40発弾倉のリボルバー その7

「え?」 「はぁ?」

 件の岩の場所まで辿り着いた俺達は間抜けな声を上げて驚いた。先程写真で確認した光景とは決定的に違う所がある。具体的にはスマートフォンを大岩に向けて何事かを喋り続ける怪しい男がいたのだ。

 そいつはこちらを振り向くと、同じように驚き声を上げる。


「ええ!? お前ら、どうしてここに!? 俺の後をつけて来たのか!?」

 そこにいたのはサドン崎デス男だった。珍しく動揺しているのか、スマホを落としそうになって慌てている。

「いや……お前こそ何してるんだ?」

 他の場所なら無視する事もできたが、こいつの意識は明らかにこの岩に向いている。素知らぬ顔で用を済ませるのは流石に厳しかった。


「ああ……お前らこの岩知ってるか? なんかさ、神様だっていう噂があんだよな。だから学校行く前にちょっくら祈っとこうかと思ってよ」

 頭が痛くなるのを通り越して、ここまで来ると思わず笑ってしまう。一緒にいる時は何の案も出さなかったのに、離れて行きついた先は同じだとは。


「びっくりしたよ。まさか自分一人でここに来るとはな」

「いや、だってどうせお前ら神とか信じないだろ! 付き合わせるのもなんだし、個人的に祈りに来たんだよ!」

 まあそれはわからないでもないが、それでも友と呼んだ俺達を差し置いて個人的に助かろうとするのはどうかと思う。いや、でもさっき「実は壁を感じていた」とか言ってたっけか? もうこいつ視点の事がよくわからなくなってきた。


 光汰もそんなサドン崎のふわふわ倫理観にさぞささくれ立っているだろう……と思ったが、見るとただただテンション低く落ち込んでいるだけだった。

「やろうとする事がこいつと同じかよ……」

 発想がサドン崎と被った事にショックを受けているらしい。


「なんだ? お前らも祈りに来てたのか?」

「まあそうだ。すごく強い神様がいるって聞いてな」

 こちらだけ聞いてばかりなのも不公平なので、今度の質問には大人しく答える事にする。


「うん? なんだ、ここの神様ってそんなに強いのか? おいおい、こりゃ全員助かるパターン来ちゃったかもしれないぞお前らあ!」

 途中から変に声を張って、わざとらしく良い声を出そうとしている。

 こいつのテンションが高いのは普通だが、いつもとは少し違ったノリが混じっているようにも思えた。


「ほら、これがさっき説明した同じ中学のやつらな! どうもここの神様って相当強力らしいし、ここで祈れば死なずに済むかもな!」

 そう言いながら、こちらにスマホを向けるサドン崎。それを見て、先程から彼が何を喋っているのかをようやく理解する。


「おい配信してんじゃねえ! 俺達を撮るのをやめろ!」

 光汰がスマホを叩き落とそうとするが、サドン崎は素早く腕を引っ込めて避けた。

「ははは、良いだろ別に! 今から怪談がやってくるんだぜ! 予告動画出して注目されれば、他の学校への警鐘にもなるだろ!」

「バズりたいだけだろうが! お前だけなら勝手にしろよ! でも今撮ったものは消せ!」


 必死の光汰に、サドン崎はヘラヘラ笑うのみだ。「わかったわかった」なんて言っているが、実際何かわかってくれたかは怪しいものである。

「一応言っとくけど、そういうの絶対炎上するからな」

「わかってるさ! 今のはちょっとマナー違反だったな! 後で編集できるから大丈夫だぜ!」


 横から釘を刺した事でようやく言質が取れた。保身に目が無いサドン崎なら、後で忘れずにカットしてくれる事だろう。クラスメートの死の予言なんてそれこそ何もしなくてもバズるレベルの内容だ。なんならワイドショーで紹介されかねない。そんな事で無駄な注目を浴びるのは御免だった。


「もういいから、賽銭するなり祈るなりさっさとしちまおうぜ」

 光汰が忌々しげに吐き捨てる。


「え、お前ら賽銭もするのか?」

 サドン崎が不思議そうに聞く。こいつは祈るだけのつもりだったらしい。


「今持ってるのは金くらいだからな」

 俺も本当は食べ物や酒なんかの方が供物として適切だと思っていた。しかし買いに行く時間があるかはわからなかった。


「ふーん……しかしよお、賽銭ったって何処に置くんだ?」

 確かにそこは悩みどころだった。岩の上に硬貨を置いたところで、気付いた誰かが持っていきかねない。草でも被せておけば大丈夫だろうか。


 改めて観察すると、かなり大きな岩だった。全体のシルエットは立方体が丸みががかったような形をしており、天辺は俺の目線よりも少し高い。周りに生えた大きく古い木がそのインパクトを削ぎ落しているが、それでも改めて見れば、誰かが気付いて足を止めそうなくらいの存在感はある。硬貨を上に置いても下に置いても、誰かしらはそれを拾いそうだ。


「あっ」

 急に塔哉が声を上げた。何事かと本人を見ると、彼は岩の前面、やや右側にすっと指をさした。


 そこには穴があった。小さくて細長い長方形の穴。ちょうど日本で最大の通貨である500円玉までが綺麗に入りそうな都合の良い形……というかもうハッキリと言ってしまえば、まさにコイン投入口のような穴が空いていたのだった。


「あそこはどうだ」

「待て待て待て」

「いやこれは流石に……ご利益が……ご利益があるかどうかっていう問題が」

 塔哉の提案に光汰と俺が難色を示す。

 大岩に祀られたとても偉くて強いはずの神様が、どうしても安っぽく格が落ちてしまいそうな不安感がぬぐえない。俺達は強い神が必要なはずだ。俺がこの穴をコイン投入口にしてしまったが最後、その神性を貶めてしまうことになるのではないか?


「しかし、雑に上に置いてもその辺の通行人に盗まれるだけだ」

「確かに……通行人は小銭を持っていく……なのに俺達の命は守ってくれない……」

 小銭一つで命を守ってくれる可能性のある存在なんて神様くらいだ。俺達のこの小銭は絶対に神様に届けなければならない。そうなると結局選択の余地は無く、塔哉の言うことにいちいち頷く事しかできなかった。


「仕方ない、腹を括ろう。この霊験あらたかなる神の世界への扉に価値ある宝を捧げるのだ」

 雑に取り繕う俺にうんうんと頷く一行。皆は無言で学生カバンから財布を取り出し、中身を確認し始める。


「じゃあ俺から行くか」

 財布に入っている硬貨は500円が二つ、100円が二つ、あとは10円以下の硬貨がバラバラとだ。

 俺だけ時間を掛けても悪いので、とりあえず1200円ほど入れる事にする。四枚の硬貨を次々に入れて行くと、岩の内部からカランカランと小気味よい音が響く。中に空洞があるのだろうか。


「なんかほんとよくわからんくなってきたぜ……」

 光汰も硬貨を投入する。俺にならったのか入れたのは500円玉と100円玉だけで、合わせて1600円を入れていた。


 次に塔哉が無言で黙々と入れる。結構小銭を持っていたらしく、500円を6枚で3000円を入れていた。ルーレットに選ばれたとしてもこいつだけは助かるかもしれない。逆になんだか俺だけは助からない気もしてきた。光汰も金額の差に心許なくなったのか、腕を組んで渋い顔をしている。


「なんか俺達のは少ないな。なあ、札も入れた方がいいんじゃねえか?」

 神頼みに消極的だったはずの光汰がそんな提案をしてくる。だが俺はその案に頷かなかった。


「余計なものを入れて詰まったら怒られるぞ」

「確かに……」

 光汰の言うように、心許ないのは確かだ。だが、飽くまでも賽銭は神の意に沿う形で……ルールの範疇で行わなければならない。トイレにはトイレットペーパーを。コイン投入口にはコインを。


「さて、賽銭を済ませたところでいよいよ頼み事だ」

「そうだな……じゃ、祈るか」

 光汰が一歩前に進み出て手を合わせる。俺も塔哉も、同じように手を合わせ始めた。お願い事が始まる。


「神様、今日これから遭遇するであろう怪談の脅威から身を守ってくださ……」

「いやちょっと待て」

 光汰の口上を聞いて、俺はそれを止めた。「なんだよ」と光汰がこちらを振り向く。


「考えてみりゃ、この怪談って一回で終わるのかな」

「どういう事だよ」


「今日誰かが撃ち殺されて、それでクラスメートが39人になったとするだろ。そのあと転校生が来て40人になったら、また同じ怪談が出てくるんじゃないのか?」

「いやそれは……まあ、そういう可能性もあるかもしれんが」


「だから、ここは『高校三年間無事に過ごせますように』とお願いするべきだと思うんだが」

 細かい事かもしれない。だがこういう事が気になっていると他事にも支障をきたしそうで、ついこだわってしまう。


「まあ別にいいけどよ、頼み方なんてなんでも。……ああいや、なんでもって事もないが……ないですが……」

 光汰は岩の方を気にしながら、面倒くさそうに頬を掻く。そろそろ神頼みに対しての自分のスタンスがよくわからなくなってそうだ。


 改めて、手を合わせ、三人で祈りを捧げた。

「高校三年間無事に過ごせますように!」

「高校三年間無事に過ごせますように」

「高校三年間無事に過ごせますように」

 最後の一人が言い終わった後、少しの静寂が訪れた。


 これでやるべき事は終わった。別に祈り終えたからって体の周りが淡く光り出す訳でもないが、なんとなく何かに守られているような気もする。少し安心できたかもしれない。


「ふーん、お前ら三人とも賽銭すんだなあ」

 俺達が祈っている間、ずっと大人しかったサドン崎は、どうもスマホをいじっているようだった。ちらっと見えた画面から察するに、動画をカット編集しているのだろう。


「よっし、俺もいっちょ賽銭やっとくか! ついでに配信も再開するぜ! ほら、映りたくなきゃ後ろに行きな!」

 光汰が迷惑そうにサドン崎の後ろへと足早に移動する。俺も塔哉もそれに続いた。


「へへへ、金なんて配信がバズればお釣りが来るってもんだぜ~。 ……って、収益化審査なんて通ってないんだけどな! ははは!」

 世知辛い凡人ジョークを飛ばしながら、サドン崎がスマホを持ってない方の手で硬貨を投入していく。ひそかに俺以下の金額を期待していたのだが、入れたのは500円玉が三枚で1500円だ。変な焦燥感が再燃していく。



「しかしお前ら、頼み方に芸が無いよな! 三年間守ってくださいだって? どうせそういう事頼むなら、こうだろ!」

 サドン崎はスマホを地面に刺して固定し、両手を勢いよく合わせた。


「怪談に負けないようなすげー霊能力を俺にください! 凄く強いと言われたあなた様の力の片鱗を俺にも分けてください! どうか! どうかなにとぞ! 最強無敵の存在になりたい! どうかしてくれーー!」

 腕に力をこめてぶるぶると上半身を震わせ、力いっぱい声を張り上げて頼み込む。顔はやや赤く染まり、はた目からもわかるくらいの力み様だ。

 

「ふう……。おし、これで完璧だぜ! さあ俺が無事に怪談を防ぐ事ができるのか、乞うご期待! じゃあチャンネル登録よろしく~!」

 拾い上げたスマホで自撮り風に大岩をバックに顔を映し、サドン崎は配信を停止した。

「お前、主人公にでもなる気か?」

 渋い顔の光汰がツッコミを入れるが、サドン崎は気にせず上機嫌だ。


「こういうのはブレーキ掛けちゃいかんのよ! まあ流石に最強無敵までは無理かもしれないけどさ、ある程度の能力とかはもしかしたら身に付けられるかもだろ!」

「流石に都合が良すぎるだろ」

 サドン崎の異様なポジティブさに対して、光汰は当然同意しない。


 確かに、あんな都合の良い願いが叶えられる訳がない……とは思うが、じゃあ俺達の願いはどうだろう。祈っただけで最強になるのが有り得なくて、神様が怪談から守ってくれるのはあり得る、なんてのは、それこそダブルスタンダードと言う他無いのではないか。

 神という希望の光が差し込んだと思った途端に、変な反面教師として舞い戻ってくるサドン崎デス男。どこまでも水を差すやつだ。逆に感心してしまうくらいに。


「俺が目覚める新たなる能力……果たしてその実態は!? ってな!」

 俺の気持ちも知らずにサドン崎は楽しそうにはしゃいでいる。

「……あいつ、本当に最強になって無双しだしたりしねえだろうな」

 光汰に至ってはよくわからない不安を抱え出している。心配するのが自分の願いについてじゃないあたり、少し冷静になってほしい所だが。


「もしかして、俺も同じ願いに変えた方が……いや、待て待て……落ち着け……」

「本当に落ち着けよ。あいつが言うような最強無敵の存在なんてこの世で見た事あるのか?」

 神に祈るのなんて世界中の誰もがやっているが、それで人の枠を越えられたという話は聞いた事がないし、有り得ない。


「いや、もちろんそれは解る……解るんだが……だからこそ逆にっていうか……」

 これ以上何か言うのもアレなので、そこは好きにしてもらおう。

 とにかく俺達は最低限の助かるための道筋を整えた。仮に俺達の元に向かう弾丸が空中で弾かれたとしても、それが唐突ではなく何の加護かを説明付けられる。それが前準備ができているという事だ。不可視の悪意と戦うための前準備なのだ。


 気付けば、公園に制服姿の通行人が増え始めていた。誰もかれもピカピカの制服に身を包んでおり、そしてその内の何割かは新生活への不安ではない何かに表情を陰らせていた。


 そろそろ入学式の時間も近い。

 怪談wikiには、いつにロシアンルーレットが始まるなんて書かれていなかった。だが、それでも……時が迫ってきている。春に似合わない空気の冷たさを肌に受け、俺はそう感じていた。








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