他人オブ他人

 俺達三人は樽宮高校へと歩いていた。誰に声を聞かせる事もなく黙々と脚を動かす。そしてその後ろをサドン崎デス男が当然のようについてくる。


「いやいや、お前ら薄情過ぎんだろほんと~! 同じ高校受かったってのに全然知らせてくれないじゃねえの!」

 一見もっともらしい事でも言っているかのような態度でサドン崎は大仰に嘆いた。確かに仲の良い友達が合格を知らせてくれないとしたら寂しい事だろうが、それをまるで仲良くもない他人クラスメートが言うのだから、意味が解らない。


「じゃあ俺達はこれから樽宮高校に行くんで、さようならサドン崎くん」

「ええ!? おいおい、おかしいだろ尚人! 同じ高校! 今から同じとこ行くから! 俺も!」

 非難を無視して別れを告げると、サドン崎は心底愉快そうに笑いながらツッコミを入れた。確かに気心の知れた相手にこれを言ったら面白かったかもなと、何も面白くない気持ちでぼんやりと思う。そういえばこいつは何処に住んでいるのだろう。駅から出てきた訳では無いようだが。


「いやあ、やっぱ良いよなーお前ら。遠慮が無いっていうかさー。俺って割と色々なやつと遊ぶけど、なんだかんだお前らとのこういう関係が一番好きかもしんねえわ」

 今思い付いたような適当な事を感慨深げに言うサドン崎を、俺達は何の感想も湧かない目で見ていた。いや、その中でも光汰の目には憎々しげな光が宿っていただろうか。



 俺達とサドン崎の関係を説明するならば関係無いの一言に尽きるが、それでもより詳しく振り返るなら、こいつと初めて同じクラスになったのは中二の時だ。


 当時俺と塔哉と光汰は昼休みによく雑談をしていた。光汰が今はまっているゲームの話を延々と語ったり、それに興味が無いから俺が比較的知名度のあるゲームの話題を振ったり、塔哉がそれを広げたりと、三人でそこそこ楽しい日々を送っていた。放課後にわざわざ遊ぶ事は少なかったが、周りからも仲の良い三人として認識されていたんじゃないかと思う。少なくとも普通の生徒ならわざわざそこに入ろうとは思わないくらいには。


 その日も俺達は昼休みの時間を利用して新作ゲームの話で盛り上がっていた。いや盛り上がってはいなかったかもしれないが、とにかく特別買う気の無い新作ゲームを肴に雑談に興じていたのである。


 すると突然その三人の輪の中に一人の生徒が体を割り込ませてきた。俺達の囲む机に日焼けした手のひらがぐいっと乗せられ、光汰が少し眉をひそめたのを覚えている。そして手の主はにかっと得意げに笑顔を浮かべ、こちらが何を訪ねる間もなくその口を開いた。


「そのゲーム、俺も買ったんだよな! 今度一緒にやろうぜ!」


 誰もよしやろうとは言わなかった。これが俺達とサドン崎デス男との初邂逅だ。


 俺達の雑談に一人強引に加わったと表現すれば平和なものだが、より正確に言えばその瞬間に俺達の雑談は終わりを迎えていた。会話がキャッチボールだと言うのであれば、その日そこで行われたのは会話では無かっただろう。


「やっぱこのシリーズはⅢが一番だよな!」

「今回のヒロインマジで好みなんだって!」

「お? やっぱ塔哉も剣より銃派? それっぽいもんなー!」


 周りにいた生徒からは盛り上がっているように見えたかもしれない。クラスの人気者が真面目系の連中とじゃれているほほえましい光景だと。よくよく聞けば喋っているのが一人だけだと気付くちょっとしたホラーなのだが。


 結局その場の空気は最後までそれだった。サドン崎はひたすらに強引に話題を振り、それを自分だけで盛り上げた。そしてチャイムが鳴ると満足そうな顔をして席に戻っていった。他の三人は雑談に参加する事もなく、ただ目の前のサドン崎オンステージをぽかんと見ていただけである。

 ボールをキャッチしない俺達が悪かっただろうか。顔も名前もよく知らない男がひたすら投げてくる触る気にもならないボールなのだが。


 教室内の嵐が過ぎ去ったあと、俺も塔哉も「あいつは一体なんだったんだ?」という顔をしていた。光汰だけはそれを口にも出して言った。

 あの時のサドン崎が何を達成して何に満足していたのかは、俺達三人には何一つわからない。これまで一切言葉を交わしたことの無い身でまるで友達みたいな態度を取る、珍しい他人だった。


 ちなみにその後サドン崎の誘い通りに一緒にゲームをプレイしたかと言うと、別にしていない。何故ならあいつがそれ以後その話を全く出してこなかったからである。

 俺達が拒否をするまでもなく、そもそもあいつ自身が自分で勝手に結んだ約束を果たそうとはしなかった。口だけで最初からそんな気が無かったのか、それとも席に着いた瞬間にその気持ちをすっかり忘れてしまったのか。


 どちらにせよ、サドン崎から俺達への関心の薄さというものが伺える話である。俺達とサドン崎は本来双方向に無関心な存在であり、無駄に関わらない事こそがお互いにとって最善の行動であるはずだ。

 サドン崎の興味の対象はきっと気まぐれに知らないクラスメートに絡む自分自身にこそ向いていた。あいつにとっての俺達はふと目に止めた道端の花か何かで、それを眺めている自分自身の心はさぞや豊かに思えた事だろう。


 これで終わりなら珍しく部屋の中にカマキリがいたくらいの出来事だったが、問題はそれ以後もサドン崎が似たような気まぐれをたまに起こしてきたという事だ。

 体育でグループを作る際に友人グループの誘いを蹴って何故か俺達の所に来てみたり、調理実習で俺達の作った料理との交換を持ち掛けてきたり、あとは最初のように雑談に入ってくるのも二回くらいはあった。


 強く拒否すれば良いと思うだろうか。だが根本的にあいつは別に俺達と特別仲良くしようとは思っておらず、その場が過ぎればすっと興味を失い、俺達の日常は簡単に帰ってくる。そもそも俺達に絡んでくる頻度自体がせいぜい三か月に一回くらいだ。


 要するにキッパリ拒否をするのと曖昧な態度で流すのとだと明らかに後者の方がコストが安く、そしてそのいやらしいバランスによってあいつは何物にも邪魔をされずに俺達の邪魔をする事ができているのである。


 そもそも「以後俺達に関わるな」なんて言ったところで「そんなに関わってたっけ?」なんて言われでもしたら対応に困る。逆にこっちが小さい事を意識し過ぎだという空気になりかねず、考えれば考える程まともに考える事こそが一番面倒くさい対処法だという結論に至ってしまう。


 これは、受けている被害が微妙過ぎてかえって被害届が出しづらいみたいな状況に似ている。だったら、わざわざ寝た子を起こしたくないという考えに流れるのは自然だろう。


 だから俺達はそうそうしつこくは拒否の意思を示さずに、せいぜいラインの交換をやんわりと断るくらいの対応に留まっている訳だ。どうせ無視している内に、やつの関心は他の似たようなクラスメートに向く。そして、そうなっている間はサドン崎デス男も他の生徒と区別が付かなくなる。俺達はまた雑談ができる。


 他人は他人らしく他人の顔をしていればいい。そうすれば風や葉音や景色になれるのだから。








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