ダブル校長 その6

「はい今週も木曜一番のお楽しみ! 放送部、お昼放送でーす! いえいいえーい! こんにち樽宮ー!」


 樽宮高校の昼食の時間、放送室のマイクに向かって一人の男子生徒がテンション高く喋っている。週に一度のラジオコーナーである。その音声は各教室の備え付きのスピーカーまで届き、昼のBGMとして流されていく。



「今日は昨年度に募集したお便りを読んでいきまーす! ほら見てくださいよ、ちゃんとお便りが届いたんですよ! ほら見えますかこれ! ほらほら!」


 そう言い、彼はお便りとやらをマイクにバシバシと叩きつける。「見えねーよ」と突っ込んでもらう想定なのだろうが、実際に教室内に囁かれた反応は「うるせーな」である。 



「ラインで募集しろクズって声もたくさんいただいたけどね。そんな事いうならお前らがやってみろってね。ほんと不特定多数の人間ってマジうぜーってね。やってる側は大変なんですう!」


 芸能人がSNSで言ったならば即座に炎上しそうな事を言う放送部員。


 だが彼の発言が炎上するような事はない。

 そもそも今の発言は嘘である。


 ネット全盛のこの時代、全校生徒の誰もがその興味を学校の放送などには向けていない。興味の無いコンテンツの興味の無いお便り募集に対し、不満など覚えるはずもなかった。


 そもそもこの放送は炎上するほどの人目すら集められていないのである。


 火種だけあっても薪が無ければ炎は上がらない。たとえ放送部員が話題欲しさに少し過激な発言をしてみた所で、他生徒からは「またやってるよ」程度にしか思われないのだ。放送部の彼が過激と思ってしているその発言ですら、この時代には見飽きたものでしか無いのである。



「はい一通目。『お昼の放送部ラジオ、なんか名前付けてみたらどうですか?』 あーなるほどね! 良い意見ですね~!」


 このお便りも自作自演である。テーマも定まっていないようなお便り募集に応じてくれるような生徒は当然いない。


 そもそも彼らはこの放送のリスナーではなく、昼食時に垂れ流される音声をたまたま耳にしているだけの不特定多数である。お便りを送って応援しようなどと思う義理も無いし、お便りを読まれて嬉しく思うほどの好意も持ち合わせてはいないのだ。



「じゃあそういう訳で、ラジオの名前をお便りで募集します! 次の放送で名前決めるのでよろしくね!」


 彼は性懲りもなく次のお便りを募集する。だがこの『視聴者に意見を求める』という行為自体が、そもそも人気者にだけ許された特権である。まだその事に気付いていない彼は、あと数回は無駄な募集を続けるつもりであった。




「さて、今回の手紙はこれでおわりです! 一通しか無かったっていうね! 悲しいっていうね! ああ~! みんなお便りくれーー!」


 一通というのは、これくらいなら自作自演もばれないだろうという彼なりに見定めたギリギリのラインであった。実際、この自作自演を見破った生徒はいない。それが彼の慎重さ故の事なのか、邪推されるほどの注目も無いからなのかは微妙なところであったが。



 彼はお便りの催促まで言い切った所で、マイクに入らないように小さく溜息をついた。お昼放送にせよ何にせよ、ほとんどのアマチュア発信者は受け手の反応すら得られないままにフェードアウトしていく。だが部活動としてやっている彼はそのフェードアウトすら許されていなかった。ラジオなんて面白そうだと思ったのは最初だけだ。自分が何者でもないのだという現実に打ちのめされてなお、自分の意志とは無関係に前を見続けている。


 本来ならこの後に別れの挨拶(ぐっばい樽宮~! いえ~!)を入れてマイクの電源を落とすはずだった。放送部の権利として与えられた15分を使い切る事すらせずに、やる事はやったとばかりに適当に幕を閉じるつもりであった。


 彼が物思いに耽るちょうどその一瞬


 狙ったかのように一陣の風が部屋に吹き込むまでは。




「あれ?」


 彼は今日に限って窓を閉め忘れていた。



 風に乗って一枚の紙が入ってきた。





 彼は机の上にすっと降り立ったその紙をしばし見つめていた。なにやら折り目がついており、裏には文字らしきものが透けて見える。それが何処の誰ともわからない人間の書いた、自分には関係の無い紙である事は彼も理解できていた。そして



「なんかもう一通あったみたいでーす! 読みますねー!」



 彼はその紙を手に取った。



「なんかあ、よっぽど恥ずかしかったのか風に乗せて窓から送ってくれたようでーす! いやあ、これって凄くね!? 運命じゃね!? 窓から届いたんですよ! 凄いっしょ皆さん! こんなのありますか!?」


 彼の言うようにそれが凄い偶然だったとしても、それは放送室内で目撃していた者の中での話だ。彼はそのドラマチックさをあの手この手でアピールするが、それをスピーカー越しに伝えるには彼の持つ語彙では足りていなかった。


「それでは読んでいきます!  えーと、なになに?」

 わざとらしくペラリとめくる音をマイクに挿入し、彼はその文章を目に入れ……。





「『校長……二人いたよね?』」



 読み上げた。



 通常、ラジオにおいて放送に乗せるお便りというものは、内容に問題が無いかどうかを事前にチェックされているものである。それは底辺ネット配信者以下の木っ端放送である放送部のお昼休み放送においても同じ事であった。


 だがこの『お便り』は突然の乱入者だ。当然の事ながら、事前に誰かに読まれていようはずもない。むしろ少しくらいなら許されるだろうと、半ばハプニングすら期待されてそのチェックを通過させられたものである。


 そう、彼は初めから打算で間違いを犯していた。そのお便りがイレギュラーである事を言い訳にどんな内容であろうとあまさず放送に乗せてやろうと、その紙が窓から飛び込んでくるのを見た瞬間にそう決めていたのである。


 彼は勝手に確信していた。これが退屈で人気の出ない毎日の放送業を変えてくれる運命的な出会いだと。


 だからその文章は、意味を考えるよりもずっと早く、脳みそ素通りでその口から放送へと乗せられていった。見ていませんでしたとすっとぼけるためにあえて意図的に彼はそう読んでいた。



 そして一瞬の沈黙を置いてのち、その紙に記された文面の意味がじわじわと彼の脳内へと浸透していく。それは期せずして彼の放送を聞いた生徒達がその意味を理解するのと同じくらいの速さであった。




 そして






「いやいやいや、何言ってんのこいつう!」


 大仰に溜息をつく放送部の彼。






「そんな事もう全校に知れ渡ってるから!」



 呆れ返る放送部員。何か面白いものが降って来たかと思ったのにと、退屈な昼放送の主は他人事のように頭を抱え込む。彼には聞こえないが、各教室ではクスクスと軽い失笑の声が漏れていた。




 彼が叫び声をあげて死ぬような事は無い。全校生徒は今も教室で食事をとっている。昼放送は退屈のままである。




 それは尚人達三人が必死になって呪いの紙を追いかけていた時点では考えられない光景であった。ダブル校長を知らされても人が死なない。それどころか全校生徒が既にそのことを知って、二日が経っているという。





 ではその二日前に何があったのか。



 それを知るためには二日前に遡る必要がある。








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