40発弾倉のリボルバー その12


『聞いてるのか貴様ら! 自分が何者なのかを説明しろ!』




 入学式も迫る早朝、学校近くの公園。

 俺達はテロリストに銃を向けられて脅されていた。




『貴様らの身分を明かせ! 俺は反社会的勢力の代表格であるテロリストだ! しかもこの銃はかなり強い!』


 アサルトライフルを持った、凶悪そうなテロリスト。


 その顔立ちは被ったマスクによって伺えず。

 肌の色は全身を包む衣服でわからず。

 喋る言語は現存するどの言語にも似ておらず。

 そもそも活動内容やここにいる目的もよくわからない。


 このテロリストを思った時にこのテロリスト以外に思い浮かべようがない。まるで不用意に偏見を助長しない事を意識して存在しているかのような、そんな見るからに政治的中立を体現したような姿のテロリストが目の前にいた。


 言語はわからないが、喋っている内容はニュアンスでなんとなく完璧に伝わってくる。このテロリストは目の前の学生達を警戒しているのだ。



「お、俺達は高校生だ! 近くの高校の入学式に向かっていた! 他の三人も同じだ!」


『喋る前に手を上げろ!』


「もう上げている!」


『じゃあもう一回上げろ!』


「どういう事だ!?」


 テロリストとの会話は、一触即発と呼ぶにふさわしい危うさを秘めていた。舌がもつれた瞬間に発砲されてはたまらないと、言葉選びに慎重さが混じる。


『最近の学生はボランティアで公共のための運動をしていると効く! その一環としてテロリストである俺を拘束しようとしていたのではないのか!?』


「ち、違う! その証拠に俺は力が弱い! 見てくれ、この細いガタイを! こんなへなちょこがテロリストを拘束しようとするはずがない!」


『ほう! ではゆっくりとそでを捲れ!』


 俺はそでを捲った。


『確かにあまり強そうじゃない! では次、一番右にいるお前!』


「え……」


 あてられたサドン崎が具合が悪そうな顔で、一瞬ためらう。他の人間が何かを察したように顔を見合わせた。

 サドン崎は少しの逡巡を見せたが、それでもおそるおそるそでを捲った。そして日々の部活動によって鍛えられたたくましい二の腕が現れたのだった。


『腕が太くたくましいじゃないか! 舐めやがって、許さん!』


「うわああああああああああああ! 待ってください違うんすよ! これはただスポーツで鍛えてただけなんすよ!」


「てめえ、なんで運動部なんか入ってやがったんだふざけんな! ほんと何から何まで足引っ張りやがって愚鈍崎が!」


「待ってくれ、違うんだ! こいつだけ俺達の友達じゃないんだ! こいつは撃っていいから俺達は助けてくれ!」


「学校に確認を取ってほしい! テロリストに関わるような活動はしていないという事がわかる!」


 俺達は思い思いに必死に命乞いをした。こんな意味の解らない所で死ねない。特に友人でもなんでもない赤の他人サドン崎デス男をきっかけに無駄に命を散らしてしまうとなれば、死んでも死にきれない。

 自分に関係無い所で関係無い何かが起こるように、自分に関係のある所で自分に関係無い災厄が降りかかるのは知っている。それもある程度は我慢しよう。だが死ぬとなれば話は別だ。


 しかし、俺達の命乞いは無駄のようだった。


 テロリストはもはや口を固く結んでいる。銃口は一番端のサドン崎にピタリと狙いを定められていた。そこから横に一薙ぎすれば俺達は皆死ぬ。


 もはや隙を見て逃げるか戦うかだ。だが、銃を避けて逃げ切る事は難しい。武装したテロリストを組み伏せるのも難しい。俺が大して動けないというのは本当だ。数の有利は無いも同然。他の二人は機会を伺っている様子だが、サドン崎はわからない。サドン崎は……


「ふ、ふふ…… へ、へへへへ」


 サドン崎は笑っていた。明らかに不自然な笑い。額ににじみ出た大量の汗が、やつの今の気持ちを物語っている。それを差し置いて笑いが出る理由が俺にはわからない。


「て、テロリストのあんたさ……知ってるか?」


『何がだ』


「さっき俺が神様に……な、を……」


 客観的に見て、やつは狂ってしまったように見えた。俺も狂ってしまったのだと思った。


「お、俺が、もしさ……今からすげえ超能力に目覚めたとしたらさ……あんた、間違って俺に銃を向けた事……め、めちゃくちゃ後悔すんじゃねえの……?」


 テロリストにはやつが何を言っているのかがわからないだろう。だが少なくともその言葉に良い印象を抱かなかったという事は見て取れた。空気が冷たく張り詰める。


「あ、あんたはどうせちっぽけな人間だ! ここで俺が人間の枠を越えちゃったならさあ! どうなるかわかんねえんじゃねえのかなあ! テロリストさんよお!」


『もういい! 全員殺す!』


「お、おれは死なねえ! 俺は神様にちゃんと頼んだんだ! 神様、今こそ俺に力を授けてくれ! テロリストを倒す力を! 世界を変えるほどの力を!!」


『世界を変えるのはテロリストだ! 死ね!』


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 叫ぶサドン崎。勇ましくもない、覚悟も無い、半分以上が恐怖に支配された絶叫。


 テロリストが指に力を込めるのが見える。

 ゆっくりとゆっくりと焦らすように引き金が引かれていく。

 この期に及んでの場違いな悠長さを不可解に思う。


 いや違う。ゆっくりなのは俺の視界か。


 気が付けば木の葉の擦れ合う音が聞こえなくなっている。

 塔哉がテロリストに向かって駆けだそうとするのが見える。

 光汰が身をかがめようとしているのが見える。


 鋭敏になった感覚。

 死ぬ間際というやつなのか。


 いよいよ間近に死が迫っているのを察した身体が、全ての機能を限界まで惜しみなく発揮しようとする。


 この土壇場で手元に差し出されたカードがこれだ。ただの生物としての肉体に備わった当たり前の機能。

 奇跡とは程遠い。超常の領域の過ぎた先に鎮座する、泥臭い現実。



 その研ぎ澄まされた感覚で解った事はただ一つだけ。


 手遅れだ。


 この場の誰が何をするよりも、テロリストが銃を掃射する方が早い。


 テロリストは銃を構えたまま引き金を引く。

 指先が引き金に食い込んで食い込んで、手前へ手前へと引き込んでいく。

 きっともう次の瞬間には弾丸が発射される。

 そうじゃなくても次の次には。


 塔哉はまだ一歩も動けていない。

 光汰がしゃがみ込む前に銃は発射されるだろう。

 サドン崎はただ意味も無く叫んでいる。

 目もくらむような光が俺達の周りにあふれ出す




「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 突然サドン崎の絶叫が鼓膜に響き渡り、我に返る。


 光だ。

 火器の放つマズルフラッシュなどではない。

 今まで見た事もないようなまばゆい光が辺りを包み込んでいる。


 視界がスローなのは変わらない。

 時の流れを何十倍にも薄めた刹那の世界。

 俺は動けない。光汰も塔哉も。

 

 ただ光だけがとてつもない速さで世界に拡散している。

 理路も脈絡も置き去りにして、縦横無尽に目の前の空間にその手を伸ばし続けている。


 あの光は何だ。

 光源も何もわからない。

 わからないのに確実に現象として目の前に存在し続ける。


 こんな事はあり得ない。

 有り得ない。

 あの音源の特定すらできなかった怪談現象と同じくらいに有り得ない事が、今確かに目の前で起こっているのだ。


 超常の存在。

 銃口の奥に潜む無骨な現実との対比とでも言うかのように、唐突に表れた光明。


 時の静止した世界の中で、ただその光と……サドン崎の絶叫だけが生きて動き続けていた。


「世界を変えるのは俺だあああああ! うおおおおおおお!」



 弾丸が発射される。


 そして、その刹那
























「ぎゃあああああああああああ!」



 銃口から発射された無数の銃弾がサドン崎の身体を穴だらけにする。胴体から末端、更には頭にまで鉛の通過跡が刻まれ、サドン崎の持つ生きていくのに便利そうな機能が一つ一つ丁寧に奪われていく。

 その身体にはもはや足を支えるための筋力すら残っておらず、加えられた外力に沿うがままに後方へと傾くその様には、もはや生き物らしい意識は欠片も感じ取る事ができない。

 地面に倒れ伏したサドン崎が、派手な音を立てて土煙を舞わせる。春の桜のなかに、場違いに押印された赤。ひきつった変な笑顔を乗せた不格好な大の字が、春になって間もない樽宮公園へと横たわったのであった。





 死んだ。


 サドン崎デス男が銃で撃たれて死んだ。




 呆然とする他なかった。

 目の前で色々な事が起こり過ぎた。

 怪談事件が解決したと思った矢先のテロリスト。銃を向けられて絶体絶命かと思ったところで、サドン崎の絶叫に呼応するようなあの光だ。サドン崎は光に包まれた。目も眩むような光だった。そしてそれはさておき、サドン崎は銃に撃たれて死んだ。



 今この場所は今日一番と言うくらいに静かだった。サドン崎が死んだだけでここまで静かになるものなのか。この原理を利用して静音グッズを作れば、特許だって取れるかもしれない。生きて帰れたら考えてみるべきか。


 いや待て、駄目だ。静音性は高いが、生きて傍若無人に振る舞っていたサドン崎はもういない。今はサドン崎デス男と言えば、そこに横たわる大人しい肉塊の事である。生前のサドン崎を知らない者が、部屋に置かれただけの肉塊から静けさを感じとる事ができるとしたら、それはきっと特別な才能の持ち主だろう。特許を取るならありふれた人達に向けた商品が必要だ。サドン崎の死体はアイデア商品としてニッチ過ぎ、それを侍らせるのは一部の天才だけだろう。高級ホテルの最上階から都市を見下ろす、含み笑いのスーツの男。世界から切り取られたような無音の一室。その部屋の隅に並べられているのは力尽きた無数のサドン崎。



『死にやがったな! 俺を馬鹿にするからだ、ざまあみろ!』


 テロリストの満足げな声でまた我に返る。どこから何処までが現実でどこからが妄想だったのか、判然としない。だが、見ると塔哉と光汰も俺と同じように眩し気に目を細めていた。少なくともあの光は幻では無かったという事か。




『しかしどうした事だ! 結局全弾撃ち尽くしてしまった! 弾薬は貴重だというのに! 腹立たしい! ナイフでも使えというのか!』


 テロリストが悔し気に呻き、懐からナイフを取り出す。一般家庭ではそうそう見ない、凶悪そうに反り返ったナイフだ。銃が無くてもやはり立ち向かう気にはなれない。


 だが、そこで急に辺りに風が立ち始める。超常現象じゃない。地面に大きな影が差したのを中心にヘリコプターの音がどんどんと近付き、テロリストの真横に梯子が降ろされた。


『まあいい、ここは撤退だ! 俺を拘束できずに残念だったな! あばよ!』


 テロリストが梯子を掴むと、ヘリコプターはそのまま桜の木の天辺よりもさらに上まで上昇していった。日常に紛れ込んだ最後の異物が空へと遠ざかっていく。


 最後に風が一つ吹き抜けると、今度こそ周りには俺達しかいない。先程までの騒ぎが現実にあった事を示すのは、そこに転がったサドン崎だけだ。ふと入学式の開始時刻を過ぎている事を思い出した。今から生きて学校に行ける。俺達はもう日常の中にいる。




「……最後の最後に、サドン崎のおかげで助かったのか。テロリストの気持ち、俺は少しわかるよ。思わず弾薬を全部使いたくもなるよな。サドン崎がいてよかった」

 感謝も同情もしないが、感慨深さみたいなものはあった。関わる全てにおいて邪魔でしか無かったあの男が、最後には俺達をかばう形で死んでいったのだ。


「何を言っているんだ尚人」

 俺の言葉に対する塔哉の反応は冷めたもので、思わず吹き出しそうになる。死してなお邪魔者としか扱われないサドン崎。哀れみはしないが、哀れな存在だ。


「ははは、だってサドン崎がヘイトを稼いでくれたからだぜ。そりゃ別に真面目に感謝してる訳じゃないけどさ」


「銃は俺達も撃たれてた」


 塔哉は告げた。

 あまりに普通の会話の延長みたいに言うものだから、数秒頭に入ってこなかった。


「えっ」


 俺は自分の身体の前面を見る。撃たれた様子は無い。だが下を向いた視界の中に、足元に散らばった銃弾が入り込んだ。


「おいおいお前、サドン崎のおかげって……何を見ていたんだ?」

 光汰も呆れている。俺以外の二人は事態を把握している。


「いや、だって……サドン崎が光りだして……」


「違う」

 また塔哉が訂正する。


「光っていたのはだ」



「……俺達?」

 俺達が光っていた? 二人が……いや、俺もか?



「お前、端にいたからわからなかったのか? サドン崎は全然光ってなかった。俺から見たら、光っていたのは塔哉とお前……あと、俺自身だったな」


「正直、何が起こったとも言えない。常識を超えている。ただ、あの光が俺達の事を助けてくれたようにも見えた」


 三人が光っていた。三人は銃で撃たれた。三人は無傷でここにいる。


……」


 頭の中に、今朝の願い事が思い起こされる。

 神に願った。助けてくれと。



 俺は駆け出した。とっくに入学式は始まっているが、脚は逆の方向へと進んだ。俺達が祈ったあの岩の事を確認したかった。


「待て待て、慌てんな! 俺も行くってば!」


 光汰が慌てて同じように走る。塔哉も何も言わずについてくる。



「はあ……はあ……」


 結構全力で走ったため、息が上がっていた。目の前にはあの大岩。見た目で変わりはないようだった。


「はあ……はあ……。 か、神様……あんたが……助けてくれたんですか……?」


 同じようにへばっている光汰が聞く。神様は答えない。岩が喋るはずがないのは常識だ。


「何か目に見える変化がある訳ではないようだな。一番考えられるのが、神の加護だとは思うが……」

 塔哉が涼しい顔で言う。俺もそう思っている。それを確かめたい。俺達が助かったのは神のおかげなのか?


「……ん?」


 俺は少しの異変に気付いた。大岩の根本に硬貨が落ちている。落とし物にしては気前が良い内容。


「……あっ!」


 何か漠然と察せられるものがあり、俺はまた駆け出した。


「おい、また走るのかよ! ちょ……待て! 待てこら!」


 光汰も走る。俺達は体力が無いので、最初よりだいぶ勢いが落ちている。だがはやる気持ちだけは抑えられない。


「はあ……! はあ……! ここだ……! ま、まだ誰にも見つかってないな……!」


 目的地にたどり着いた。というより先程の場所に戻ってきた。テロリストの戦闘があった場所……目印は寝てるサドン崎だ。


「なんだよ……はあっ はあっ……! 何の用があんだよ……!」


 そう言ったきり、息を落ち着けるために光汰もまた黙る。俺も黙った。ただ息を整えるためにしばらく呼吸をした。


「ふう……用があったのはこいつだ」


 落ち着いた俺は、サドン崎の前に立った。

 穴だらけでくたばったひどい様相。尻の下から顔を覗かせているのは、破壊を免れたスマートフォンだ。俺はそれを拾い上げ、サドン崎の指で起動する。


「こいつは動画を撮っていた……だから映っているかもしれない」


 地面に落ちた1500円。ただ一人だけ助からなかったサドン崎。

 俺はSNSを開き、サドン崎の書き込みから先程アップされた動画へと飛ぶ。


「俺達の願いが受け入れられた証拠は無いかもしれないが……だったらこいつの……」


 目に映るのは朝の光景。サドン崎が霊能力を授けてくれとの願い事を終え、自撮り風に自分と大岩をカメラに収めている所だ。


「あっ!」

「は!?」

「これは……」


 俺達は目を疑った。サドン崎がチャンネル登録がどうとかの決まり文句を垂れ流している、その後ろで……。


 大岩がそのコイン投入口からプッと500円玉を吐き出し、地面に三つの硬貨が転がったのだ。


「「「きょ……拒否されている!!!!」」」


 一人だけ不思議な力に護られずに死んだサドン崎は……一人だけ不思議な力で賽銭を拒否されていた。


 これ以上無いほどに明確な状況証拠と言えた。俺達はやはり神に護られていた。そしてどうやらサドン崎は神にうざがられていた。


「拒否られてんじゃねーか! おいおい、そりゃそうだぜ! 神に祈ってウルトラパワーアップなんて都合良すぎだもんな! 良かったー、真似しなくて!」


 光汰が興奮して騒ぐ。自分の選択が正しかった事がよほど嬉しいらしく、稀に見るテンションの高さだ。


「ははは! 塔哉が3000円も入れたから、俺達もおまけで助けてくれたのかもしれねーな! あと500円足りなかったらやばかったぜ!」


「そうかもな。助かってよかった」


 光汰は素直に喜んでいた。塔哉も心なしかその声音にほっとしたような印象を受ける。そして俺はそのやり取りを何処か意識の外側の方で聞いていた。



「奇跡は起こり、サドン崎は死に……か。この結果は怖いくらいだ」


 俺はぽつりとそう呟く。


 死ぬべきだと思っていたら、そいつは死んだ。

 助かりたいと思って行動したら、それは実を結んだ。


 上手く行き過ぎたら、凶兆じゃないかと不安になる。逆に言えばそんな不確かな憂いしか無いくらいには今の俺は晴れやかな気分だ。


 死ねと願って死ぬ事なんてそうは無いと知っている。だがもしそれが本当に起こるなら……それはとても素敵な事だろう。




 俺は力尽きたサドン崎を撮影すると「死んじゃったぜ!」というメッセージを付けてSNSに投稿し、そのまま持ち主の元へとスマホを投げ捨てた。


 湧きおこる無数のいいね通知を背に、遅刻者三人はその足を入学式へと向けるのだった。





 ◆第一の怪談 40発弾倉のリボルバー おわり








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