40発弾倉のリボルバー その3
光汰が口にした「この中の誰かが死ぬ」という言葉。
今までふわふわと掴みどころの無かった不定形の不安感にはよく見ると無数の顔があり、その全ての目は一つの具体的な結末へと向けられていた。
俺達は死ぬかもしれない。それももしかしたら、まともではない死に方で。
「とにかくまずは具体的な話を聞きたい。死ぬとはどういう事だ」
手始めの質問。塔哉は光汰の話に特別に心動かされた様子は無く、サドン崎は有り得ないと去勢を張った。ならば話の続きを促すのは俺だろう。
「それは……」
と、光汰が答えようとしたところに突然の大声が割って入った。
「待て待て、俺達ってのはお前たち三人の事か!? それとも俺も含めた四人って事なのか!?」
その場の流れに配慮しないサドン崎の質問。それは場違いだし身勝手の極みのような質問だったが、それでいて奇しくも俺が気になっていた事でもあった。できればその答えは四人であるといい。俺は一致団結して一つの方向に向かいたい。
光汰は何か口を開こうとしたが、少し逡巡してそれを飲み込んだ。サドン崎の知りたい事を答えるのがよっぽど嫌だったのだろう、素知らぬ顔でこちらに向き直り一から説明をし始める。
「整理してみたら、わかった。俺はこの現象について聞いたことがある。原因がわかるんだ」
言いながら、スマホを操作している。この状況とその現象とやらを照らし合わせているのだろう。つまりそれはインターネットに載っている。
「その原因ってのは何だ」
またサドン崎が口を挟まない内に、改めて俺が声を発した。問いかけに呼応するようにページをスクロールする手が止まり、画面を見つめて数秒。それからこちらの方に真っすぐと向き直し、光汰はその答えを返した。
「『40発弾倉のリボルバー』」
40発弾倉のリボルバー……知らない言葉だ。
「聞いたことが無いな」
塔哉も当然のように、それに関する知識を持ちえない。光汰だけが知っているというのなら、ネットの端っこの与太話のようなものなのだろうか。
ただ……聞いた事は無いが、リボルバーというのは拳銃だったはず。あのおっかない破裂音が銃声なのだと言われれば納得はいく。何処ぞで作られた謎の銃の噂がネットに漏れ出している、といった所だろうか。
「つまり、俺達は狙われているって事か……その銃で」
この一言で大体の事態を説明できていると思った。きっと光汰は俺に対して頷きを返し、詳細を話し始めるだろう。聞く側の理解は早く円滑な方が良い。
「怪談だ」
「え?」
唐突に放り込まれた場違いなワードに、脳が一瞬停止する。
かいだん……階段じゃない。会談……解団……。 いや、まさか……怪談?
「銃じゃなくて、怪談?」
「ああ」
「……40発弾倉のリボルバーが?」
光汰はにやりと口の端を上げ、ようやく頷いた。
「おかしい事を言い始めたと思ってもいいぜ。俺はこの超常現象についての話をオカルトの領域にまで持っていくつもりだからな」
光汰は自虐的に笑いながら、スマートフォンをこちらに向けた。その画面には工夫の無いフォントで一言、怪談wikiと書かれていた。
俺は何を言うべきなのかを見つけられないでいた。塔哉も当然の権利のように静観している。
「おいおい……お前、そりゃいくらなんでも……」
サドン崎が少し気の抜けた顔で反応した。死ぬと脅かされてその気になっていた矢先の怪談wikiだ。そこで素直に恐怖が加速するほど、高校生というのはピュアではない。
「お前ら、さっきの39発ってのが何の数字かわかるか」
サドン崎の言葉を歯牙にもかけず、光汰は続きを話し出した。
「40発の弾が入るリボルバーがあったとして、ちょうど一発だけ残るように撃ち尽くしたなら、銃声が39発だ」
突拍子の無さにずっと混乱していながらも、ここで俺の頭は急速に像を結び始めた。空になった39の弾薬穴。
「そして40というのは……俺達が配属されるクラスの人数なんだよ」
残った1発の銃弾……つまり……。
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学校のクラスの人数がちょうど40人である事を条件に発生する怪談。
入学式等、クラスの構成人数が変動する日に稀に起こる。
早朝から放課後までに多く発生し、体験者いわく『耳を覆いたくなるほどの大音量』で無数の銃声が鳴り響く。その数はおそらく39発だと推測されている。
この銃声は、ターゲットになったクラスを構成する40人の生徒にだけ聞こえ、無関係な人物(学校関係者含む)は、たとえ隣に立っていたとしても音を感知する事ができない。
この銃声はクラス全員参加のロシアンルーレットの前準備である。
39発の銃声が鳴ってしばらくの後、本番のロシアンルーレットが始まる。クラスメート達は順不同で一人ずつ、頭のすぐそばでカチリと撃鉄が落ちる音を聞く。
それは一発の銃声が鳴り響くまで続く。
クラスメートは39人になる。
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「……。」
俺も塔哉もサドン崎も、wikiのURLを各自のスマホで開き、その内容を黙々と読み進めた。塔哉が小さく一つ息を吐いてスマホをポケットにしまったのが最初、その数秒後に俺が読み終わったのが二番目だ。
「共通の集団……か。」
サドン崎が今日俺達に絡んできたのは単に他に同じ中学の出身がいなかったからだが……他に理由がもう一つあるとすれば、それは高校で同じクラスに配属される事になったという点だ。
「……いやいや冗談きついだろ! ロシアンルーレット? こんな胡散臭い文章まで書かれてるとか、馬鹿げてるぜ!」
サドン崎が非常に常識的な意見を喚き散らしたのが三番目だった。
当然、勝手に検索して読み始めただけのこの男が何を言おうと、光汰は答えない。待っているのは俺達の反応だろう。
沈黙に痺れを切らしたのか、サドン崎はこちら側に振り向いた。流石に今回は自分に同意してくれるだろうと目算を立てているのか、呆れと困惑をないまぜにしたへらへらとした笑みを浮かべている。
俺はサドン崎の何かを期待するような視線を横目で少し確認し、だが同意の返事は返さずにまたスマホを見返して思考の海に潜った。今、こいつがサドン崎でなければ同意しただろうか。例えば十年来の幼馴染の親友だったならば。
俺もいつもならばサドン崎のような反応だったかもしれない。そんなのはありえないなんて言いながら光汰を軽く諭していたとしても、
だが、同時に俺は……それならば納得が行くとも思っていた。あの異様な轟音、そして後の静寂にこびりついた不可解。それを説明付ける言葉なんて『怪談』くらいしか有り得ない。集団ヒステリーよりも超常現象よりも酷くぴったりと思考の空白に当て嵌まり、それはもはや容易には外れてくれない。俺の脳がそれを掴んで離さない。離すなと言っている。
断言しても良い。今この場において、これ以上に説得力のある説は無い。公園内の爆音から始まった、何一つ筋の通らない異様な空気が、常識的意見よりも荒唐無稽な怪談の方に説得力を持たせ始めたのだ。
「そろそろ答えを聞いてもいいか」
痺れを切らすでもなく、苛立ちを混ぜるでもなく、真剣な顔の光汰は落ち着いた調子で尋ねてきた。
聞いている。共に進むのか。逃げるのか。
馬鹿馬鹿しく非現実的な与太話を笑い飛ばし、世の数十億人が担保する常識の安全性を信じて日常へと帰るのか。
それとも……
「……随分と寒いな」
雲に覆われた薄暗い公園の中、ずっと肌寒さを感じている。本当ならスマートフォンを持つ手はポケットに入れていても良かった。風の吹き抜ける公園ではなく、学校の屋内に避難していても良かった。
「当たり前か。俺達は今、怪談の只中にいるのだから」
俺は少し芝居がかった調子であたりを見渡し、そう答えた。
光汰が満足げにニヤリと笑う。サドン崎は唖然と口を開けた。塔哉はただじっと俺を見ている。
4月5日……樽宮高校入学式の当日。俺は自らの命を宿すその意識を常識ではなく怪談の中に置いた。
それは木々の合間からこちらを見ている無数の視線に気付くように。
目を向けていない時の世界が虚無の黒で覆われているのを知るように。
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