40発弾倉のリボルバー その9
カラカラカラカラカラ
カラカラと弾倉が回る音は続く。音がし始めてから十数秒。鳴りやまない音は各人が抱いた予感を増幅させていく。
耳を押さえる生徒が増えた。周りの生徒の一人がばっと両手を側頭部に押し付けるたびに、それを見た別の生徒がまた同じ事をし出す。似たような制服姿の学生群の中で一年C組が浮き上がっていく。
その一年C組の中で三人と一人だけ、心中に予感ではない別のものを抱いていた。俺達はこれから何が起こるかを知っている。恐怖が伝染する様を少し遠くから見ていられる。
依然カラカラという音は止まない。
随分念入りに回すものだと思う。もはや1-Cの生徒のほとんどは耳を押さえている。まさか俺達まで同じ事をしないと満足しないのか。
この怪談は几帳面で神経質で心配性だ。超常じみた力で人を殺す割には、確率の偏りが気になって仕方がない。公平性を期すためにできるのが、ただ必死に弾倉を手で回し続ける事だけだ。不思議な力で完璧な乱数を生成したりなんてできやしない。
こうして考えてみると、随分人間味にあふれた怪談様じゃないか。さっさと己の分をわきまえて、カラカラするのをやめろ。そのちっぽけな銃で一人だけ殺して満足して帰ると良い。
弾倉の回転は止まらない。いつまで引き金の引き金に指を掛けて勿体ぶっている。このままずっとこの音が聞こえ続けるのではないだろうなと、少しだけ違う意味での心配が頭をよぎる。
「? 音が……」
塔哉が何かに気付いたように呟く。最初、それが何を不思議がっているのかわからなかった。光汰も遅れて気付いたのか、怪訝そうな顔つきになる。俺は音を聞き流すのをやめ、神経を傾けてみた。
これは……先程より音が耳障りになっている?
いや、違う……音が速い。
弾倉の回転が加速している。
音は既にカラカラとは形容し難く、金属が引っ掛かってこすれる音が幾重にも折り重なり続け、いつ終わるともしれない警告音のように空気中を駆け巡っている。
生徒の鼓膜を突き刺して回り続ける耳障りな高音は、後の破裂音を予感していなくても思わず耳を押さえそうになる不快音だ。
「うるさいんだよ……とっとと俺達以外の誰かを撃ちやがれ」
光汰が忌々しげな小声で吐き捨てる。強がりだと思った。予想外の挙動に焦りを感じているのに強がっているのだと。俺は何故そう思ったのだろうか。
周りの生徒はただ不快な音だと思っているだろうか。
俺達にとって、それはただ不快な音じゃない。その向こうに常軌を逸した速度で回転し続ける赤熱のシリンダーを思わせる、人外の音だ。これから俺達の命を刈り取る存在が、はるかかなた超常の領域にいると知らせる音だ。
音は既に記憶の中に比べるものが見つからないほどに先鋭化していた。これが何かが回る音だと解るのは丁寧にその早くなる工程を示してもらったからに過ぎず、初めからこうであったならば人間にはその内訳を想像する事すらできないだろう。
速さがわからないくらいに速く。ともすれば見失うくらいに継ぎ目無く。
ふと、それが本当にうるさいのか自信が持てなくなっていく。耳の聞こえ方というのは初めからこうでは無かったかとの錯覚すら覚える。今、俺の鼓膜が感じているのが音なのか無音なのかがわからなくなる。
やつの音が徐々に聞く者の世界に同化する。気付かないうちに五感の一つに怪談が埋め込まれていく。
俺達が対処しなければならなかったものは何だ。
怪談とは本当に人を一人殺すだけで消えてくれるのか。
ただ一発の銃弾だけを見据えて対策を練れば大丈夫だなんて、いかにも都合の良い楽観主義の考えだったんじゃないのか。
発現した怪談は場の空気そのものとなり、際限なく存在感を増していく。
怪談なんて知らない1-Cの生徒達がそれでも目に見えない何かを恐れ、慄く。
覚悟ができていたはずの三人は気付けば無言になっている。
もはや加速しているのが何なのかすら曖昧になる。ただとにかく、誰もわからない何かが取り返しのつかないほどに加速している。場を取り巻く状況全て、細部に至るまで、第六感すらも震わせるほどに、その加速が鳴りやんでくれない。
到達点がわからない。行きつく先があるのかさえわからない。積み重なった速度だけが狂ったように縦横に駆け巡り飛び回り、耳を狂わせ、肌を突き刺し、空気の色を変え、世界を上書きし、
そして
止まった。
耳がおかしくなりそうな、突然の静けさ。
常軌を逸した異音がさっきまで鳴り続けていたというのに、それを一瞬全て忘れてしまうほどの異様な静寂。何も聞こえないというのはこうだったとそんな当たり前の事をようやく思い出す、異様な静寂。
すべてが終わったのではないかとすら思う静寂。
カチッ
それは先程の形容し難いビープ音とは一線を画する、わかりやすさ。
銃の撃鉄が空振る音。
残る人数はあと39。
頬をつたい、一筋の雫が落ちた。
汗をかいていた事に気付いた。
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