40発弾倉のリボルバー その10

 静寂が異音に取って代わり、カチッという一つの無機質な音が響いた。


 先程の異音に比べて場違いなほどに常識的な、ありふれた機械部品を思わせる何処にでもありそうな乾いた音。

 だが安心した顔の生徒はいなかった。


 まだ何も起こっていない。

 自分以外には聞こえない不可解な破裂音。

 音源すら想像できない耳障りな異音。


 それは怪談など知らずとも凶兆と感じるには十分過ぎる異様。

 何かが起こらない限りは、「終わった」と思えるはずがなかった。









 カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ



 一つ鳴れば、あとは止まらない。どこか遠くで引き金を引く音がする。一定の間隔を置いて次から次へと引き金が引かれていく。

 止まらない。

 生死の分岐点に立つ40の命を、一つの余韻も許さずにただ機械的にどんどんと仕分けしていく。


 心の準備をしてきたと思っていた。なのに、今では撃鉄の奏でるリズムよりも俺の鼓動の方が早い。


 いざ本番という所で祈るやつは準備不足だと思っていた。用意の良い俺達は前もって祈ってきたと。


 なのにまだ祈りたくなる。祈り足りない気がしてくる。そして撃鉄の奏でる音は、祈る暇さえ与えずに状況を前へ前へと進めていく。


 ここにある全てをその音に握られている。場のペースも。生死も。心のありかさえも。



 カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ



 依然として不気味な金属音は止まない。既に弾倉の半分くらいは回されただろう。1/40ならそうそう当たらないと誰かが言った。じゃあ1/20ならどうなのか。



 カチッ


 急にこれまでよりも近くに音が発生する。

 それと同時に、周りの生徒の一人が短く悲鳴を上げて身をよじらせた。彼は自分の頭、右あたりの空間をしきりに気にしている。


「学校のやつらが全員はずれた」

 塔哉の言葉で状況を理解する。銃は既に登校していた生徒の分を回し終えた。

 



 カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ


 四方八方、音は公園内のあらゆる方向から発生するようになった。そのたびに公園内の生徒が一人ずつビクリと体を震わせ、己の右側を確認する。

 耳元で空の弾倉が弾かれればそういう反応になる。泣きそうな顔で必死に首を巡らす生徒もいる。

 その間抜けな様が今は羨ましい。彼らは生き延びた。キョロキョロと無様を晒せば生きられるのならば、俺もそうしよう。死ねばその無様すら奪われるのだ。



 カチッ カチッ カチッ カチッ



「札も入れときゃ良かったかな……」

 光汰の額を何粒目かもわからない汗が伝った。


 カチリカチリと一つ撃鉄が落ちる度に、遠くにあった可能性の死が具体的な形を帯びていく。そうそう40人のうちの一人になんて選ばれない……そんな根拠のない楽観視がどんどんと霞んでゆく。


 俺達は本当にできる事を全てしてきたのか。


 神頼みなんてしてる暇があれば別の何かをすべきではなかったのか。


 ここで神の加護が発生して銃弾を跳ね返すなんて奇跡が有り得るのか。


 やはり40人を39人にすべきではなかったのか。

 怪談に自分が選ばれるくらいなら、先んじて俺が適当なクラスメートをべきではなかったのか。

 その後の暗い未来を甘受してでも可能性の死に徹底的に抗うべきではなかったのか。



 カチッ カチッ カチッ カチッ



 死んでくれ。頼むから誰か死んでくれ俺を救ってくれ


 もはや早く自分の番が過ぎ去ってくれと願うのも恐ろしい。


 もう次に引き金を引いた瞬間に銃弾が出てこないとも限らないのだ。



 もうやめろ。もう引き金を引くな。

 このまま終われ。


 このま ま











 凄まじい衝撃が世界に走る。

 大気の震えと体の芯まで貫く振動が繋がり、自分とそれ以外の境界があいまいになる。


 頭の奥の奥まで痺れが走り、平衡感覚が変になり足がよろめく。


 気付けば音が消えている。引き金の音が無くなったという意味ではない。全ての音が聞こえない。


 いや、微かに聞こえる。周囲のざわめき。土を蹴って遠ざかる無数の足音。だがキーンという激しい耳鳴りが音の正確な収集を妨げ、鼓膜の痛みも相まって状況の正確な把握を困難にしていた。


 目を開く。見える。

 肌の感覚もある。


 耳だけがおかしい。まるで大きな音で耳が一時的に機能不全になったような。



 大きな音……


 聴覚がある程度回復し、それにより気付く。本当に引き金の音が止んでいる。静寂が帰ってきている。




 終わった。


 


 ロシアンルーレットは終わっている。銃弾は既に発射された。

 俺は生きている。




 その瞬間、背後で土の上に倒れ込むような音がする。

 耳の痛さも忘れて振り返り、俺はそれを目で捉えた。


 近くでうつ伏せに倒れている生徒がいる。

 顔が良く見えない。



 見えないが……直感的に理解した。

 こいつは……



 俺は弾かれたようにそいつへと駆け寄った。

 そしてその肩へと手を掛ける。









 その生徒は  その生徒の正体は










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