の校長を指さした。それにより校長の動きがピクリと止まる。
「謎のダークオーラを出すなんておかしい! 明らかに不自然だ!」
「普通の校長だったら謎のダークオーラは出せないはず! もしかしてあの校長は……実は校長じゃないのでは!?」
俺の叫ぶのに便乗して、光汰、塔哉も次々に校長を責め立てる。そして周りで固まっていた大衆達は、それが引き金となったかのように再びにわかに騒ぎ出したのである。
「確かに! 普通は校長なら謎のダークオーラなんて出さない!」
「校長がダークオーラを出してるのなんて見た事ないもんな!」
「もしもこのまま謎のダークオーラを出し続けるのならば……それはこの校長が校長じゃないという事になるんじゃないか!?」
校長の校長としての有り様に対して、教師達が代わる代わる疑問を口にし始めた。そしてそれを聞いた俺達は我が意を得たりと獰猛な笑みを浮かべる。
「そうっすよ、先生方! つまりこの学校の校長は校長ではなく謎のダークオーラを出せるよくわからない人だったという事になりますよねえ!」
「この学校の生徒として問いたい。あなたは何者ですか、校長……いや、ミスターダーク!」
光汰、塔哉の息の合った連携で校長の旗色はみるみる内に悪くなっていく。
「皆さん、何を言っているのか……私は校長です。ダークオーラなど出してはいませんよ」
予想外の追及によって一気に証言台の真ん中に引きずり出されたミスターダークは、そのダークオーラで警察を害する訳にもいかずに明らかに勢いを失っていた。そしてそれを追い風とするように、他の教師達はミスターダークという名の謎の人物を責めに責める。
「いえいえ、確かに出してましたよダークオーラを! あれは一体何だったのですか、ミスターダーク!」
「どうやってこの学校の校長に成り代わっていたのですか!? 校長が実は校長ではなくダークオーラ使いだったとすればそれは大問題ですよ、ミスターダーク!」
「全ての責任の所在はあなたにあるのでは!? 答えてください、ミスターダーク!」
「皆さん、落ち着いて……落ち着いて……」
職員たちが校長を校長と呼ばなくなるにつれ、今度は腕ではなく彼の身体中から黒いモヤが抜けて立ち昇っていく。まるで力が掻き消えていくように、存在が希薄になっていくように。もしも一人の校長とダークオーラ使いが隣同士で並んでいたとして、果たしてそれはダブル校長と呼べるのだろうか。
「ええい、ダーク氏の話はどうでもいい! 今は校長の話をしているのだ!」
警部が見かねて議論を打ち切る。興奮していた教師達もそれに気付いて恥じ入るように、再び黙る。
「とにかく校長は我々が連れて行く! ダーク氏の話は勝手にやりたまえ! それでは失礼!」
付き合い切れないとばかりに踵を返し、強引に校長を引っ張って引き連れていく。乱暴にされた校長が小さく悲鳴を上げる。
「いえ! それはいけません! 待っていただきたい!」
ミスターダークが少し大きな声をあげて、警察を呼び止めんと手を伸ばした。そしてそれを見て顔を見合わせる教師達。
「出すぞ…… 出すぞ……」
「ダークオーラ……闇の使い手……」
「偽校長……深淵からのスパイ……」
それを聞いたミスターダークは、またもや動きを止めざるを得ない。そして警察を呼び止めようか教師達に弁明しようかという逡巡の視線が一往復するよりも早く、警察達は物凄い勢いで校長を引きずって走り去ってしまった。
「う、うぎゃあああああああ! 違うんだ! 私は殺害予告なんてしてないんだあああ! 助けて! 助けてください校長!」
「こ、校長! 校長!」
教職者としての断末魔の悲鳴を上げながら連れ去られる校長。その校長に手を伸ばす校長。不可逆の断絶に切り裂かれた二人のオッサンの織りなす悲壮の叫びは、さながら大作映画のワンシーンのようであった。
そしてそのまま外まで連れ去られ、パトカーの中へとぶち込まれる校長。法の番人とは何だったのかと疑問に思うような速度でさっさと校外まで連行されてしまったのである。
「あ、ああ……ああああ……」
残された校長が黒い煙を上げながら呻き声を絞り出す。その勢いの失い様はまるでつがいが死んだ鳥のようだ。教師達はそれを冷ややかな目で見ている。
「失ったようだな。力を」
俺はその肩に後ろから手を置いた。
「怪談というのは意外とデリケートらしい。立ち位置に執着する中高生のように、周りの視線の如何によっては簡単に自分を見失う」
肩の感触がどんどん骨ばっていくのが解る。残された校長の肌はもはや亡者のようになっていた。
「だけどまあ、落ち込まないでください。先生方はもはやあなたを校長だとは認めないつもりらしいが、僕達は違いますよ。僕達だけは信じてあげます」
俺は聖者の顔で目の前の人型に微笑みかけた。
「だってさあ……もはやこの学校にはたった一人しか校長はいないのだから。あなたがやらなければ誰が校長をやると言うのです? ねえ……ダーク氏……」
「あ……あ、あががが……ぐぎ……」
ミスターダークの体から空気が抜けていくような奇妙な音がする。身体の表面から物凄い勢いで黒い煙が噴き出し、空気に溶けて霧散していく。みるみる萎んでいく彼の姿は、もはやカラカラのミイラにしか見えなくなっていた。
そこで塔哉が勢いよく窓を開け放つ。
光汰が置いてあった拡声器のスイッチを入れ、こちらに投げ渡す。
同じタイミングで外を横切り始めたのは、先程下校を言い渡された生徒達。
俺は大きく息を吸い、窓枠にダンッと足を掛けて外を向いた。
「いえーい、学校内の全ての諸君ン!! 校長二人いたよねーー!! 不思議だったねえーーー! 皆ぁーー!」
俺の言葉に、外の生徒、職員室の教師達が騒然とし始める。
「あ!? そういえば!」「なんで気付かなかったんだ!」「なんでなんで!?」次々と驚愕の声が連鎖し、学校中を埋め尽くすまでに膨れ上がっていく。今日何度も「これで打ち止め」と思った驚愕の瞬間最大風速、その最後の更新がこれまでに類を見ないほどの大規模で成されたのである。
かくしてダブル校長は全校生徒の間で周知となった。彼らは今後二度と校長が二人いる事に気付かないであろう。
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