40発弾倉のリボルバー その2
「じゃあ入学式行くかあ」
「そうじゃねえだろ」
光汰が思わずツッコミを入れてしまうくらいにはサドン崎の一言は場違いだった。だがいずれにせよ、冷えて固まった空気はその一言によって動き出した。
「いやいや……だって、他にやる事も無いだろ。そりゃ時間はまだ大分早いけどさ」
「そうだった、すまん。俺達とお前は特に関係無いんだった。さっさと入学式に行くと良いぜ」
思わずとは言えサドン崎に話し掛けてしまったのは当人にとっては割と本気で不覚らしい。不本意そうに、二言目には会話を切り上げた。
「さっきの音は何だ? 何故あれだけ大きな音が俺達にしか聞こえていなかった?」
塔哉が謎の根幹に切り込んでくる。さっき話し掛けてきたおじさんや周りの通行人は、何故かあの破裂音を聞いていないようだった。
「不思議だったな。不思議だし、なんか怖かった」
恐怖を表明した俺の事を、誰も笑いはしなかった。鼓膜に加えられた圧力の異様さは、まだ生々しく残っている。あれを怖くないと言い張れば、またいつか同じ音を聞くはめになるだろうか。
「超局所的大地震でも起こればあんな音がすんのか? 俺達には一つも怪我なんて無いのに、ふざけてるよな」
そこだ。光汰の指摘通り、あの音の奔流の中にいながら、自身の身体は全くの健在なのだ。そこの感覚的なギャップ、違和感がいつまでも消えてくれないでいる。このままで終わるなんてあまりにも不自然だと、この世に立って生きる一人の人間としてのバランス感覚が告げている。
「さっきから何か理屈がつけられねえかって考えてんだけどよ……そういう次元の話とも思えねえ」
不安を誤魔化すためか考えがまとまらないからか、光汰はしきりに靴のつまさきで土を叩いている。開け放たれた公園で耳を塞ぎたくなるくらいのバカでかい音が鳴って、それが俺達にしか聞こえない理屈だ。いくら地面を踏みつけたところで高校生に見つけ出せるものとも思えない。
「音に指向性があったとか」
叩き台とばかりに適当な解を提示してみる。今ある知識で真相に辿り着けるとは思えないが、詰めるだけ詰めてみたい。
「四方八方から聞こえてんのに指向性もクソもなあ」
まあそうだ。あんなにめちゃくちゃに鳴りまくった音が指向性だとか位置関係だとかで他に聞こえないとは考え難い。やはりそういう次元の話では無いとしか言えない。
そして叩き台を設置した次の瞬間には、当然のようにサドン崎の横槍が台上をひっかきまわしに来る。
「確かにあの音、謎だったよな! でもそんな事もあるんじゃねえか? 音って案外簡単に遮られたりするしさあ。いいからもう高校まで行っちゃおうぜ」
あれこれ考えている俺達とは逆に、サドン崎はこの件に関しては特に考えたくもない様子だ。仮に遮られたで説明が付くとしても、そもそも音の発生源が見当たらないだとか不可解な点はいくらでもあるのだが、それらを丸ごと無視して話を終わらせようとしてくる。
「まあ、俺も正直言えば超常現象なんじゃないかって思ってるぜ! あれは普通じゃなかった! だけど撮影してなかったからSNSにアップもできねえんだ! 話の種にしかならねえなあ……惜しいなあ~」
呑気な発言だが、実際SNSで拡散できれば現象の正体がわかったかもしれない。残念ながらスマホを使うための両手はその時、耳を押さえていたが。
「なあ、お前ら一人くらい撮影してないか? 動画あったら送ってくれよ! あ、ついでにラインも交換すっか!」
「リツイートでもしてろ」
強引なサドン崎を光汰がばっさり切り捨てるいつものパターンが復活しつつある。見当のつかない謎を残しながら、まだのどかだった早朝と同じ光景を見せつけられると、俺達が停滞しているという事を実感する。
とにかく知り得る限りの音響の知識では説明が付けられないし、かといって音の専門家だったら答えが解るとも思えない。となると……。
「集団ヒステリーかな」
超常現象の次くらいに便利なワードである。
目の前の有り得ない出来事を、世界ではなく自分がおかしいのだと思う謙虚さで解決するのはいいアイデアだ。自分一人で足りないのなら、ついでに主語をでかくしてみてもいい。とにかく不可解な点は全部幻覚にしてしまえば片が付く。
「集団ねえ……」
光汰がいかにも嫌そうな顔をする。
「まず俺達だけを取ってみても破裂音の幻覚を共有するような体験に覚えが無い訳だし……その上に、こいつだ」
後ろのサドン崎を親指で指す。
「三人ならともかく……四人というなら、この場のこれは何の集団でもないぜ」
やや私情が混じっているが、それなりに説得力はあった。あえて強く反論しても面倒くさそうなので、この線は保留にしておく。
となると次は何だろうか。頭内爆発音症候群という頭の中で音が鳴る病気は一応あるらしいが……。
「ていうか、いつまでもこんな事話してても仕方ないだろ! とにかく早く学校行こうぜ!」
サドン崎がなおも食って掛かる。痺れを切らしたのか流石に無視され続けて腹が立ったのか、いつもよりも態度がやや乱暴に思えた。(まあ本質的にいつも乱暴だが)
「だから一人で行けっての。入学式までまだまだ時間があんだから、何をしようが変わらんだろうが」
「考えたって音の原因なんてわからないぜ! こんなところ早く出ようぜ、気味悪い! また同じ事が起こったらどうすんだよ!」
ドライな光汰の態度にやや声を荒げるサドン崎。ここでようやく、何故こいつがいつにもまして口を出してくるのかに気付いた。
「お前、怖いのか?」
ぶしつけに聞く。
「え、いや……」
サドン崎は一瞬口ごもった。その態度を見れば、当たっていたかどうかすぐにわかる。
少し意外だった。てっきりサドン崎はこの件に関して、ただ興味が無いものだと思っていた。本人の言う通り、考えても得が無いから触れずにいるのだと。だがもしかしたら、今ここにいる人間で先ほどの音を一番恐れているのはこいつなのかもしれない。
「そうじゃなくてさ、怖いって言ってたのはお前だよな? だから、そんなに怖いなら一緒に逃げようぜって言ってんだよ俺は。なのに公園に残ってああだこうだ言って、話が終わらないからよお。そりゃ俺だって強く出るだろう?」
サドン崎は一瞬の沈黙を取り返すかのように、すぐにいつもの調子でまくしたててきた。
「ふーん。なるほど」
確かにサドン崎の言う通りだ。目の前の未知が恐ろしいなら逃げればいい。少なくとも事件の現場から離れれば、後に何が追加で起ころうが無関係でいられるはずだ。さっきは意外だと思ったが、よくよく考えればなかなかこいつらしい保身である。そしてそんな危険性をサドン崎に言われて今更気付くとは、俺もなんとも抜けている。
ただ、それでも俺はここを離れる気にはならなかった。逃げるべきだという理屈は解るのにだ。理に逆らってでも現場に残って音の正体を探るべきだと、そんな風にほとんど直感的に決めつけている自分に気付いた。
怖いと言ったのは本当だ。ただ、サドン崎の感じた怖さと俺の感じた怖さというのは同じものなのだろうか。
火事や津波が目の前にあれば、俺は逃げる。ならば今の俺の目の前に立ちふさがっているものは何だ。俺はこれを何だと思っている。
これは……超常現象だとしても……その中でも……
もっと呪いじみた……
「だからさあ! 逃げようぜみたいな事を言いだしたのはお前らだよな? 俺はその意思を汲んだ上で、じゃあ学校行くよな?って何回も聞いてる訳じゃん! 話は単純なんだから、俺はそれをわかってほしいだけなんだよな~。公園の桜ももう見飽きたしさ~。ま、あの音が不気味なのは事実だしな~?」
喚くサドン崎で、思考が中断される。スクールカーストの何処に位置しているのかもわからないような俺達にチキンだと思われるのが許せないのか、いよいよ口が止まらなくなっている。
「ほんと不気味だよな。あの音はなんだろうな、何もないところに何発も響いて」
まくしたてられるのも面倒くさいので、ややサドン崎の言葉に乗っかり気味に話題を変える。そんな事をすればまた光汰が不満に思うかもしれないが、今は先程の思考を静かにまとめたい気分だった。
すると案の定と言うべきか、サドン崎のうるささに顔をしかめていた光汰はこちらの方を向き、口を開く。
「何発も?」
「え?」
変な所を聞き返されて、こちらも妙な顔になる。いまいち何を聞かれているのかが判然としない。
「バン!バン!って何発も響いてただろう」
とりあえず適当に擬音を交えて説明をする。これ以外に何を言えというのか。
「ああ……そうか、確かに細かいでかい音が何発も鳴ってたのか。なんかさ、バババババみたいな一続きの音みたいに捉えててさ」
「ふーん。まあどっちでもいいけどさ」
「いや、待て、ちょっと待て」
考え中のこちらがどうでもいいと切り捨てようとしたところを、光汰はなおも掴んで離すないとしてきた。
「だったら……音は何発鳴った!?」
なんだそれは。光汰はさっきから何を言っている。俺はこれを真面目に考えて答える必要があるのだろうか。
「何発と言われても……何十発も鳴ってたとしか」
「三十発から五十発くらいじゃないか。」
横で聞いていた塔哉が範囲を狭めてくる。まあ、大体その程度だろう。その言葉に俺も軽く頷く。
すると、光汰のその目がいよいよ驚愕に見開かれる。「ってことは……まさか……」と微かに呟いたかと思うと、俺達の顔をそれぞれゆっくりと見渡し、そして口を開いた。
「……39発か?」
「は?」
唐突に確信めいた事を言われ、虚を突かれる。
39発だったらなんなんだ。破裂音の鳴った数が特定の数字だったとしたら、それで何かの確信を得られるのか。その特定の数字というのが何故39なんだ。せいぜい13で割れる事くらいしか取り柄の無さそうな数字じゃないか。
「だったら……つまり……」
光汰の確信はもはや止まる気配が無く、うろうろとその場を行ったり来たり、深刻な顔でぶつぶつとこちらには意味の解らない事を呟き始めている。ハッキリ言ってうるさかった。
「つまり?」
考えがまとまらないので、しょうがなく先を促してみせる。光汰は数秒こちらを横目で見たかと思うと、すっと悩む素振りをやめてゆっくりとこちらを向いた。
「つまりこの中の誰かが……死ぬ」
静かに宣告された、範囲すら曖昧な死。
思考の過程、至った結論、全てにおいて意味が解らない。
解らないが……やつが真剣だという事だけは理解できた。きっと気のせいにして流す事もできないような、そんなおぞましい何かに気付いたのだと。
だからこそ俺もまた同じように覚悟をし、光汰の話に耳を傾ける事に決めたのである。この時あたりから俺は、今日がただ入学式があるだけの日ではないのだと気付き始めていた。
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