40発弾倉のリボルバー その5
「はい、今から銃持ったおっかない顔した怪談が襲ってくる。よーいスタート!」
光汰の宣言と共に、公園内に見えない恐ろしい存在(弾が出ないやつ)が現れた。狙われているのは俺だ。対処しなければならない。
「うおおお! できるだけ頭の位置を固定しないように首を振り続ける!」
俺は身体のバネをフルに使い、上半身をむちゃくちゃに動かした。慣れない動きに三半規管が爆発しそうだ。だが俺は怪談に立ち向かわなければいけない。
「バーン」
木の後ろに隠れていた塔哉が顔を出し、指先をこちらに向ける。
「うわああああ! その角度は駄目だ! 死んだ!」
頭を打ちぬかれた事を素直に認め、俺は死んだ。倒れ伏した体を芝生がやさしく受け止めてくれる。この草も土も匂いも感触も、みな心地良い。本当に死んだ時はこれは味わえないだろうなと思う。
「おい、死んでんじゃねえよ。いざ怪談に銃で撃たれるって状況でどうすればいいかシミュレートするためにやってんだろ。なんかわかったか?」
芝生に後ろ髪を引かれつつも、すぐに起き上がり土を払う。
「わかった。見えない銃で狙われても何処に逃げればいいかわからん」
「そりゃそうだろうな」
「だから自然とこういう動きになる」
俺は無軌道かつ不規則に頭を振るう動きをした。地味に下半身も使って立ち位置をずらし続けるので、すぐに汗をかきそうになる。
「だが、この動きは負担が大きすぎる。おそらく40秒が限度だろう」
「40秒か……半端だな」
いくら死なないようにと必死でも、この全身運動をどれだけの間維持できるだろうか。相手が1人1秒でテンポ良く撃ってくれるのならば体力も持つかもしれないが、恐怖を煽る勿体ぶったムーブをされたら終わりだろう。怪談なんていかにもそういう事をしそうである。
「もっとコスト安い動きは無いのか? なんか……無駄が多いっつーか……」
「そうは言ってもな。不規則というのは決まった動きが無いという事だ。全力で場当たり的に頭を動かそうとしたら誰でも絶対にこうなるんだ、確実に」
「うーん……」
俺も光汰も頭を押さえる。光汰はアイデアを考え出すために。俺は乗り物酔いによく似た症状に耐えるために。
「……え、なにこれ」
一連の流れを見ていたサドン崎が呆然と呟く。
「怪談に対処するための作戦会議だ」
頭を抱える二人の代わりに、そばで見ていた塔哉が分かり切った説明をしてくれる。
「お前ら……ふざけてんのか? 俺達が今から戦うのは怪談なんだよな!? 銃もったチンピラじゃないんだよな!? こんなんが通用するとほんとに思ってんのか!?」
サドン崎の言う事は至極もっともだった。なんなら今日一番正しそうに聞こえた発言だったかもしれない。
「怪談の事なんてなんにもわからん」
カバンから水筒を取り出しながら、俺は答えた。
「確かに怪談は常識が通用しなさそうなイメージがある。物理的に避けようとしても無駄なイメージがある。だが、本当にそうかは俺達にはわからん」
手の中のカバンの固さを確かめる。流石に盾にはならなそうだ。
「実際俺もこんな訳のわからん踊り、通用しないだろって思ってる。だが俺が思っているかどうかなんて怪談には関係が無いからな」
「まあ……そうかもだけどさあ……」
サドン崎はまだ納得できていない様子でぶつぶつとぼやいている。
「まあ、実際本当に物理的な手段で防げるなら、トイレに籠って鍵を掛けるのが一番だな」
「壁越しに撃ってくるかもしれねーがな」
「そこでさっきの動きだ」
そう言って光汰にまた実演しようとしたが、2秒できつくなって止めた。
「一日一回が限度だな……」
「使い切ってんじゃねーか」
こういうのは大体一回目が一番上手くいく。本番前の練習も場合によっては考え物だ。俺は回復のためにまた仰向けになった。
「もっと体力使わないやつが欲しいぜ。運動不足の俺達でもできそうなやつが良い」
確かに銃弾を体力で避けるのは体育会系でないときつい。俺達には、もっと身の丈にあった生き残り方があるのではないだろうか。
「学校から離れれば不参加になったりしないかな。遠くまで逃げるとかさ」
「遠く……距離ねえ……」
俺のアイデアに光汰は難色を示した。
言いたい事はわかる。1-Cにしか聞こえない銃声は距離に関係無く響いていた。
「お前ら、そんな逃げるとか避けるとか、泥臭いやり方はもういい! 他に考えようぜ! 怪談を上手い事出し抜く、あっと驚くような方法をよお!」
サドン崎がでかい声を出し、停滞した会議に一石を投じたような顔をする。そういえばこいつは中学の行事なんかでも、いつも何かをやっているような素振りだけをひたすら繰り返していたな。
「あるぞ。アイデアだけなら」
俺は首だけを動かして、サドン崎を見る。予想していた返事とは違ったのか、サドン崎は少し驚いた顔をする。
「この怪談には現れるための条件がある。クラスの人数が40人である事だ」
「おう……そうだな。それで?」
「だからクラスの人数を先んじて39人にすればいい」
「……どうやって?」
恐る恐ると言った様子のサドン崎。
「そこでサドン崎……お前の力が必要だ」
サドン崎が息を呑む。
「マジで? 何しろってんだ?」
「まずお前は今から学校に行け。そして校舎に入り、屋上まで登るんだ」
「お、おう……」
「そして頭を下にして勢いよく飛び降りろ。すると不思議な事にクラスの人数は39人になる。クラスメートは助かり、紛れもなくハッピーエンドだ」
「俺が死んだだけじゃねーか! 誰がやんだよそんな事!」
真面目に聞いて損したぜと、サドン崎が呆れたジェスチャーを取る。
「まあ、極端な話だが……先んじて生徒の誰かを殺害して39人にすれば怪談自体が無かったことになる可能性はある」
塔哉が付け加える。サドン崎が少し引いている。
「それで懲役15年か? 期待値で損してるな」
光汰はそうやって皮肉気に笑った。
「ま、死ななくても構わねーんだ。誰かの入学が無かった事になればいい。俺達クラスメートのために進んで不祥事を起こしてくれる、そんな心優しい誰かが見つかれば万事解決さ」
そこまで言って「ま、そんな奴はいねーがな!」と締め括る
「確かにいない。そんな人間は」
光汰が冗談めかした態度で言ったのを、俺は特に笑わなかった。期待値で損してる。その通りだ。
「他の誰かじゃなくてもいい。俺達が……いや、俺自身が入学取り消しとなれば、同じ事。怪談から逃げられる可能性はある」
俺は身を起こした。芝の欠片が少し落ちた。
「……本当のほんとに死んでしまうって時は、きっとなりふりなんて構っていられない。それこそできるだけスピーディーに入学取り消しになるために、万引きしてSNSにアップするくらいの事はやるかもしれない。なんならそれを更に学校で触れ回ったり、やれる事は何でもするだろう」
今のご時世、ネットで炎上すれば入学は確実に無くなる。間に合うかは不明だが、それ自体は簡単だ。
「だけど、40人に1人と思うと……どうしても手が止まる。」
聞いている光汰の顔に既に笑みは無く、面白くなさそうに頭を掻く。
実際40人に1人というのは微妙な数字だった。目の前の死から逃げずに前を見据えた事で、かえってそれが実感できる。
待ち受けるのが死だというのならば、40人に1人というのは決して無視できる数字ではない。だが、それでも……たとえ何もしていなくても、生き残る確率の方がずっと高い。
俺達は万全を期してバットを持ちだして通行人を襲うべきだろうか。それで本当に入学が取り消されるかもわからない。ターゲットから外れられるかもわからない。だけど傷跡は確実に残る。
生きる事は必要だ。だが、生き続ける事も俺達には必要だった。
「40分の1……そっか、40分の1なんだよな。死ぬのはたった40分の1か……。考えてみりゃ、かなり……確率低いんだよな……」
サドン崎がぶつぶつと言い始める。顔に生気が戻っているようにも見えた。
「お前にとって、40人に1人死ぬってのは40分の1って事になるのか?」
特に興味も無いが、聞いてみる。
「ん? そりゃそうだろ」
言い切るサドン崎に、思わず笑ってしまう。そこで40分の4という発想が嘘でも出てこないのか。もちろん俺だって自分が第一で最優先なのは変わらないが、お前のスタンスでそれは駄目だろう。
「あっ」
今更何かに気付いたのか、サドン崎がこちらを見て声を上げる。そして咳ばらいを一つしたかと思うと、真面目くさった顔で口を開いた。
「俺みたいな男はさ、根本的には一匹オオカミみたいなもんだよ。たくさんの友達とつるんでても、どこかほんとの自分を出してない、他人の懐に入っていけないようなところがある。お前らに対してだって、壁を感じて遠慮しちゃうようなとこ……あったからな……」
急に初めて聞く見た事のないタイプの人物像を語りだしてきた。
「だけどな、お前らは違うんだろ? わかってるさ。お前らはきっと特別な三人同士で、お互いにしか気を許せないようなところがあって、他の人間が入り込む隙なんて無いんだ。これからもずっと親友同士でって、そう思ってるんだろ?」
別に思ってない。光汰も「別に思ってねーよ」と言っている。
「だからこそさ……今しか言えないかもしれない事、ここで言っときなよ。だってさ、もう最後かもしれないじゃねえか……。三人の誰かがよ……死ぬかもしれないんだぜ……」
「お前が死ね」
「俺はもう学校まで一人で行くけどよ! 悔いの無いようにしろよな! もしもの時は落ち着く時間も欲しいだろうし、お前らの事はそっとしとくぜ! じゃあな!」
そう言ってサドン崎は走り去っていった。
「なんだあいつ、ふざけやがって」
光汰が今日一番不快そうに地面を踏みつける。
「サドン崎は俺達の誰かが死ぬと確信しているようにも見えた。何かに気付いたのか? 今からでも追いかけて口を割らせるべきじゃないか?」
塔哉が今にも走りだしそうな様子だ。なんだかんだ、サドン崎の事が一番眼中に無いのはこいつだろうなと思う。
「別に何か特別な事に気付いた訳じゃないさ。多分準備だなあれは」
「準備?」
塔哉が聞き返す。
「俺達が死んだ時に、わざわざお悔やみ申し上げたり友として悲しんだりしなくていいような準備」
サドン崎の行動理由は一行で簡潔に説明できた。
そりゃ万が一、目の前の仲良し三人組の一人が死ぬとしたら、そんな現場に居合わせたくは無い。居合わせて声を掛けるような事態にはなりたくない。だから今日のこれまでの友達のような態度を大急ぎて無かった事にしようとしてきた。
やつは気付いた。これから死ぬ人間のそばにいるのは面倒だと。
どうせ40分の1はそうそう当たらない。友達の補給は、事が終わってからゆっくりとで構わない。もう死なないと解った人間の中からが良い。やつはそう判断した。それだけだ。
「俺はあいつの気持ちはわかるよ。そりゃよく知らないやつの死を悼むのなんてめんどくさいもんな」
だからこそ本当は名ばかりの友達なんて作りたくもない。そして学校という場所はそれを許してくれない。
学校生活において友達がいるのは前提の前提だ。だからサドン崎みたいな存在が生まれるのかもしれない。
やつは本当は友達なんて欲しいとも思っていない。だが友達がいないと馬鹿を見るという事を、あいつは知っている。
サドン崎はふざけたやつだが、本質的には何もふざけてなどいない。あいつはただただ要領が良くて、生きるのが得意なだけだ。
俺達はそうしろと要求され続けてきた。あいつは応えた。それだけだ。
正しさで言えば、きっとあいつは正しいのだろう。
そして何かが間違っているとすれば、それはきっともっと大きな何かに違いない。
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