正解は「死」

 ただ、こうして色々とサドン崎の特性を並べ立ててはみたが、今日はよりにもよって新しい環境に踏み入る一日目、入学式だ。今回ばかりはサドン崎もその場限りではない友人関係を結ぼうとしてくるのではないかと、俺も対処を決めかねている。光汰なんかはあからさまに不機嫌そうな態度で、サドン崎を睨んでいた。


「おいおい、何睨んでんだよ光汰よお。俺は睨まれるような事はしてないぞ」

「ついてくるなっつってんだよ! 俺達は三人で約束して登校してんだ! お前はそこに入ってないし、入ってきたら迷惑だから一人で登校しろってそう言ってる! お前は俺達の友達じゃねえし、これからそうなる気も一切無い!」


 もうそのまま言いたい事をズバリと全部言ってしまっている。今日までの光汰はサドン崎に対して「うるせーよ」「邪魔すんな」「知らねえ」「愚鈍崎が!」ぐらいの言葉しか返してこなかったが、ここまで明確に相手を拒絶するのは初めてだ。


「はっはっは、ひでー! お前、そんなトゲトゲしい態度だと友達もできないだろ? なれるの俺くらいだって実際!」

 サドン崎は光汰の拒絶をただ笑って受け流す。

「高校入学で思い出したように旧友ヅラとしてくる人間が友達? だったらその辺歩いてるオッサンの方がよっぽど友達だろ」


 今まで誰も指摘しなかったが、サドン崎が俺達に話しかけてきたのは、単に知った人間が他に誰もいなかったからに過ぎない。俺達の中学から樽宮高校に入学するのは四人だけなのだ。


 流石に耳が痛いかとも思ったが、聞かなかったことにしたのかサドン崎は変わらず笑顔で口を開く。

「俺さあ、中学時代の友達だけで50人はいるんだわ。たまに普段絡まない奴と遊びに行くのすげえ楽しいんだぜ。知ってほしいよな~、速山の光汰君にもこの楽しみをさ~」


「たまに普段絡まない奴と遊びに行くのが楽しくねえから無駄にラインを交換したりしねえんだよ。特にお前の話を聞いて楽しいと思った事なんて俺は一度もねえからな」

「まーたそんな事ばっか言う!」

 サドン崎は大げさに嘆息のジェスチャーを返す。


「大体お前がいくら一人で騒いだって、ここにいるのは四人だろ。もうちょっと全体の空気を考えて仲良くしようぜ! 他二人は何の文句も言ってないんだけどな!」

「ほう」


 すると光汰は今度はこちらを見る。もうズバリ非難がましいと言って差し支えない、冷たく細められた目つきだ。

「それだよなあ、お前ら。俺が喋るに任せて黙りこくりやがって。この男に対して何か一つくらいは言うことがあるんじゃないのか?」


「あー、そうだなあ」

 俺は光汰と違い、サドン崎への態度を決めかねていた。


 確かにサドン崎は一切何の馬も合わない人間だが、そうは言っても学校という場所で普通に生きていくためには他生徒の助けは絶対に必要だ。いつまでも塔哉や光汰と同じクラスになれる保証はないし、なれたとしても学校行事は何かに付けてすぐに生徒を別グループに分断する。


 だから友達という名の協力関係はいくらあっても足りはしない。そういう観点から見れば、サドン崎のように四方八方に愛想(?)を振りまき仲の良い(?)友達(?)を増やすのは、むしろクレバーな行為とすら言える。


 断っておくが、別にサドン崎自体と友好関係を築きたい訳ではない。だが、例えばクラス内でサドン崎の口から俺に拒絶された事が知れ渡れば、周りにとっつきにくい人間と思われて敬遠される可能性はある。サドン崎を遠ざける行為の結果がサドン崎を遠ざけるのみで終わるかどうかがわからない以上、あまりこの件に触りたくないというのが本音だ。高校生活初日、スタート地点でのこの選択の意味はそれなりに重かった。


「まあ、俺達とサドン崎は良い意味で友達じゃないよな」

 とりあえず適当にふわっとした拒絶を返し、その場を取り繕う。

「そうだな。誤解を恐れずに言えばただの他人だ」

 塔哉もそれに追従した。そしてそれらを聞いたサドン崎はまた大声で笑いだすのだった。

「ひっでえ~! マジでお前らあけすけに物言いすぎだっての! ほんと面白いわ!」


 愉快そうなサドン崎に対して、光汰はまだ不満そうだ。

「お前ら、この期に及んでこいつに対して言葉を選ぶ必要があるか? 今すぐ粉々になって消えてほしいのだと何故言えない?」

 光汰はサドン崎ではなく俺に向かって言葉を掛ける。そろそろ光汰の機嫌を損ねるかどうかという別の問題が発生しそうな気配だ。流石にこれは事なかれ主義に走るよりは今いる友達を優先すべきか。


「わかったわかった。じゃあズバリ言うけど、サドン崎はもう邪魔だから消えてくれよ」

 俺もなんだか面倒くさくなってきたので、光汰に倣う事にする。サドン崎はまたわざとらしく大笑いしている。さながらツイッターのリプライにいいねを付けて返信した気分にでもなっているかのような大笑いだった。


「お前は高校に入ってもすぐに友達を作れるだろう。俺達みたいな斜に構えた連中を無駄に相手にするな」

 塔哉もダメ押しでサドン崎を殴るが、当のサドン崎は暴力なんて無かったとばかりに塔哉の背中をばんばんと叩く。


「おいおい、そりゃお前の方なんじゃないの塔哉~! いやほんと久々会ったけど、やっぱお前イケメンだわな! 彼女も友達もちょちょいのちょいだろ! 自信持てよ!」

 何を言われようがへっちゃらな顔をするサドン崎に、光汰は心底うんざりといった様子で溜息をついた。もちろんそのあからさまな溜息にだってサドン崎は心動かされた様子を見せる事はない。


 俺がわざわざサドン崎を遠ざけようとはしない理由の一つがこれだ。

 たとえ俺達三人が足並み揃えて拒絶したところで、とにかくこいつ自身に引く意思が無いのだから根本的に意味がない。こいつはこちらが何を言おうとも言葉尻を捕らえて取り合わないし、それができないような発言はただ笑って受け流す。


 とにかく会話が終わるかどうかは全てサドン崎側の判断に委ねられており、常識人であるところのこちらはまさか三人がかりでサドン崎を袋叩きにする訳にもいかず、ただ事が過ぎるのを黙って待つしかないのだ。SNSのようにワンクリックでブロックできれば楽だったが、そうはできないのが現実なので、サドン崎はこちらの都合もお構いなしにひたすら迫ってくるのみである。


「こいつ今日死んでくれねえかなあ」

 もはや光汰さえもサドン崎に対してではなく、ただ率直な感想を独り言として漏らすのみだ。


「ははは、無い無い! 流石に入学式に死ぬような事は無いってな!」

 そろそろ『※特別に断りがなければサドン崎は馬鹿笑いをしています』とでも書いておいた方が楽なんじゃないかと思うくらいだが、とにかくサドン崎がまた笑い声をあげる。こちらのやれる限界が本人の目の前で愚痴をこぼす止まりでしかない以上、サドン崎の余裕の態度が崩れることは無い。


「入学式に死ぬような事……か」

 樽宮高校へと歩を進めながら、輝く笑顔を崩さないサドン崎を横目で見る。



 こいつは自分が鉄板だと考えるノリを他者に押し付けて顧みない。

 何も考えていない馬鹿だからというのとは少し違う。実際それで問題が起きないという事が経験で解っているから、そうしているのだろう。


 初対面の人間はこいつが誰に対してもこのような態度で話し掛けるのだろうと思うかもしれないが、実は違う。


 厳格な教師には敬語を使う。気の弱い女子に絡んだりはしない。ささくれた不良生徒には適切な距離で接する。逆に話のわかる教師やノリの良いヤンキーには今日のように接する事もある。


 彼を賢く優しい人間だと評する者もいる。人の事をちゃんと見ている人間だと。

 俺もサドン崎は人を見ていると思っている。こいつは俺達の事を、それでも対応を変えはしない。


 要するにこいつは気の良い外面に反して、俺達の事を徹底的に軽んじてきている。わざわざ個別に色を見て対応を変えなくてもこのままの態度で大きな問題にはならないと、笑顔の裏でそう確信しているのだ。


 そしてそれは実際正解だ。俺達の中で一番強硬な態度を取る光汰も、二言三言交わした後には呆れて文句も言わなくなる。生徒に舐められまいと肩肘を貼っている教師や、反射的に泣き出してしまう気弱な女生徒などと比べ、間違った時のリスクは限りなく低い。いや、ハッキリ言ってしまえば実際的な問題なんて何も起きないのだからリスクなんてゼロだ。


 だからサドン崎は今日も俺達に対して。いつも通りの間違ったやり方をそのまま貫き通すのがサドン崎にとっては一番楽なのだから。俺達の機嫌を損ねて友達になれる可能性が途絶えてしまう事なんて、こいつにとってはどうでもいい事でしかないのだから。



「確かに死ぬべきかもしれないな」

 誰に聞かせる訳でもなく、呟く。


「何か言ったか?」

 サドン崎の言葉にいちいち返事をしない。こいつが俺達の喋る事がどうでもいいのならば、俺もただの独り言を聞かれていようがいまいがどっちでもいい。

 サドン崎デス男という人間は喋りも歩きもせずにただ死んでいるべきだと俺がそう結論付けた事なんて、どうせこの世界には何の関係もないし、何の影響も与えはしないのだから。


 別に何かを変えようと思っていなくても、同じ物事に長く触れ続けるとそのあるべき姿が突然見えてくる事がある。目の前の姿が間違っていて、それを正しい姿に戻す何らかの力が必要だ。そういう事実に気が付く事がある。


 あるが、それだけだ。

 今日の高校一年生まで生きてきて、自分とは別の生命として生きる他者をあるべき姿に戻せた事など一度も無い。ただ自分の視界の中だけでその対象に「こうあるべきだ」という黒いマークが付くだけである。

 この世界には「こうあるべきだ」という事象が多々あるが、それは往々にして「そうではないから仕方ない」と同義でもある。


 きっと今日、サドン崎は死なないだろう。明日だって明後日だって。これから何年も経ったいつかの日だって、きっと彼は地球の大地に元気に染み付いて黒ずんでいる。


 別にそれを嘆いたりはしない。風呂に入って壁のカビの事ばかり見ている人間がいないように、この取るに足らない黒い染みの事を気にする人間はそういない。

 生きれば生きるほど俺の視界世界は少しずつ黒ずんでいく。だけどそれを止める術が無いからって悲しんだりはしない。目の前の景色が少し黒くて汚くてブツブツしていたところで、どうせいつもは忘れている。ふとした時に思い出したところで、それをなんとかしようとも思わないのだ。














 ただ



 もしもその黒い染みが消滅してしまうような機会チャンスが目の前に転がり込んできたとすれば。



 その時、俺はどうするのだろうか。


 そんな事は考えた事が無かった。考えてもどうしようもない事だと思っていた。














 突然周囲に爆裂音が鳴り響いた。


 それはサドン崎などよりももっと強引に我が物顔で。









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