◆第二の怪談 ダブル校長
「えー、今日は君達の新しい旅立ちの第一歩とも言えます。君たちはこれから社会人になって、最後まで生きていく。その社会人生活で好スタートを切れるかどうかはひとえにこの高校の過ごし方の……」
先程と大して変わらないような内容の話が続いていく。眠気を誘う地味な語り口。低くも高くもない平凡な声音。だがもはや俺のかっ開いた両目には眠気など1ミリも存在していなかった。
「校長が二人いるじゃねえか!」
声に出さずにはおれなかった。かろうじて囁き声におさめたのは自分でも褒めたい所である。
じっと目を凝らして壇上で喋っている人物を見る。少し頭の薄くなった50代くらいの男性。中肉中背の何の変哲もないオッサン。さっき横にはけた人物も顔は違えど似たような印象のオッサンである。そのどちらもが校長を名乗っていた。
奇妙なのが、眠そうな周りの生徒だ。この状況は寝ているどころの話ではない。異常事態とまでは断言できないが、少なくとも「これドッキリ?」くらいの感想は持っても良さそうなものである。だが生徒達の校長(2nd)を見る目は、どれもこれも退屈そうだ。
気付いていないのか?
俺以外の人間が目の前の意味不明な光景に軒並み気付いていないとすれば、それこそこの出来事への見方を異常事態へと格上げするべきだ。
それともおかしいのは俺一人か? 俺がたまたま全て校長と聞き違えていただけで、本当は先程話していた男は教頭だったのではないだろうか。もしくはもっと悪くて、俺の頭がおかしくなって幻覚にとらわれているか。生徒全員が二人の校長に気付かない異常事態よりは、そっちの方が可能性がありそうではある。
もっとも、その考え方は昨日通用しなかったばかりだが……。
「なあ、ちょっと良いかな」
俺は後ろの男子に話し掛けた。入学式の最中に話し掛けられるとは思っていなかったのか、彼は少し意表を突かれた様子だった。
「間違っていたら悪いんだけど、ちょっと校長の数がおかしくないか? あの校長、二人目だよな?」
自分でも何を言っているのかという聞き方になってしまったが、仕方がない。ニュアンスがぶれないようにズバリ聞くべきだ。
「えっと……どういう事? あの校長がこの学校で二人目の校長って事? この学校、そんなに新しいっけ?」
「いやそうじゃなくて、この場にいる校長が一人だけじゃないだろ。さっき喋っていた校長と、今喋っている校長で二人も校長がいるじゃないか」
「さっき喋っていた……校長……。あっ」
すると、彼は何かに思い至ったようにハッとした顔になる。それを見た俺はほんの一瞬だけほっとした。やはり勘違いでもなんでもなく、目の前の光景はおかしいのだと。だがその刹那
「ぎゃあああああああああああ!」
彼は突然絶叫し、卒倒した。
受け身も無しにその体はダイレクトに地面へと打ち付けられ、人の重みが振動へと変わり床へと拡散していく。
校長の話が止まった。
全ての人間がこちらを見た。
視線の先にいる彼はピクリとも動かない。
「は?」
予想外の事態に俺は固まってしまった。
目の前で突然人が倒れた。ちょうど俺が話しかけたタイミングで倒れたのだ。まるで俺が何かしたみたいな、ぱっと見そうとしか思えないような光景をその場の全員が目撃している。
「……え、何?」
「倒れた? ねえ、生きてんのあれ?」
「あれ、吉田じゃね? 同じ中学のやつじゃん。マジかあ」
異常事態を免罪符に周りの生徒がざわざわと話をしだす。ある意味、校長が二人に増えている事なんかよりもシリアスな事態だ。倒れた彼には二人目がいないので、一人倒れただけでも大ごとである。
「……あー、貧血かな。 立ちっぱなしだったもんなあ」
彼と向き合って話していたはずの俺が、白々しくもそう発言した。いや実際俺は別に何もしていないから白々しく感じる要素など何もないのだが、それでもその手の疑いを払拭したいという意識の元に発せられた俺の言葉は、否が応でも胡散臭くなってしまうのだった。
「えー、保健の先生は彼を介抱してあげてください。人手が必要かもしれないので、頼まれた先生は手伝うように。生徒は邪魔にならないよう、一旦体育館の外に出て待機してください」
この事態に校長はそう告げた。予期せぬタイミングで退出を言い渡され、生徒達のざわめきは強まる。昨日終わるはずだった入学式がまだ終わらない。堅苦しい形骸化した儀式からいつ解放してくれるのかと、だれてきているのだろう。
生徒の興味の対象は既に倒れた生徒から入学式のだるさへと映っている。実際、顔も知らない人間への対応として考えればこの態度も薄情とは言えない。俺達はまだお互いにクラスメートとして紹介すらされておらず、ここで同情できるほど相手への関心などは無いのである。
では校長が二人いる件についても同じように関心が無いだけなのだろうか?
校長の話など碌に聞いておらず、違和感を覚えても気のせいだと思っている?
俺は小さく息を吐き、体育館の出口へと向かった。考えれば考える程、条理でまとめようとする事への場違い感が募るばかりであった。
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