40発弾倉のリボルバー その8
何処で怪談を待ち受けるべきかを考えれば、1-Cの生徒が一番集まる場所が最適だろう。今はそれが公園内だ。そして何も起こらなければ、次はクラスメートに混じり学校へと向かう。
「要は他の奴が死んだ時にほっとしたいんだ。ああ終わったなって」
塔哉は頷く。光汰は笑った。
道に囲まれた広い芝生のスペースに三人でぽつりと佇む。昼には誰かが寝転がっている事もあるし、子供が遊んでいる事もあるのだが、今はやはり朝だった。
「おーい、お前ら学校に行くんじゃねえのかよ! そんなとこで何してんだ!」
スポーツ飲料のペットボトルを持ってサドン崎が駆けてくる。
「いやー、なんか今日は喋ってばっかだったからかな。喉がかわいてよお」
蓋をパキっと回し、喉を鳴らしながら飲料を飲みだす。
「そのまま黙って飲んでろ。まだ作戦会議は終わってないからな」
光汰の言にサドン崎がペットボトルを口に付けたまま「ん?」と疑問符を飛ばす。
「神頼みは策の内のたった一つだ。他に思いついたらそれも試すのは当然だろうが」
「あー、そういえば他にも色々話し合ってたっけな。ここまで来て元気だなー、お前」
サドン崎の軽口に光汰は睨みで返す。
「札を残したのも、何か役立つものが買えるかもってのが理由の一つだ。……いや、考えてみれば、ホームセンターでフルフェイスヘルメットくらい買うのが先だったかもな」
一瞬失敗したというような顔を見せたが、塔哉に「朝は開いてないぞ」と言われて、「ああ」と安心したような声を出す。
「しかし、生徒が大分集まってきたな」
俺の言葉に、二人も改めて公園中を見渡す。入学式までもう何十分も無くなった今、この広い都市公園は樽宮高校の通学路としての役割を見せ始めていた。
「なんとなく通学途中で始まるかとも思ってたが、そうでもねーかもな。……ま、俺達もあいつらに混ざって登校するか」
光汰が地面に置いていたカバンを持ち上げるのを見て、俺達もそれに倣った。
芝生エリアを抜け出し、踏み固められた土の上に出る。このまま道に沿って公園を抜ければ樽宮高校のすぐ近くだ。
学生服の生徒達が歩く先へと、俺達もまた歩を進める。
「学校で何かやれる事あるかな」
先程の光汰の話を引き継ぐ意味も込めて、ふと独り言のように呟いてみる。まだやれる事が残っているとすれば、それは公園ではなく学校にあるかもしれない。
「たとえば学校の先生たちに相談してみたりしてな。一人くらいは怪談とか信じてくれるかもしれない」
言うのはタダだと適当言ってみる。
「信じてくれたとして何をしてもらうんだ」
振った話題を塔哉が拾い、当然の疑問をぶつけてくる。
「まあ……なんか、大本のクラス名簿をビリビリに破いてもらうとか?」
雑に雑を重ねて、教師に凄い要求をする想定になってしまう。まあ、命が掛かっている以上は駄目元でやってみるのもありかもしれないが。
「やるならやるでもいいが、もちろん十中八九聞いてはもらえないだろう。それに、クラスメートの死を事前に予告してしまう」
「なんかまずいのか?」
「要するに、お前が死ぬと言った直後に人が死ぬ。その死が誰かの仕業だとしたら、誰の仕業と思われるかだ」
「ああ、確かに」
腑に落ちる。
「怪談で死ぬ人間がどんな風に死ぬかはわからないが、俺はやめるべきだと思う」
「そうだな。心不全とかだったら病死で済まされるだろうが……40発弾倉のリボルバーだからな」
後に残るのが頭に穴の開いた死体だとすれば、病死と判断してもらうのは難しいだろう。
2分ほど歩いたが、特に何かが起こる様子はない。生徒達の様子にも変わりは見られない。しいて言えば数人に一人くらいはそわそわしているようにも感じられたが、まあそりゃ入学式だ。そいつらがピンポイントで
「なあ、ちょっと聞きたいんだけどさあ」
黙ってスポーツ飲料を飲んでいたサドン崎が、ペットボトルの蓋をしめた。
「お前ら、ここって第一志望なのか?」
急に普通の話を振られて、思わず笑いそうになってしまう。多分、サドン崎が今までに発した言葉の中で一番面白かった。こういう笑いもあるのだと覚えておいてもいいかもしれない。
「第一」
「第二」
面白さに免じて普通に答える。第一が俺で、第二が塔哉である。光汰も確か第一だったか。
「ふーん、なるほど。まあ第一にせよ第二にせよ、ある程度ここに来たくて志望したって事だよな皆」
引き続き普通の事を言うサドン崎。こいつの中でのマイブームなのだろうか。
それからしばらく会話も無く歩いた。周りを見渡せば、桜の本数よりも多い学生。入学式なのだと改めて思う。
「……なんかさ。できる事色々やった後で考えてみるとさ」
サドン崎がまた口を開く。
「死ぬんだよな。クラスの……いや、俺達の中で誰かが」
サドン崎の言う通り、誰かが死ぬ。クラスメートと書いてどういうルビを振るかは知らないが、その中から一人が死ぬのだ。
「俺さ、さっき一人になってからも同じ高校の新入生を見つけてさ。声掛けてラインでも交換しようかって思ったんだよ」
ぽつりぽつりと語る。テンション高めでも大声でもなく。
「だけど、そいつが死んだらって思うと……やっぱ、知り合うのが怖かった」
サドン崎はそう言い、空を仰いだ。飲みかけのペットボトルがちゃぷんと音を立てる。
「まだ話もできていない。どんなやつなのかもわからない。だけど、確かに俺達の一員になるはずだったやつの誰かが死ぬ」
サドン崎は話し続ける。普通の事を。ごく当たり前の順当な事実を。
「なんか、悲しいよな。そりゃ完全に赤の他人でしかないんだけどさ。でもクラスメートなんだ。笑い合えたかもしれないんだ。それがさ」
考えても仕方がない事だ。これから死ぬやつが良い奴かもなんて。
「そんな、友達になれたかもしれないそいつが今日死ぬって思うとさ……。なんかわかんねえよな。やりきれないっていうかさ。ただ……悲しいよ、やっぱ。悲しいよ」
そう言い、サドン崎は口を閉じた。さっき天を見た視線は足元へと注がれている。じゃりじゃりと土を踏む音がさっきより大きく響いた。
「ハハハハハハハハ!」
突然光汰が笑い出した。周囲の学生が怪訝な顔をしてこちらを振り返る。それくらいの遠慮無い高笑いだった。
「……おい、なんだ。 何がおかしいんだお前」
サドン崎が言う。いつものように笑ってはいなかった。
「いやいやいや、おかしいだろサドン崎」
心底意外そうなオーバーアクションで、光汰は相対する。
「どうしてお前はいつもいつもこう、剥がれた化けの皮を顔からぶらさげてダンスを踊るのか」
そう言い、嗤う。滑稽なくらい露骨に目の前のサドン崎を嘲笑う光汰。
「何が言いたい」
サドン崎は声を押し殺した。
「なんでクラスメートが死ぬ事なんかを悲しんでいる」
光汰はわざとらしい笑顔を作ったまま、なんて事のないようにそう言った。
サドン崎は目を大きく見開いた。周りの生徒は事情を知らなくともこう思ったかもしれない。「逆鱗に触れた」と。
「人が死ぬ事を悲しんで何か悪いかよ! 会ったことも無いのに偽善だってか?
あった事が無い人間を大切に思っちゃ駄目か? お前の望む偽善の無い世界ってやつは随分寂しい世界なんだな!」
限界まで引き絞られた引き金がとうとう撃鉄を解放したかのように、サドン崎は言葉を叩きつけた。負けられない正義のための戦いであるかのように、この世の悪をくじくように目の前の光汰に言葉を叩きつける。
光汰の笑みはすっと引いた。サドン崎の言葉が半分も終わらない内から光汰の顔には既に何も無かった。まるで最初から笑ってなどいなかったように。愉快でなど全く無かったかのように。目の前の光汰は無表情だった。
「なんでクラスメートが死ぬ事なんかを悲しんでいる」
光汰はもう一度言った。今度は当たり前の疑問をぶつけるように。
「お前はまたそうやって……!」
サドン崎が何か言おうとする。だがそれが終わるよりも先に光汰が口を開き、そして同じ事をもう一度言う。
「なんで、まだ死んでいない人間を勝手に死んだ事にして悲しんでいる」
サドン崎の表情がピタリと固まり、悪を断罪せんとする正義が凍り付いて勢いを失う。
「えっ?」
何を言われたのかわからないといった表情だ。しかし今度はそのサドン崎の表情こそがどこか作り物めいて見えた。光汰の眼差しが少し鋭くなる。
「知っているはずだよな? この公園には怪談を防ぐ手段がある。それが実際効くかどうかは不明だが、少なくともお前はそれを1500円分くらいは信じていたはずだよな?」
静かな問いかけ。それは邪魔者を遠ざけるための言葉でも、皮肉で溜飲を下げるための言葉でもない。光汰は今、サドン崎に対してただ聞いている。
「俺達はたった今まで、最後の銃弾に選ばれても死なない方法を探し回り、そして一定の答えを得て、それを駄目元でも実行に移したはずだ。 何故その事を綺麗さっぱり忘れて、『クラスメート達は死んでしまうのだ悲しい事だ』なんて嘯いている?」
『俺達』の部分を強調しながら、問い詰める。そうだ。サドン崎は今日俺達とずっと一緒にいた。
「教えろよ、大切なクラスメート達に。この学校のピカピカの制服着てる奴ら一人一人全員に状況を全部説明して、それで神様に頼むって手段を教えて、なんなら金のないやつに一円でも五円でも恵んでやれよ。それすらせずに、なんでクラスメートが死ぬ事なんかを悲しんでいる?」
サドン崎はずっと目線をさまよわせながらただ黙っている。予想もしなかった方向から矢が飛んできたというような顔だ。こんな事、クラスメートの死にろくに触れもしない俺ですら頭の中にはあったのに。
いや、俺は別にサドン崎の悲しみが偽物だと言いたい訳じゃない。サドン崎は本当にクラスメートが死ぬのを悲しんでいる。奴の先程の言葉は間違いなく人としての情から生まれたものだ。俺にはそれが完璧にわかる。
何故なら俺もサドン崎と同じく、これから死ぬ生徒の事が本当にかわいそうだと思っているし、できれば死なないでほしいと思っているからだ。
そしてかわいそうだと思う以上に、その何倍もそれを救うのが面倒くさいと思っているからだ。
救えるものなら俺が救ってやりたい。なのにそれが面倒くさい事だけが本当に残念だ。罪もない生徒が一人死ぬ事が悲しくて仕方がないのに、それを自分が救うとなると途端に眠いのだ。
「いや、だけど全員に知らせる時間も無いだろうが! しかも知り合いでもないし、話を信じてもらうのだって難しい!」
サドン崎がようやく反論をする。別に納得できない事はない理屈だが、先程の正義の使者と同じ人物が言ったにしては随分消極的に聞こえる意見だ。
「確かに難しいかもしれないが、言うほどでもないだろう。俺達の身の周りに明らかに超常現象が起こってんだ、信じる奴らだっている。それに別に全員じゃなくてもいい。1人でも2人でも良いんだ。神に守られてるそいつらが上手く選ばれりゃ、それで死人は出ないかもしれねーぞ」
光汰は更に反論を被せる。サドン崎の逃げ道を丁寧に淡々と塞いでいく。
「それと時間が足りないなんて言うが、じゃあ具体的に残り時間はあと何分だ? 10分か? 1時間か? 死ぬまでのタイムリミットなんてサイトに書いてあったか? なんで時間が足りないなんて思いたがる? 案外5時間くらい猶予があるかもしれねーぞ」
サドン崎が口を開きかけ、そのまま閉じる。言える事なんて何一つある訳が無い。そしてそれに対する光汰の顔はもはや無表情とは呼べなかった。
「黙ってんじゃねえよ、サドン崎! さっきてめえが言った事をもう一度言ってみろ! 偽善かだって? 偽善だろうが! そうさお前の言う通り、俺達のクラスの誰かが死ぬ! たった一人の孤独の中で、あったはずの未来に手を伸ばしながら死ぬ! そしてそいつの心がてめーのローコストな偽善に救われる事なんざ、これっぽっちもありはしないだろうぜ!」
嘲った笑いと皮肉めいた言い回しに端を発した光汰の糾弾は、言葉を進めるに連れて怒りに近い感情を宿していた。
流石のサドン崎も返す言葉を見つけられないで押し黙る。俺も塔哉もそれをフォローするような義理は無い。周りの生徒はラインも交換していない他人だ。ただ静寂の一瞬一瞬だけが幾重にも重なり続けていく。
どうするんだこれ。
そりゃ光汰の指摘は概ね正しいだろうが、正しいからどうだという話だ。さあこれから学校まで急ぐぞという道中で空気が既に死んでいる。これからクラスメートになるかもしれない奴らが俺達を見ている。
サドン崎の欺瞞は暴かれた。だが、それで何か一つでも俺達にプラスになる事はあったのか。これまで本人のスタンスもあってなあなあで済んできたサドン崎との関係だが、それが悪化してしまえば高校生活に影を差す事も無いとは言い切れない。
本当、こいつは言っても仕方ない事をたまに言う。欺瞞は往々にして欺瞞のままの姿にしておく事が正しい。それを引き剥がして中の獣を引きずり出した所で、一体何が起こる。今度は棒を持ってその獣と戦うのか。それで肉や皮でも残ればまだ良いのだが。
未だ足を止めて黙りこくったままの一行を見て、溜息をつく。塔哉は当然のように我関せずだ。俺もこの場で横から口なんて出したくない。
かといってこのまま俺達とサドン崎だけ公園に取り残されても、何がなんだかわからなくなる。ここでこいつらの足をまた学校へと向かわせるのは、結局俺の仕事なのだろう。俺は諦めて口を開く事にした。
「あー、なんでもいいから早く学校に……」
と、その時
カラカラカラカラカラ
それは突然だった。
何かの機械部品が回転するような無機質で乾いた音。
決して大きくないはずのその音が俺の声を遮ってハッキリと耳に届き、それと同時に公園内を歩いていた同校の生徒の幾人かがピタリと足を止める。
「来た」
「ああ」
黙っていた塔哉が口を開き、光汰もそれに頷く。冷静でいたのは俺達三人だけだ。それ以外の生徒は何かを予感したように不安気な様子だったり、なんなら両手で耳を押さえている者までいた。
昨日までの俺達だったら、どうしていただろうか。周りの生徒のようにキョロキョロと辺りを見回し、この音がいずれ破裂音に変わるのではないかと逃げ腰になっていただろうか。音の発生源が想像できないままに、これから何が起こるかがわからずにいただろうか。
今ならそれが何の音かがハッキリとわかる。見えない何者かが弾倉を回している。この音はロシアンルーレットの開始を告げる合図だ。
これからこの中の誰かが死ぬ。
俺達以外なら確実に。俺達の誰かなら……ただ神の気の向くままに。
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