ダブル校長 その2

 それから生徒達はバラバラと外に出て、体育館の周りに適当にたむろしている。塔哉や光汰と合流しようかとも思ったが、整列もせずに思い思いの出口から出たために周囲には見当たらない。わざわざごったがえす生徒達をかき分けて探す程でもない。


「なあ、君、同じクラスだな! 俺もBだぜ! ちなみに樽宮西中出身!」

「へー、聞いた事ないな。俺は清森中! 後でライン交換しようぜ! 」

 気付くと、この時間を利用して親睦を深めようとする動きがクラスのそこかしこで生まれている。


 中学の時と同じく、この時期は新しい繋がりを求める入学生が活発に会話を交わし始めるようだ。さながら突然海に落とされた人間が空気を求めるみたいにみな必死に口を開いている。


 本当は教室に到着してからゆっくりと友達を見繕おうと考えていた人間も多いはずだ。だが一人が目の前で友達を作り始めると、それに焦った他生徒も同じ行動を取らざるを得なくなる。相手が友達になってくれるのは、まだ友達がいないからだ。自分以外の全員が既にグループを作り終わっているような状況に陥ったとすれば、その学校における友達作りは失敗したと言っていい。


 俺も本来ならこの流れに乗るべきだろう。雰囲気だけで適当に気の合いそうなやつを見繕って、とりあえずでも声を掛けてみるのが新入生としての正解だ。


 だがそれでも俺は、今ここにいない倒れた生徒、そして二人の校長の事が気になっていた。あれがなんだったのかがわからない。というか、取っ散らかり過ぎてどう思えばいいのかもよくわからない状況だ。


 いや、校長だけで言えばわからない事もない。あれと似ている。と質はそれなりに似ているのだ。


「……怪談か?」


 昨日の今日でまさかとは思うが、それぐらいでしか説明が付かないような気もする。無理に説明を付けようとするなら、例えばこの学校には本当に校長が二人いるとか、しかもそれを俺以外の人間が前知識として全員知っているとか、結構無理のある理屈になってしまう。となると、どうしても怪談を思い浮かべざるを得ないのだ。


 今回は……俺にだけしか変に思われない二人の校長?


 なんだか微妙な話だ。何か綺麗じゃないというか……納得感が足りない。この怪談がどんな怪談であるかといえば、校長が二人いるなんてビックリという怪談だろう。だったら主役は二人の校長だ。じゃあ俺は何だ。


 要するに怪談の設定が中途半端だ。俺という要素だけがあまりにも不格好に宙に浮いている。俺だけが違和感を抱けているという状況自体にどうにも違和感があるのだ。学校の入学式という舞台を選んでおきながら、一人の生徒だけ特別扱いされているというのは何故か。俺は新入生代表でも入試主席でもないというのに。


 パズルのピースが足りていない。点が少なすぎて線が浮かばない。この怪談に名前を付けるとしたらどんな名前を付ける? そんな簡単な問いかけにすらいまいちパッとした答えが見つからない状態なのである。


 と、そこまで考えたところで後ろから急に肩を叩かれた。塔哉か光汰が俺を見つけたのだろう。俺はそこで思考に耽るのを一旦やめた。


「ねえねえ、君何処から来たの!」

「え?」


 振り向くと髪の長い女子がいた。一瞬何なのか解らずにこれも怪談の一要素かとも思ったが、先程考えていた友達作りの一種だと気付く。


 普通、入学式で交友を繋ぐとしたらまずは同性からスタートするのがセオリーであるため、こういうパターンは珍しい。今日のこの場で異性に話し掛けるとは度胸のある子だと感心する。


「倒れた人と体育館で話してたよね! もう友達できたんだ、凄いなあ! コミュ力高いねえ!」

「ああ、凄いだろ。俺は実はコミュニケーションがめちゃ得意なんだ」


 せっかくなので話を合わせてゆるい繋がりを確保しておこうと思う。万が一くらいには女子の知り合いがいてほしいと思う事もあるだろう。ここで喋っている限りではそれなりに人柄も良さそうなので、特に拒絶する理由は無い。


「さっきは何を話してたの? 体調悪そうだねーとかそういうのかな。いきなり倒れるくらいだもんねー」

 倒れた生徒の話題が出る。どうやら俺以外の生徒も少しは彼の事を気にしていたらしい。


「いや、大したことじゃないさ。校長の数がおかしくないかって聞いてたんだよ」

「校長? 校長……」

 校長の数に触れた途端、彼女の饒舌さは鳴りを潜めた。


「校長の数って、校長なんて一人に決まって……いや……あれ……」

 何事か考えているような、あるいは予期せず顔を出した記憶の糸を不思議そうに手繰っているような、そんな様子を見せる目の前の女生徒。うわ言のような独り言を繰り返しながら、最後に一つ何かに気付いたようにハッと目口を開く。そして


「ぎゃあああああああああああ!」

 彼女もまた絶叫の悲鳴を上げた。


 完全に力を失った様子でガクリと膝が崩れ、彼女の体が無防備に前へと倒れる。それを俺が横に避けたのでその転倒を阻むものは何も無く、その頭はしたたかに足元のすのこへと叩き付けられた。打ち鳴らされた木の板は小気味よい音を立て、絶叫に静まり返ったその後の場によく響いたのであった。


「やってしまったよ」

 天を仰ぎたくなる気分だった。俺と話していた生徒がまた倒れた。


 いや、そうじゃないかとは思ってたんだ。先の生徒が倒れたのは、俺が話し掛けたせいなんじゃないかって。校長についてせいなんじゃないかって。


 この女生徒は不幸だった。なかなかの話し上手だったのだ。だから話し相手は何も考えずにそれに続く最適な言葉を選択する事ができたし、言った後でやばいと思う暇すらも無かった。もしも女生徒が引っ込み思案か話下手だったなら、こんな事にはならなかっただろう。


 そうだ、これはただ不幸な出来事であり彼女のせいではない。彼女の何かが少し違えば彼女はこんな事になっていなかったが、だとしても彼女のせいではない。だから彼女を責めるのはやめるのだ。もしもそんな人間がいたら俺が強く非難してやる。だってこれは誰のせいでもない。ただ不幸な出来事が重なっただけなのだから。よし。


「あー、貧血かなあ。最近多いからなあ」

 今度は真に白々しく呟く。貧血の数が時勢で増減するなんて聞いた事も無いが、どうせ周りの生徒はそんな事気にしない。きっと俺の顔も覚えていない。そうだと言ってくれないだろうか。


「貧血……貧血か?」

「まだ保健の先生って中にいるよな。知らせに行った方が良いんじゃないか?」

「うそー、ほんとにまた誰か倒れてるじゃん」


 ざわざわと集まった野次馬が倒れた生徒を囲むせいで、俺が抜け出す事ができない。極力明後日の方を向いて関係無いアピールをしているが、一緒に視線を向けられているような気がして居心地が悪い。


 すると体育館から保健教師らしき女性が現れ、こちらを向いた。

「はい、もう解散して! 教室帰りなさい! 入学式は一旦中止! 救急車呼んだから邪魔にならないでね!」


 予期せぬタイミングで解散を言い渡され、生徒達のざわめきに開放感が混じる。病人が二人も出てしまうと、流石にこうなるだろう。逆に言えば入学式の長話から解放されるためにはそのくらいの犠牲が必要らしい。


 人の流れができると、俺も大多数の生徒の内の一人となって校舎に入る事ができた。俺は後ろを振り返り、教師達に囲まれた女生徒を見る。罪も無い生徒に害をなすなんて、校長は悪い奴だと思った。全部校長のせいである。近づいてくるサイレンの音もそうだそうだと言っているような気がした。








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