入学式・改

 今日は入学式。季節は春で、気温は暖かい。公園などを歩けば視界は桜一色となる。桜が綺麗なのは万人共通だが、それでも今日の俺達にとっては、やはり満開の桜は特別な意味を持っていただろう。


 というような事を昨日やった。そして何故か今日もやっていた。


「えー、本日はお日柄もよく。門出にふさわしい日和となりました。君たちの三年間は今日ここから始まる訳で……」


 俺は視線をやや上に向けて声の主を見た。マイクに向かって壇上で話をする校長。新入生は校長の話を聞く葦となり、体育館に直立して生えている。たまにぐにゃりと先っぽを曲げているやつもいる。それが注意されないあたり、良い高校に入学できたと言える。


 昨日の壮絶な事件の後、俺達はそのまま普通に学校に向かった。正確に言えばちょっと走って学校に向かっていた。


 生死がどうのとわたわたしていた時には興奮状態にあって気にしていなかったが、冷静に考えてみると入学式で遅刻というのは結構やばい。陣痛の始まった妊婦を助けていたとかわかりやすい理由があればお目こぼしももらえるだろうが、実際俺達が何をしていたかなんてのは話せない部分の方が多い。超常現象にまつわる諸々を除いてその日の動向を抜き出したならば、俺達は頭をぶん回す謎の踊りを楽しんだ後に、大岩に小銭を投入しただけである。それで遅刻の免除が与えられるとすれば、多分抱き合わせとして校内カウンセリングが付いてくるだろう。


 そんな訳で俺達はそれなりに急いでいた。入学式をばっくれる不良生徒とも、だらしない遅刻者とも思われたくはない。なんだかんだで真面目な生徒と思われるのが性に合っていた。教師は真面目であるくらいの特徴しかない生徒に話し掛ける時、いつも真面目である事を褒めてくる。俺達は適当に愛想笑いをする。教師とのやり取りなんてそれで十分である。


 だが、結論として言えば俺達の駆け足は全くの無駄だった。入学式は時間通り行われていなかったのだ。


 なんでも特定のクラスの生徒が揃って恐慌状態に陥るが発生したとの事で、学校では教師たちがその対応について騒いでいたのだ。

 学校に辿り着くやいなや、眼鏡をかけた中年の教師に「妙なでかい音を聞いたか」と質問された。はいと答えると、遅刻した件はいとも簡単にスルーされた。音にびびって帰宅してしまった生徒すらいたらしく、俺達などは可愛いものだったらしい。


 そしてその後の展開を決定づけたのが、樽宮公園で一人の学生が銃殺されていたとの知らせだ。それが驚く事に樽宮高校の新入生であったために、学校は一気に騒然とした。


 あのでかい音は実は銃声で、その生徒は呪いの銃に殺されてしまったんだ! と、1-Cの生徒達は口々に噂していた。それは荒唐無稽な話であるはずなのに何故か謎の真実味があり、瞬く間にクラスの枠を越え学年中へと広まっていく。結局輝かしい門出というムードでもなくなり、入学式はめでたく翌日へと延期となった訳である。


「クラスの初顔合わせの前に死んだから、クラスメートだけど葬式には行かなくていいらしいぜ! 他人万歳だな!」

 光汰はそう言って喜んでいた。同じ中学だった俺達は流石に顔くらいは知っているはずだが、妙な空白期間に死んだせいで他人という判定で通ったらしい。仕様の穴を突くゲームの裏技みたいだと思った。とにかくサドン崎デス男の尊い犠牲によって、俺達は半日ゆっくりと休んだ上で改めて入学式に臨める事になった訳である。




「えー、力を合わせる。と一言に言っても、色々なものがあります。まず一つは、物理的に力を合わせる事。これは例えば、昔話の大きなカブなんかを想像していただければわかりますが……」


 昨日の事を回想し終えてしまうと他に考える事がなくなり、自然と目の前で話している校長の方に意識が向く。そして向いた途端に強烈な眠気が襲ってくる。俺はそれに対抗するために別の事を考えて気を紛らわせていたのである。


 もう一回昨日の事を考えてもいいが、流石に味の無くなったガムだ。実はさっきの回想も既に二回目で、一回目の時には律儀に思い返していた当時の気持ちなども大分端折っていた。

 それにここで思い返す度に、あの刺激的だった体験の記憶が今感じている退屈さで上書きされていく。昨日の出来事を特別にトロフィーとして飾っておくつもりも無かったが、それでもかつての好敵手がどんどんとその輝きを失っていくような複雑な寂しさがあり、どうせなら別の生贄を用意したいという気持ちが湧いてきている。


 朝礼などにおける教師の長話というのは、往々にして眠気を誘いがちだ。話が上手ければ聞けない事はないのだが、出会った限りのその手の教師は全て言う事が固くて一本調子で古臭かった。おそらく校長というポストに就くと、自然と校長らしく退屈な事を喋らねばという気持ちになってしまうのだろう。一度で良いから、自分をスティーブ・ジョブズと思い込んで原稿を書いてみてはくれないだろうか。


「えー、であるからして……」


 相変わらず壇上からはありがたい話が体育館全域に発せられている。その影響を受けてか、舟を漕ぎそうになっている生徒も多い。「最後にもう一つだけ話がありますが」と校長が言ってから既に十数分が経っていた。最後の数ミリだけやたら時間が掛かるローディング画面のように、間延びした話はなかなか終わってくれない。いっそ口頭ではなく、全部テキストにして配ってはくれないだろうか。それを読むかと言われたら絶対に読まないだろうが。



「……という訳で、これで私の話は終わります」


 ようやく話が終わるらしい。そこかしこで生徒が息を吐く音を聞きながら、俺も便乗して大きく息を吐いた。なんなら息の合掌が☆1のカスタマーレビューとなって校長の耳へと届けと思って吐いた。


 とはいえ、この終わりが入学式の終わりと同義かはわからない。ここからまた長々と時間をかけて細かい諸注意が垂れ流される可能性もある。「それでは生徒退場!」と高らかに宣言してもらえれば万々歳なのだが。



「では続いて、校長先生の話に移ります」

 そう言って校長が退場し、壇上にはまた別の校長が現れる。俺はそれを見て途方に暮れる思いだった。今まさに校長の話が終わったばかりなのに、また同じように校長の話を聞かされるはめになるとは。さっきの校長は20分は喋っていた。次の校長は何分喋るのだろうか。これから20分間は入学式が終わらないとなれば、いよいよこのまま寝てしまうかどうかの心配を真剣にしなければならないだろう。



「ん?」


 眠気が飛んだ。


 何かがおかしい。


 校長が20分喋る時間がさっき終わりを迎えた。その上で、また校長が20分喋る時間が始まろうとしている。校長の長話がダブっている事に俺は絶望したが、そもそも冷静に考えればそんなものは普通ダブらないし、ダブらせる意味も無い。


 いや違う。長話に更なる長話が乗っかっているのがおかしいんじゃない。それ自体も不可解なのは間違いないが、その不可解が実現する過程においてもっと何か取り返しの付かないものがダブってしまっている。長話が単なるその余波だとすれば、では本当にダブっているものは……。



「どうも、校長に変わりまして……校長です。まずは入学おめでとうございます。 えー、本日はお日柄もよく……」


「……んん!?」


 悪夢のような壇上の光景を眺めながら、俺は変な呻き声を漏らしてしまった。








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