ダブル校長 その3
解散を指示された俺達は廊下を歩いて教室へと向かっていた。いや正確に言えばただ前を歩く人間についてなんとなく歩いているだけだが、気持ちの上では教室に向かっていた。
だって俺達は教室の場所だって教えてもらっていないのである。本来は教師などが先導してくれるのではないかと思うが、イレギュラーな事態ゆえかそれも忘れられているらしい。一度も行ったことが無い場所に帰れというのも、なかなか強烈に生徒の自主性を尊重している。
とは言え小中と九年間学校に通ってきた俺達は、まあこの辺にあるだろうと適当に目星を付けて教室を目指す事ができた。大挙して一階をうろついて見つかったのが三年の教室だったので、それならばとそのまま三階に上がってゴールインだった。
教室の内装は中学と特別変わらない。整然と並んだ学校机、前には黒板。入学前にもらったしおりを確認し、学生番号で適当にこの辺だろうと当てを付けて机に座る。黒板にもしおりにも何処に座れとは書いていなかった。
「ここか! ……ふー、やっと一息つけるぜ。話が長過ぎんだよなあ」
「アクシデントも合わさって本当に長かったな」
俺が教室に入ってまもなく、光汰と塔哉も中に入ってくる。そして俺の姿を認めると、当然とばかりに近くへと寄ってくる。
「尚人、お前倒れた生徒と話してたっぽいけど何話してたんだ? 何で倒れたんだあいつ」
俺と倒れた生徒との事が普通に知れ渡っていた。番号で言えば
「あー、まー、なんか軽く聞きたい事があったんだけどな。でも倒れた事に驚いて忘れたよ」
「ふーん?」
俺は歯切れの悪い返答を返さざるを得なかった。俺が校長の事について話してしまえば、人が倒れる。だったらずっと知らんぷりをしているしかない。今日は何を聞かれてもはぐらかすしかないのだ。
そしてそうなると当然明日もはぐらかした方が良い。もちろん明後日も明々後日もはぐらかすし、同じ流れで次もその次もずっと次の日もはぐらかす。この学校にいる限り、俺はずっと校長の事をはぐらかすし見ないふりをする。
そう、俺は卒業するまでずっと校長が二人いる事を隠し続けなければいけない。校長が二人いる事は俺だけの秘密なのだ。
別に他の誰かを危険に晒すまいなんて殊勝な考えを持ってはいない。だが誰かに相談しようにもその人間が死ぬのならば不可能だ。抱え込むタイプの人間でなくとも無理矢理抱え込まざるを得ないようにと状況が露骨に悪質に設定されてしまっているのである。
だからたとえどれだけ孤独な思いをしようとも、その事によって不当な扱いを受けようとも、俺は誰にも何も言う事はできない。たとえ周囲が校長トークで連日盛り上がっていようとも俺はその輪に入る事すらできないし、間違っても「それはどっちの校長の話?」なんて聞き返してはいけない。校長が二人いるという、15歳の少年が抱え込むにしては重すぎる秘密を胸に生きていかなければならないのだ。
俺がこれから歩む三年間は、そんな欺瞞と孤独に満ちた学生生活だ。誰か俺の心の孤独に気付いてくれ。それでも校長は……それでも校長は二人いるんだから……。
「そういえばこれは関係無い話なんだが」
塔哉が思いついたように口を挟む。
「さっきの入学式で校長が二人いなかったか」
「だよねー! 二人いたよねー! そうだよねー!」
勢い込んで俺も話に乗る。やっぱそうじゃねえかと、俺だけじゃないんかいとツッコミたい気持ちも込めて、盛大にその言葉を肯定した。
「ああ? 校長が二人ってなんじゃそりゃ」
光汰が何が何やらという反応だ。おや?と思った。先程の二人は教えれば気付いた風だったのに、光汰はそうじゃない。
「いや、校長の長話が終わったと思ったら、また別の校長が出てきたじゃないか。お前、見てなかったのか?」
「見てねえ。教師の無駄話なんて最初っから聞いてねえよ」
俺の質問にまさかの肯定が返ってくる。見ても聞いてもいないのならば気付きようも無いだろう。二人の校長に気付く事によって人が倒れるのだとしたら、まさにその天敵のような奴だ。
「しかし……校長が二人? なーんかちょっと聞き覚えがあるんだが。なんだっけな」
光汰が腕を組んで首をひねる。
「それはつまり怪談って事か?」
「そうそう。なんかwikiにあったと思う」
どうやら薄々予想していた通りに怪談絡みらしい。本当に昨日の今日でまた怪談が現れるとは、どうなっているのだろうか。
「ちょっと確認してみるわ。……うーん、だけどなんかちょっと記憶と違うような気がすんだよなあ」
光汰が検索エンジンに手際よく「校長 二人 一人いらない」とワードを打ち込む。すると怪談wikiのページの一つが引っ掛かった。
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【ダブル校長】
誰も気付かない内に校長が二人になっている怪談。
校長が二人いる事に気付いてしまった者は死ぬ。
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「文章めちゃ短いな」
「まあクソシンプルなやつだし」
思えば前回の文章も極力短くしようという意識は感じられたが、それにしたって今回は二文と来た。
「……ていうか、俺が話しかけた奴ら死んだのかよ!」
「まあ、これだとすればそうなるわな」
なんとなく貧血で倒れた程度かと思っていたが、予想外にアグレッシブな怪談だ。地味な初老男性の顔(×2)の裏の何処にそんな殺意を秘めているのか。
「なるほど、これで全ての疑問が解決したな。そういう事か」
塔哉が事も無げに言う。だが俺は今度は同意せずにむしろ首を傾げる側だった。
「いやいや、未だ疑問だらけだろ。まず『誰も気付かない』と言うが、俺達だけは校長が二人いる事に普通に気付く事ができている。にもかかわらず、死亡のペナルティを受けていないというのもおかしい」
そう、何故か俺達だけが校長が二人いるのを平然と受け入れてしまっているのだ。普通ならその事実に耐えられず死んでしまうくらいのおぞましい世界の暗部なのに、俺達だけが正気で生きていられるというのは全く訳がわからない。目の前の怪談が正しくダブル校長だというのならば、まずはそこの謎を解く必要があるだろう。
だがそれを指摘されても、塔哉の言う事は特に変わりはしなかった。
「尚人は自分が神に何を願ったのか忘れたのか」
「神? 神って……あっ」
言われて、あの時の事が頭の中に再現される。
手を合わせ、三人で祈りを捧げた。
高校三年間無事に過ごせますように、と
「あの効果が本当に続いてるのか!?」
「おいおいマジかよ! 神頼みのコスパ良すぎだろ!」
思わず口に出した驚きの声が光汰と被る。元々なんちゃらなんちゃらのリボルバーさえ乗り切れれば良いと思っての願い事だ。それ以外の怪談も防いでくれるとなれば、サービスが良いどころの話ではない。
「俺も言葉通りに叶えてくれるとは思っていなかったが、状況を見れば神の加護だと考えるのが自然だろう」
当然とばかりに告げる塔哉。
「つまり神の加護のおかげで死なないし、ついでに校長が二人いる事への認識妨害も効かないと……はー、なるほど」
ようやく全ての構造が見えてきた。本来は相当シンプルな怪談だったはずが、神の加護という例外によって全体像の見え方がややこしくなってしまっていたらしい。
「てことは、俺達が今校長の話題を振れば誰でも好きに殺せるって事じゃねーか。おいおい、神の領域に辿り着いちまったぞ」
愉快そうに光汰が笑う。別に殺すあてもないが、確かに怪談の性質上はそういう事になる。
「じゃあ、例えばこんな風に『校長二人いたよねー』って紙に書いてしたためれば、相手の命を奪う死の手紙ができあがるって事だな」
ノートを破って書き、光汰に見せてみる。
「そうなるな。口頭だろうが文章だろうが、相手に伝えりゃ死ぬはずだ」
「だよな。気を付けないとな」
普通は気付いた瞬間に死んでしまうからこんな手紙は存在し得ないはずだが、何の間違いか俺の手の中にはそれがある。
俺はその紙を人の目に触れないように、厳重に四つ折りにした。人の身には過ぎる加護を持つ者として、『校長二人いたよねー』と紙に書かないように注意しなくては。
だがそこで教室の左右から突然声が上がる。
「なんだか急に換気したくなったぜ!」
「この部屋くせえ! 爽やかな外の空気を入れるぞ!」
廊下側にいた生徒と屋外側にいた生徒が同時に窓を開け、教室に急な突風が吹き荒れた。その風によってノートの切れ端はいとも簡単に俺の手から解き放たれ、窓の外へと吸い込まれていった。
「やばい! 大量殺戮兵器が野に放たれたぞ!」
「何してんだゴミ! 追うぞ!追うんだ!」
光汰に罵られ、俺達は教室の外に飛び出した。クラスメート達に少し怪訝そうに見られたが気にしてはいられない。
今日こそは何の変哲もない入学式の日になると思っていた。だが実際には入学式は中断されたし、俺達は学校の生徒達を救うために身を粉にして足を動かしている。
何故こうなったのかを誰に問うても確たる答えを持たないだろう。だが一つだけ言える事がある。全部ダブル校長のせいである。
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