◆第一の怪談 40発弾倉のリボルバー

 人もまばらな朝早くののどかな公園。そこに唐突に鳴り響いた爆裂音が場を支配した。


 さっきまで誰にも止められなかったサドン崎のその口がピタリと止まる。不要に耳に入り込み続けた声は、より暴力的な音に上書きされ、すぐに掻き消える。


 これが一度だけなら、単にその轟音が次の話題の種にすり替わるだけの事だったかもしれない。だが音が爆ぜたのは一度どころではなかった。五回や十回鳴ってもまだ終わる気配を見せず、公園のそこかしこで大音量の破裂音が次々と生じ続ける。


 無遠慮に鼓膜を叩き続ける振動に、俺は思わず耳を抑えて身をかがめてしまう。まともに立っていられなくなり膝を付くが、その膝を付いた音すら破裂音に飲まれて消えていく。体が強張り、耐える以外の選択を選べない。聞いているだけで立てなくなる、そのレベルの大音量だった。


「い、いてえ……!! 耳が……!!」


 微かなサドン崎の声を聞いて我に返り、頭だけ上げて周囲を見渡す。

 異様な音は、異様な事態だ。俺達の身に危険が迫っているかもしれない。耳の痛みに顔をしかめるよりも先に、その正体を突き止める必要があった。


 だが耳をつんざく轟音の中でなんとか視線を巡らせてみても、周囲には何も無い。わかりやすく爆ぜて散乱したような物体は見当たらず、火薬の匂いすら漂ってこない。木々が揺れるのは風なのか何かの衝撃なのか。ただ他の二人も似たように辺りを見渡しているという事実だけが分かる。


 ひたすら混乱していた。音の原因を特定するまでの間は我慢して目を見開いていようと思っていた。なのにいくら目をこらしてもいつまでもその時が訪れない。音はこんなに近いのに、その音源が何処にも見当たらない。公園内のそこかしこで今も爆裂音が鳴り響いているというのに、それを視覚的に証明するのがうずくまる同級生達の姿だけなのだ。それは相当に途方もない状況だった。ただ目をつむって音が過ぎ去るのを待っていたい気持ちがどんどんと強くなる。

 だがその果ての無い状況にもついに終わりが訪れ、俺達は苦しさから解放された。


 音が止んだのだ。


 大気に残響だけを残し、十にも二十にも連なった破裂音はその終端を見せた。振動の残り香が消え去れば、先の出来事を証明する痕跡は何もない。


 ここは市民の憩いの場所、樽宮公園。朝は学校に向かう学生が多く、ジョギングコースとしても人気が高い。


 そんな場所で俺達は何故うずくまっているのだろうか。先程の破裂音は何かの間違いだったのか。隣と顔を見合わせても、誰も何の答えも出せはしない。





「おい、大丈夫か君達! しっかりしろ!」

 声に振り替えると、一人の中年男性が走り寄ってくるのが見えた。彼は心配そうに俺達を、特に耳を抑えてうずくまっていたサドン崎を見て言った。


「大丈夫か? 立てないなら近くの病院連れてくか?」

「あ! いえ、大丈夫っす! ちょっと耳が痛かっただけっすから!」

 嵐が過ぎ去ったのを感じたのか、サドン崎は耳を塞ぐ両手を外し、勢いよく立ち上がった。無事をアピールするためか、その場でフットワーク軽めにピョンピョンと跳ねてみせている。


 俺達も立ち上がり、無事を伝えた。実際身体的な害について言えば、『大きな音がして耳が痛かった』以上の事は無かった。キーンとするような感覚は残ったが、それ自体は普通の事だ。


「やー、そうかいそうかい! 無事ならよかった! ほっとしたな!」

 心底安心したという笑顔でそう言う。よく見れば先程公園ですれ違って声を掛けてきた人だ。人懐っこそうな顔を見て「道理で」と思う。

「ま、何もないならそれに越した事はない! 結構な事じゃないの!」

 顎のヒゲを人差し指で触りながら、おじさんは満足そうにうなずく。



「で、君達は何でうずくまってたんだい?」



 それはなんでもない、普通の、ごくありふれた質問だった。

 だが何か飲み込みがたい、先程破裂した何かの残滓が引っ掛かっているような、そんな少しのざらつきを持つ釈然としない質問でもあった。俺はこのおじさんが声を掛けてくれたのは、正体不明の異音に苛まれる少年達を心配しての事だと思っていた。


「いや……音がうるさかったからですよ」

「音? 風の音とか?」


 俺だけでなく他の奴らも腑に落ちない顔を浮かべる。さっきキロ単位の遠くにいた訳でもないだろう中年男性のピンと来ていない態度が不可解だ。だが目の前の彼は何もふざけていない。じゃあふざけているのは何処のだ。


 過ぎ去ったはずの異様がまだすぐ近くに滞留しているような気がしてくる。話を進めれば進めるほど、それが気のせいではないのだと理解してしまうような気がする。

 そのたびにいちいち首筋を汗がつたうのだとしたらこれほど鬱陶しい事はない。俺は一つ大きく息を吸い、一足飛びに確信に迫った。


「何かが爆発するような大きな音が公園に響いて、たまらずに耳を抑えてうずくまってしまったんです。おじさんはそれが聞こえなかったんですか?」

 ああ、あれねと返ってくればこの話はそれまでだ。今日は何も特別なことの無い平日。俺達はこれから入学式に行く。


「いや……聞こえなかったね。そんな音、したかなあ……」


 それが全てだった。

 最初からここまで、その異様は異様のままに。その形は何一つ定まらず、ただ純然たる超常現象として俺達の目の前に鎮座するばかりである。


 見れば周りに点在する人間はみな何事も無かったかのように歩いている。彼らはこぞって上を見上げていた。桜を見ているのだ。



 鮮やかに色づいた花びらが公園中に降り注ぎ、透き通る空気を覆っていく。壮観だし綺麗だ。新たな門出にふさわしい日だと彼らは思っているだろうか。








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