40発弾倉のリボルバー その4

 樽宮公園はこの樽宮市に建てられた、広い都市公園だ。朝は近くの高校に通う学生が通学路として横切るし、ウォーキングをする地域住民もちらほら見かける。


「少し質問よろしいでしょうか」

 俺は目の前を歩いていた二人の人物に声を掛けた。初老の男女……おそらく夫婦であろう二人がこちらを振り返る。


「はい? なんでしょうか」

 初老の男女のうち、女性の方が返事を返す。少し不思議そうな様子なのは、制服姿の俺がこの時間に通学とは関係なさそうなエリアにいるからだろうか。この時間の公園を学生が歩くのは、ただ学校に行きたいからというのが相場だ。


「さっき何かがしませんでしたか?」

 目の前の夫婦は目をぱちくりとさせた。何を聞かれたのか理解できていない様子だ。道でも聞かれると思っていたのだろうか、夫の方はスマホを取り出し掛けていた。


「いやあ……聞いてないですねえ。ねえ?」

「俺も覚えが無いな。変な音ってなんだい」

 これに聞いたと帰ってくれば楽だったが、もちろんそんな事は期待していない。そういう段はとうに過ぎ、今は実態を確認しにきているだけなのだから。


「そうでしたか。さっき変な音を聞いた気がしたんですが……でも、気のせいだったみたいです」

 あの爆音が気のせいで聞こえるはずがないが、そこを疑問に思われるような聞き方はしていない。とにかく二人分も確認が取れれば十分だ。


 と、そこで見計らったかのようにスマートフォンがアラームを鳴らした。これは15分で鳴るように三人同時に設定したものだ。

「あら、何かしら。もしかして音ってそれの事?」

「いえ、これはアラームです。学校に遅れるといけないので……それでは、失礼します」


 俺は踵を返し、学校とは微妙に違う方向へと駆け始めた。

 声を掛けられた二人は何だったのかとしばらくこちらを見ていたようだが、今の俺には後ろに置き去りにした他人よりも大事な用があった。




 円状に配置された花壇の中心に立つ、何かよくわからない10歳くらいの子供の銅像。昼以降は待ち合わせの場所として重宝されているらしいが、この時間には流石に人気が無い。


 そこには既に塔哉と光汰がいた。歩き回って疲れたのか、光汰はカバンを下ろして水筒のお茶を飲んでいる。


「もう集まってたか。どうだった、結果は」

 手を振って声を掛けると、二人はこちらに気付き振り向く。光汰も同じようにひらひらと手を振った。


「思った通りだったぜ。お前もだろう」

「ああ」

 予想通りの結果だった事を示唆する光汰の返事。このやり取りだけでもう十分かもしれないが、一応最低限の報告はし合う必要があるだろう。



「公園内で20人ほどに対して質問をしてきた。好き嫌いせずに、見かけた人間全てにな」

 先程の夫婦でちょうど20人。何の質問かというのは言うまでもない。破裂音についてのアンケートだ。


「その内のほとんどは何の事だかわからないって反応だったが……二人ほど食いついて『聞いた』と答えてきた」

 光汰だけ少し笑う。相手の反応に覚えがあるのだろう。


「もちろんそいつらは樽宮の制服を着ていて……聞くと、クラスは1年のC組だった」

 新入生のクラス分けは事前に郵送されたしおりに載っており、本人達も把握している。1年C組は俺達が配属されるクラスだ。


「学校も同じだった」

 俺の言う事に特に驚いた様子も無く、塔哉が次の報告をする。

「学校には既に少しの新入生が集まっていて、その中に1-Cの生徒は3人だ。俺が質問するまでもなく、彼らの中で既に破裂音は話題となっていた。『1-Cの生徒にしか聞こえない、謎の大きな音の正体は?』と」


「へえ……話題にね」

 俺達以外にもそこを知られていたのは、どう思うべきだろう。この怪談は、果たして限られた39のパイ生還を奪い合うようなものなのかどうか。


「三人も集まっときながら、誰も怪談wikiを知らないとはなっちゃいねえな」

 光汰が茶化す。

「さて、地下鉄での聞き込みについてだが……結果はお前らとだ」

 ここで初めて場の空気が少し変わる。俺達二人、特に塔哉が光汰の顔を真っすぐに伺う。


「つまり、1-Cの生徒が破裂音を聞いていた?」

「ああ」

?」

 塔哉の問いに、光汰はニヤリと頷いた。


「そうだぜ。電車を降りて、これから公園を通って学校まで向かいますって奴らが、俺達と同じ時刻に破裂音を聞いている。やつら、その時何処にいたと思う? 人がいっぱいのガタゴト揺れる電車の中だとよ」

 塔哉は銅像の台座に背を預け、腕を組んで思考に耽りだした。もはや怪談の存在を疑うのは難しい。いよいよ全員が頭を日常から切り替え、事態を真剣に考え始めているようだ。



「いやいや、そんな訳ねーだろ! 流石に電車の中には聞こえねーよ! 超常現象かよ!」

 サドン崎が急に台座の裏から現れ、勢いよくイチャモンを付ける。だからさっきから超常現象として捜査しているのだが。


「なあお前光汰よお、どんなトリック使ったんだ? さっきのwikiページの履歴見たけどよお、最終更新が5年前なんだわ。初版なんて10年前だし、内容もほとんど変わらねえ。お前があの音を用意するのも無理そうだけど、このページを書いたとしたら5歳の頃になる。もう意味わかんねえよ。ドッキリじゃないのかよ」

 こいつはこいつで自分なりの検証をしていたらしい。考え方は解らないでもないが、光汰はそんなしょうもないドッキリを企画して心躍らせるタイプじゃない。


「そもそもお前ら、やり取りもそこそこに急に三手にわかれてんじゃねーよ! 誰かについていくか一人で学校に行くか迷うじゃねーか! そんなに怪談が大事かお前ら!」

 急に現れたと思えば相変わらず知った事でもない事をわめく。もしかしてずっと台座の陰に隠れて待っていたのか。


「一人で学校に行けば良いだろうが。言っとくがこれからずっと怪談の話しかしねーぞ」

 光汰にもっともな事を言われるが、サドン崎は当たり前のように無視して大仰に溜息をつく。

「大体、尚人だけじゃなくて塔哉まで怪談話に乗っちまうとはなあ。あれを信じるか普通?」


「信じた訳じゃない。信じるかどうかをその場で決めなくてもよかっただけだ」

 塔哉は腕を組んだまま答える。

 この怪談の良い所は、調べれば調べるほどに信憑性が高まるという事だ。同じクラスに来るというだけの40人がこぞって同じ音を耳にしていたとあれば、いよいよ透明な銃弾に狙われているのを実感せざるを得ない。


「なんだあ? つまり、信じてもいないのに真面目に聞き込みに行ったって事か?」

「別に考えている事が一緒じゃなくても共に動く事はできるからな」

 そう言い、塔哉は背後の桜に預けていた身を起こした。


「だけど、ここからはもう怪談を信じない人間は邪魔だ。邪魔をされればされるだけ俺達の命は欠けていく。お前が俺達の周りで野次を飛ばし続けるなら、俺は怪談と同じくらいお前をどうにかする事を考えなければならない」

 学生カバンを木の根元に置き、塔哉は告げた。まっすぐに立った塔哉は俺や光汰よりも少し背が高い。


 するとサドン崎は急にいつもの調子を引っ込めて、わざとらしいくらいの神妙な顔を作り出した。

「……やっぱりさあ、怪談ってほんとにあんのかなあ」

「は?」

 唐突な手のひら返しに、光汰が思わずと言った様子で反応する。


「俺だって本当はさ、ずっと考えてたんだよ。こんなの普通じゃないってさ。でも俺が怪談なんて無いって言い続ければいつもの日常に戻れる気がしてよ……お前らとくだらない話で盛り上がったりする日常にさ……」

 なんだか急に良い話みたいに語りだしたが、別に良い話でもないし、その日常に心当たりも無い。サドン崎がただ怪談から逃げて現実に逃避していただけの話である。


「俺もお前らが駆けまわってる時に何もしてなかった訳じゃないんだ。一人でずっと葛藤してたんだよ」

「それは何もしてないのでは?」

「そして気付いたんだ! やっぱり俺もお前らに協力すべきだって! ここでお前らを無碍にして学校に行ったら絶対に後悔する! もう会えないかもしれないじゃねえか! だったら、俺も一緒に行って、確実に生き残る方法を探すべきだぜ!」


「……おい、こいつ俺達の成果にタダ乗りする気だぞ」

 光汰が小声でこちらに囁く。

 この局面でいよいよサドン崎と離れられるかと思ってていた矢先にこれだ。不幸中の幸いとすらならない現実を突きつけられ、光汰はこれ以上何か言う気力も無さそうだった。


「へへ、まあだからよ……俺も協力してやるって事さ! これでいつも通りだな! な!」

「確かに……」

 相手の気持ちも考えず、ただ自分の都合だけで仲間に入ろうとする。思わず頷いてしまう程にいつも通りのサドン崎デス男だった。


「もういい、サドン崎をどうにかしている時間も惜しい。よっぽど邪魔になった時にはまた考えよう」

 塔哉が保留を提案した。これまでの経験則もあり、俺も光汰も異論を差し挟む事は無かった。サドン崎の対処で膨大な時間をとられる事だけは避けなければならない。怪奇にどれだけ首をつっこんでいようが、俺達の足は依然として常識の世界に立っており、依然としてサドン崎には何もできないのだ。


「とにかく……これでスタートラインだ」

 仕切り直しの意味も込めて、宣言した。

 俺達は怪談を防ぐ。

 クラスの誰か一人が死んでもいいが、それが俺達であってはならない。

 そして、その一人がサドン崎であれば特に良い。








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