ボトルフィッシュ

亜済公

ボトルフィッシュ

 炭酸飲料のボトル内部に、いったいどうして入れたのか、一匹の魚が泳いでいた。無数の気泡が湧き上がり、水面でぱちんと弾ける中を、くすぐったそうにゆらゆらと揺らいでいる。蓋を開けると、無色透明のプラスティック・ボトルは、可愛らしい音を立てて吐息を漏らした。けれどそこに、魚くささは感じられない。ともすれば、外気よりもずっと清浄な感じがするのだった。

 魚は、実に美しかった。その細かな鱗は微かな燐光を発し、チカチカと明滅する。水面は陽光を反射して、スペクトルの欠片が、燐光と共に舞っていた。

 僕はこれを、放置する。太陽がよく当たる、窓際に置いておく。

 すると、魚が溶けていくのだ。炭酸によって徐々に溶解した魚は、まず初めにその美しい鱗を喪失する。そうして露わとなった白っぽい肉が、また更ににそぎ落とされ、いつしか骨格に数個の臓物がぶら下がっているだけとなる。

 この頃になると、魚はようやくその遊泳をやめ、溶解に専念するようになるのだ。じっと、微かな水流に身を任せ、いつかふと気がついた時、その姿は影もない。水に同化した魚は、そこにいないが、そこにいた。

 炭酸は抜けきり、すっかり濁った緑色の水。目を凝らせば、鱗の輝きが、今も僅かに残っているのがわかる。

 僕は、それを一気に飲み干す。すると僕の内部で、魚は、再び泳ぎ出すのである。

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ボトルフィッシュ 亜済公 @hiro1205

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