ダブル校長 その5
二回目の入学式の日の朝。俺達は自分の持ち場で生徒が死ぬのを待っていた。
俺の指定されたポジションは中庭。校舎に囲まれた区域で視界は少し悪い。
塔哉の区分けは本人が相当広い範囲をカバーする想定の配置だった。三人の中では塔哉が一番体力も運動神経もあるので、インドア派の二人に多くを期待するよりは塔哉を多めに動かす方が合理的と言えた。
ちなみに運動神経だけじゃなく成績も背の高さも顔の良さも塔哉が一番である。俺達が勝っている所? 真心とかですかね。
「ぎゃああああああ!」
目論見通りに誰かが叫んだ。呪いの紙を特定するための尊い犠牲だ。
十分に休息を取った俺は、トップスピードで走り出した。方向は下駄箱。ここから10mも無い。飛び込めば犠牲者がいるだろう。その近くには紙が。
「おい、どうしたんだよ! 大丈夫か!?」
叫びに遅れて下駄箱から他の人間の声がする。周りに誰かがいたのだろう。今回も他人の間柄なら良いが、10年来の親友とかだったら面倒だ。
「断末魔の叫びが聞こえたので来ました! 大丈夫ですか! 心中お察しします!」
下駄箱に辿り着くや否や、そう宣言する。これによりその場にいる生きた人間は俺の事を良い奴だと思う事だろう。
そして状況を確認する。倒れているのはやや大柄の男子生徒二年生。それより少し小柄、普通程度の体格の二年男子がそばでオロオロしていた。
「お、お前新入生か! 先生を呼んでくれ! 突然倒れたんだ!」
「そうですね!」
元気に返事をしながら倒れている生徒に近寄る。近くに紙が落ちてないか確認するが、それらしき物は見当たらない。下敷きになっているのかと生徒の身体をひっくり返そうとするが、流石に一人では重すぎて持ち上げにくい。
「おいおい、何してんだ! 先生だよ先生! 早く呼んでくれって!」
「大丈夫です! 大丈夫です! うおおおお!」
明らかに俺には荷が重い。良い所まで持ち上がっていると思うのに、どうしてもひっくり返すところまで行かずに体が元の位置に戻ってくる。全力を込めても、だらりと垂れさがる四肢がその力を阻害してくる。
「お、おま、いい加減に……」
「落ち着いてください先輩。先生はあなたが呼ぶべきだ」
見上げると、塔哉が立っていた。こいつは校舎二階の中ほどの位置で待機していたはずだが、もうここまで走ってきている。
「俺達は新入生だから職員室が何処かもわからない。先輩が呼びに走るべきです」
「そうです! 俺もさっきからそう考えていたのに! 何してるんですか先輩!」
「え、いや……え? あ、すいません……」
先輩はやや納得が行かない様子ながら、意見の正しさには逆らえずに校内へと向き直る。そしてそのまま走り出し……
「待った待ったあ!」
そこを下駄箱に滑り込んできた光汰が止める。
「紙……紙はどうしましたかね、先輩!」
陽の光を背にぜえぜえと息を切らしながら、汗だくだ。
「か、紙?」
「先輩、倒れている彼はこうなる前に何かしていませんでしたか」
困惑している先輩に塔哉がフォローを入れる。
「ああ……そういえば、なんか下駄箱のふたに挟まった手紙を見てたな」
「その紙は何処に?」
「風で飛んで行ったぞ」
光汰ががっくしと肩を落とす。
「やっぱりな……ここに来る途中……なんか目の端にちらっと白い物が飛んでるのが見えてさ……」
「追いかけなかったのか?」
「すぐ見失った……」
「お前光速で走れそうな名前してんだからパッと捕まえろよ」
俺が無茶な事を言っても光汰は何も返さない。酸素が惜しいようだ。
「そうなんだよなこいつ……下駄箱を見るなり『ラブレターだ!』って喜んでたんだよな。なのにその紙を見た瞬間に悲鳴を上げてさあ」
「この人、ラブレターだと思って喜んで読んだら『校長二人いたよねー?』とか書いてあって死んだのか」
話したことも見た事もないが面白い先輩だと思った。
「……で、どうする? 紙は今から追いかけても無駄そうだが」
もうここには用はないとばかりに二人に聞く。光汰はまだ肩で息をしているので、実質塔哉に聞いている。
「持ち場に戻って同じ事を繰り返すだけだ。どうせ追いかけても成果は出ない」
そう言い切ると、塔哉はさっさと階段を上がっていった。なかなか真面目な態度で騒ぎの元凶としてはありがたい事である。
「じゃあ俺達も行くか。もう十分休めただろ」
「ああ……まあな」
光汰が持ち直し、しっかりと立つ。これからやや遠い持ち場まで走らなきゃいけないので頑張ってほしい。
「おいちょっと待てよ! そもそもお前は何で紙の事を知ってたんだ!」
「ああ?」
用済みになった先輩が教師に知らせもせずに光汰にちょっかいをかけてくる。何も知らないこの人にこんな事を思うのはかわいそうではあるが、正直面倒であるし控えめに言っても代わりにこの人が死ぬべきだっただろう。
「さっきも言ったけど、なんか紙が飛んでったから気になっただけっすよ」
「いやそんなの普通気にする訳……あ! まさかあのラブレターはお前が!?」
「ちげーよ! ラブレターでもねえ!」
「やっぱり知ってるじゃねえか! ラブレターじゃないなら何だって言うんだよ!」
「うるせえな! 死の手紙に決まってんだろうが!」
光汰がそれだけ言い残し、俺達二人は強引に走り去った。相手は倒れた友人を残して一人追いかけてくる訳にも行かないだろう。俺達の正義感と彼の友情が織りなす、美しい解決であった。
「ぎゃあああああ!」
そして持ち場につく前に校舎を挟んで反対側から声がした。
「なんだと!?」
「嘘だろ! なんだこの頻度!」
後の先を取ろうとする俺達を嘲笑うかのように、死の手紙は打って変わってフットワークの軽さを見せ始める。下駄箱を出て間もない俺達は声の発生位置からは大分遠い。その遠さが俺達の決断を揺さぶってくる。
「行くしかない! 流石に塔哉は間に合わない位置だ!」
「くそー! ふざけんなよてめえ! さっきまで全く音沙汰無かったくせに!」
少し悩みはしたが、結局は「今回は見送って次を万全の状態で……」なんて選択は有り得ない。次に生徒が死ぬのは一時間後かもしれないし、行けば紙が残っている可能性がある以上はこの機会を逃すべきではないのだ。
俺達はこれが最後だと思い、必死に全力疾走した。少し休んだとはいえ、息も絶え絶えだった光汰はまたすぐに先程と同じような顔に戻る。苦しいだろう。だがこれは俺達がやるしかない事なのだ。自分に言い聞かせるように足と心臓を酷使し、俺達二人はついに校舎の向こう側に踏み入り、そのすべてを視界に入れた。
そこにいたのは倒れた男子生徒だ。華奢な体つきからすると文化系だろうか。そしてその横には怯える女生徒。倒れた男と一緒に歩いていたのだろう、混乱している。そしてその彼女を落ち着かせて詳しく事情を聞いているのが既に辿り着いていた塔哉だ。俺達は糸が切れたように盛大に地面へと倒れ込み、そのまま死んだように動かなくなった。
「なんでだよ……」
「もうお前一人でいいだろ……」
「俺も今来たとこだから気にしなくていい」
待ち合わせた恋人に気を遣う時みたいなセリフを吐きながら、塔哉は息一つ乱していない。そんな様を見ていたらこのままずっとうつ伏せでいたくもなるだろう。光汰と二人、寿司の上の切り身のように地面にへばりついているのがお似合いじゃないのか。いや本音を言えば一度倒れたらもう起きたくないだけだが。
「まあいいや! 先輩、そこの死んでる先輩は何があったんですか!」
気を取り直して起き上がり、残った方の生徒に聞く。聞かれた女生徒は混乱しながらも口を開いた。
「ああ、あ、あのね! 急に倒れたの! 地面に落ちていた紙を見て『ラブレターだ!』って喜んでいたんだけど……」
「すいません、なんですって? なんで土の上に落ちている手紙を自分宛だと思ったんですか?」
「拾ったからって告白を受ける権利はもらえねーだろ」
「私もそう言ったんだけど、万が一もあるって言って……」
そこで倒れている男はここの土地神か何かだったのだろうか。
「で、その紙は何処にいったんですか?」
「ええと、風で飛んで行ったけど……あっちの方に」
「うおおお!」
聞くや否や、俺達は走り出す。正確に言えば塔哉だけ猛スピードで駆け出し、残った二人は気合だけそこそこに、ゆるやかなスピードで走っている。
「ぎゃああああああああああ!」
すると一際甲高い悲鳴がまた発生する。ただし女生徒が指差したのとは反対の方向……運動場の方からであった。
「反対じゃねーか!」
「話が違うでしょ先輩!」
「ええ!? な、なにが!?」
俺と光汰が立ち止まり、先輩を罵る。戻ってきた塔哉がその横を通り過ぎて反対側へと走っていく。
俺達二人も塔哉の後に続いて、頑張って走った。幸いな事に距離がそこそこ近かったので、俺達でも追い付けた。そこには倒れて動かない男子生徒と、呆然と佇む男子生徒の二人がいた。
「どうしたんですか!」
「あ、ああ……! こいつが俺宛のラブレターを勝手に読んだ途端に倒れて……!」
「お前宛じゃねーよ! なんで揃いも揃ってふって湧いたモテ期を幻視してんだよ!」
とうとう光汰が形だけの敬語もかなぐり捨ててツッコミだした。
「こ、高校二年だしそろそろそういう事もあるかもって思うじゃないか!」
「あってほしさのあまりにそういう事の範囲を広く取り過ぎてるんだよな」
「高校二年までそういう事が無かったのなら、これからもずっと無いですよ」
俺と塔哉に挟み撃ちのように非現実性を指摘され、彼の主張の虚しさがボロボロと露呈していく。
「誰が何と言おうと俺宛のラブレターなんだ……俺の頭の上に降って来たんだ……」
「まあいいじゃないですか先輩、強く生きましょう。それでその紙は何処にいったんですか?」
「そういえば見当たらないな……多分どっかに飛んで行ったんだと思う」
「解散!」
俺が叫ぶと、各自持ち場に向けて走り出す。
……その後も多くの悲鳴が学内に響いた。だが俺達が死の手紙へと辿り着く事は決して無かった。
俺達がいくら疾風の早さで現場に辿り着いたとしても、本物の疾風がその前に手紙を飛ばしてしまう。全力の走りが届かない事に俺達は歯噛みしていた。
なんなら後半はその悲鳴も半分くらい無視していた。疲労が回復しない内に走っても間に合わないだろうし、どうせ塔哉がいつも先についているからだ。
一回ほど悲鳴に向かってのろのろと歩いていたら、同じくらいの早さで歩いていた光汰と遭遇して目が合って気まずかった。光汰の方は息も絶え絶えだったので、一応毎回真面目に向かっていたんだと思う。光汰は胡散臭そうな細目で俺を見たが、心底疲れているらしく何も言わなかった。
「やべえ……全然手紙がつかまらねえ……」
俺と光汰は肩で息をしていた。塔哉も流石に額に汗を見せていた。目の前には二年男子が一人倒れており、手紙は既に影も形も無かった。
「まさかダブル校長がここまで恐ろしい怪談だったとは……」
本来なら気付いた瞬間に死んでしまうから、死の二次感染なんて無いはずの怪談だ。だがダブル校長に気付いた俺達がのうのうと生き残ってしまった事により、かえって犠牲者が増え続けてしまっている。実際俺達が死なないのが一番なのでそれは良かったのだが、流石にこんな早々に学校崩壊なんてさせてはいられなかった。俺達はここに通うのだ。
「クソ! 休んでないで探すぞ! こんな入学早々にいちいち転校なんてしてられねえ! 転入試験もめんどくせえ!」
「まあ待て光汰」
ヒートアップする光汰を俺が制す。
「この方法で死の手紙に辿り着くのは無理がある。俺達の体力がもたないし、どうせ風で飛ばされてしまう」
「確かに……どうせ次に駆け付けたところでまたあと一歩のところで風に飛ばされてしまうだろう確実に」
極めて論理的な意見を呈す俺に、光汰も納得する態度を見せる。
「考え方を変えるんだよ。これまで、俺達は手紙をなんとか回収しようとしていた。それがこの騒動を終わらせるために必要な事だと、風に飛ばされる手紙を見たあの瞬間から俺達はそう思わされ続けてきたんだ」
俺達は焦った。あの手紙によって一人でも人が死んでしまったらどうしようと必死に追いかけた。だが現状普通に何人も人が死んじゃったので、今となっては逆に特別焦る必要もない。となると見え方も変わってくる。
「冷静に考えればあの手紙は別に死の手紙なんかじゃなく、ただの『校長二人いたよね~?』と書かれただけの紙だ。あれが毒を吐いて人を殺している訳じゃない」
光汰は「なるほど」と頷く。
「あれを死の手紙たらしめている存在こそが元凶……対症療法にこだわる必要はねえな」
光汰の言に、我が意を得たりと頷き返す。
今ここに、俺達の心が一つになる。
「俺達が取るべき方法は、足を酷使して手紙を回収する事じゃない。ダブル校長自体をなんとかする事だ……!」
俺達は教室に戻った。
変死事件のごたごたによりまだ担任教師が教室に来ていないらしく、不幸中の幸いにほっとする。登校初日は重要な連絡をされる事も多いので内心ビクビクしていたが、これで心置きなく戦う事ができる。
俺達は義憤に燃えながら弁当を机に広げ、おかずをつまんでいった。死の手紙が校内の空を自由に飛び回り、その軌跡を刻むように人間ドミノがばたばたと倒れていっているのだ。この血も涙もない恐ろしい怪談に打ち勝つためには炭水化物を補給する必要があった。
「さあ始めるか……! ダブル校長撃滅の為の特別会議を……!」
窓の外では今も叫び声が上がり続けている。俺達は一旦それを忘れ、ダブル校長を亡き者にするための会議兼早弁へと臨むのであった。
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