ダブル校長 その4
教室を飛び出した俺達は階下へと必死に走っていた。目指すは学校内に死を振りまく呪いの手紙だ。この怪談は気付けば即死する性質のため、本来ならばその気付きを伝達する文は存在し得ない。それなのに何故あのような忌まわしき呪物が生まれてしまったのだろうか。
「あんまり生徒に死なれちゃ、また入学式が延期されちまうだろうが! 俺達はこれからあと何回入学式すりゃいいんだよ!」
「まだだ! まだ間に合う! こっから巻き返して行こう!」
文句を言う光汰を適当になだめながら、俺は階段を駆け下りた。地上階に辿り着くと、そのまま登校時に靴を預けた下駄箱まで駆け込み、荒々しく自分の靴を抜き取る。
「早く……早く靴を履かないと!」
俺は急いで靴に足を入れた。変に新品のスニーカーを買ってしまった事により、履きづらさに焦りが出る。
「思ったんだが、律儀に下駄箱経由で靴を履かず、一階の教室を突っ切って裸足で窓から飛び出すくらいはしても良かったのでは?」
「確かに……」
塔哉のいう事は正論に過ぎた。実を言うと俺もそれには薄々気付いていたのだが、足裏で小石を踏む不快感を想像すると気付かないフリをせざるを得なかったのだ。それを平然と言ってのける塔哉には俺には無い【強さ】があった。
靴を履いた俺達は外に飛び出した。飛んで行った窓の方向を考えれば、中庭に落ちた可能性が最も高い。他の二人もそれが解っているのか、何処に行くかと迷うような素振りは見せない。
「なんで入学式にこんな事しなきゃなんねーんだ! おい尚人、PCゲームのセールでなんかギフトして埋め合わせしろよほんと!」
「考えとく!」
中庭を駆けまわってA4サイズの切れ端を探す。草の上ならあの大きさの白い紙なんて簡単に見つかりそうだと思うが、何処にも落ちていない。まさか更に舞い上がって校舎を越えた先に落ちたのだろうか。
「もう校外に飛ばされたんじゃないか?」
塔哉の指摘は楽観的でありながらも、それなりに現実味があるように思えた。
外の人間に校長が二人いる事が伝わったからといって、入学式の場にいなかった以上はその先に何の気付きも無い。下校時の生徒に拾われる可能性もあるが、それだって無視してもいいレベルではないだろうか。そう考えると、もう何も心配はいらないような気がしてくる。考えれば考えるほど先程の焦りは早急だったと思えてきた。
「ぎゃああああああ!」
だがその刹那、耳に届いた叫びは明らかに校内からのものであった。お前の安心は幻だと知らせる無慈悲な悲鳴。聞こえたからには俺達三人が全力で駆け出す忌々しい悲鳴。走る最中で光汰が舌打ちし、俺はその舌打ちに心の中でいいね!をした。
駆けた先には一人の女生徒が倒れている。そばにはもう一人女生徒がおり、驚きに目を見開いていた。
「何があったんですか! 俺達は正義感の強い新入生です! 状況を教えてください!」
「あ、あの、私達、入学式の手伝いとかをしてた二年なんですけど……もう帰ろうかって時に彼女が突然倒れて……えっと……」
俺の質問に女生徒の生きている方がつっかえながらも話す。混乱しているようだ。まだ実感は無いようだが、彼女の心はおそらく深く傷付いている。
「お気の毒に……彼女とは仲が良かったのでしょう」
「あ、いえ、そこまででもないですけど」
「じゃあ別にいいか」
アフターケアはキャンセルして、倒れた女生徒の周りに紙が落ちてないか素早く確認する。体の下敷きになっているかもしれないので、三人で持ち上げてもみる。だが紙は見つからなかった。
「あのー、無いんですけど」
「な、何がですか……?」
女生徒は聞かれている事がわからない様子だ。
「えっと、彼女は死ぬ間際に何かしていませんでしたか?」
「えっと……紙きれを拾ってました。それを見たら、突然叫んで倒れて……」
「その紙は?」
「あっちの方に風に飛ばされていきました」
俺達はもはや礼すら言わずに無言で走り出していた。稀代の霊障パンデミックを前にしては、相槌の時間すら惜しい。早くこの件を片付けないと、俺達抜きに教室で入学初日の重要なお知らせなどがなされる事になる。
だが心配する俺達を嘲笑うかのように、紙は見つからない。
女生徒が指さしたのに従って校舎裏を熱心に探してみるが空振り。だったら運動場にでも飛ばされたかと目を皿にして見渡すもやはり無い。いっそ屋内にあるのではと靴を脱いで廊下を駆けまわったが、それも無駄に終わる。
真っ白いノートのページが何処にも無いのである。今度こそ学外に飛ばされていったのかとも考えるが、そう思った瞬間に風に漂うペラ紙が手頃な生徒を狙って急降下してくる気がして足を止める事もできない。
「くそー、終わりだ! 俺達はもうこれからずっと卒業まで入学式をし続けなきゃならねーんだ! 一体あと何回入学式の朝を繰り返さなきゃいけねーんだ!」
「落ち着け! ループものの主人公みたいな事を言うな!」
光汰が疲労でハイになって来たのか大声で弱音を吐きだす。俺はバツの悪さもあって一応励ますが、正直弱音を吐きたいのは同じである。
「だって、手掛かりもないってのにどうすりゃいい! このまま走ってるだけじゃ永遠にあの紙にはたどりつけねーぞ! どうすんだ!」
どうすんだと言われても、返せる言葉は何もない。あのノートの切れ端には既に一度出し抜かれている。追い付けるヴィジョンが全く浮かばないが、それでも走らざるを得なかった。
そうして俺達は走りに走り続けた。一度回った場所にも風で飛ばされている可能性があるからと、必死に走って探した。俺達には責任がある。足が痛くてもただ走り続けていた。
いや、今言った事は嘘だ。正直言えば後半は歩いていた。半分やる気を無くしながらどうせ見つからないだろうと半ば投げやりに足を動かしていた。それでも一応自分のせいだという負い目があるから、歩かない訳にもいかずに惰性で歩いていた。その惰性を見透かしたように、紙は全く見つからなかった。
「見つからねーじゃねーか! もう教室戻ろうぜ! どうせ中高の生徒なんて守る価値も無いろくでもねーやつばっかだろ!」
「お、そうだな。もう戻るか」
光汰が提案してくれて助かった。自分から言うのは流石に気が引けたが、光汰が言うならもうそれでいいかという空気にする事ができる。俺達は頑張った。頑張ったけど駄目だったのだ。
「待て。俺としてもあまりこの学校の生徒に死んでほしくは無い」
終わりそうな空気だったのに、塔哉が異論をはさむ。
「なんでだよ。入学式はもういいぜ、どうせそう何日も延期とはいかねーだろ」
「あまり生徒が死ぬと廃校になる」
その言葉に俺と光汰はぴたりと固まる。そこまでの数の死人は想定していなかったが、有り得ないとも言い切れない。この学校に入るのは結構大変だった。近くに似たような偏差値の高校も無い。それが無くなるという事は……。
光汰が意見を求めるようにこちらを見る。俺はそれに対し深く頷き、瞳に溢れんばかりの正義感を湛えて彼の両肩に手を置いた。
「この件は……見つからないでは済まされない! これ以上生徒を死なせる訳には……いかない!」
「あああああああああ!」
俺は決意を新たに宣言し、光汰は髪を掻きむしり叫んだ。反応は正反対だが、思う事は二人とも同じだろう。ただただ面倒くさい事になってしまった。
「ああもう、ほんとどうにかしてくれよ! 手掛かりも無いのにどうすりゃいいんだよ! 勝手に死にゃいいじゃねーか!」
「待て! 手掛かりならある!」
やけになりそうな光汰を俺が制す。
「俺は気付いたんだ。ダブル校長に気付いた人間は死ぬ前に必ず叫び声を上げるという特徴がある! つまり一旦誰かが死ぬのを待ち、叫び声が聞こえたらそこに急行する事によって紙の所在を探ればいいんだよ!」
「なるほど……いいアイデアだ。他には方法はないな何一つとして」
光汰が納得したように頷く。
「となると、学校内を広くカバーできるように三人で分散する必要があるな」
何処で手に入れたのか、塔哉が校内マップを広げてサインペンで三つの印をつけ始める。
「各自このポイントで待機していれば、どこで叫び声が聞こえても急いで現場に向かえるはずだ。☆マークには尚人、◇マークには俺、( ´∀`)マークには光汰が向かってくれ」
俺達は一様に頷き、それぞれ指定の場所に向かった。疲れて足もろくに動かなかったが、闇雲に走っていた先程よりは希望が見えていた。
準備は万端……あとは人が死ぬだけだ!
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