剣鬼、日之国ヲ放浪ス

牛☆大権現

第1話

兄が、首を斬られて殺された。

当時、藩随一の道場を持っていた男が、辻斬りで襲ったのだという。

私は、敵討ちの為奴を追った。

剣を振り、技を磨きながら、探す事10年。

遂に、その相手を探し当てた。


「ようやく見つけたぞ、真田 正継! 」

「何奴! 」

「我が名は、国井 勝吉! 貴様が殺した国井 業平の弟なり! 」

名を名乗りながら、刀を抜く。

「この平地では、貴様に逃げられかねないので、この場で斬らせて頂こう! 貴様も刀を抜け!」

「案ずるな、俺は逃げも隠れもせん」

正継は、刀を抜くが、そのまま腕を下げて、構える様子を見せない。

「如何した? 自らの命を諦めたか!? 」

「お主ごとき、構える必要もないだけよ」

「無礼な! あの世で後悔しても知らんぞ! 」

私は、刀を右八相に構えて、摺り足でジリジリと近付く。

そして、10年の修練で磨きあげた、必殺剣をその首に叩き込む!

「……フッ!」

私が勝利を確信した瞬間、正継めの刀は跳ね上がり、私の刀と真っ向から打ち合い__そして、私は弾き飛ばされる。

「なんだ、今のは!? 」

「腰を捻らない同側の体捌きで初動を隠し、右手と左手を寄せる握りで、腕の関節を固定し、体捌きの速さと威力を刀に伝える……」

正継の言葉に、私は頭が真っ白になる。

「バカな! 我が必殺剣"不切腹(はらきりいらず)"の術理を、あの一撃で看破したとでも言うのか!? 」

「そうではない、そして皮肉な事だ。その理合は、我が必殺剣"介錯薙(かいしゃくなぎ)"と同様の物よ」

吐き気で、口元を抑える。

信じたくない思いで、胸焼けがする。

「認めたくないだろう? だが、事実だ。そして、今貴様の剣を跳ね返した動作、私はどちらの工夫も使用していない! 」

「嘘だ! 術無き腕力のみの剣が、我が必殺剣に、速さでも、威力でも勝っているとでも言うのか!? 」

「そうだ。そしてこれが、本気で腰を入れた動きよ」

油断せず、構えていたというのに。

全く気付かぬ間に、私の首に刃が触れていた。

「いや、これでも俺は、貴様の事を評価しているのだ。なるべくなら、殺したくないと思うほどにはな」

……耳を疑う言葉だった。

「仇に見逃されるなど、一生の恥! さっさと斬り殺してくれ! 」

「そういうな。そもそもがだ、俺が貴様の兄を殺した理由はな。腑抜けたこの国に、渇を入れる為だったのだ」

「どういう意味だ、それは? 」

「侍とは、本来兵(つわもの)。つまり、刀を取り国を護る者。政(まつりごと)に現を抜かし、剣術を真面目に学ぶ者は少なくなっている。これでは、いざという時誰が戦うというのか? 」

「その思想と、貴様の凶行に、何の関係性がある! 」

「おおありだとも! 我が剣に葬られた軟弱者の話を聞いて、他の者は自分が殺されるまい、と真面目に剣術に励む! その為の生け贄よ!! 」

「ふざけるな!? 」

怒りに任せて、技も何もなく力任せに刀を振り抜く。

敢えなく受け流されるが、構わず叫ぶ。

「我が兄は! そのような身勝手な理由で! 貴様に首を跳ねられたというのか!? 」

殺意を込めて、連続して刀を叩き付ける。

「いかんなぁ、怒りで太刀筋が単調になっているぞ? 」

真っ向斬りを、峰を叩いて逸らされる。

その勢いで、私の上体が傾いで、隙を晒してしまう。

「仕方無い、せめて我が必殺剣で葬ってやろう 」

正継が、八相に構えるのが見える。

詰みだ、この体勢では間に合わぬ。

死を覚悟した、その時だ


「兄上! 餅を焼いて参りました! 」

今まさに、刃に首を絶たれんとしていたはずの私の目には、餅を持つ小さな掌。

そして、その先にあったのは、亡くなったはずの兄上の顔。

「ありがとう、勝吉。縁側で喰おうか」

兄上は、餅を受け取ると、縁側に歩みを進める。

知っている、これは、私が7つの時の正月の光景だ。

「兄上、何故侍は剣を振らねばならぬのです? 今は太平の世。政に専念した方が、効率がよろしく思えます」

「勝吉、それはな。仕える主の為、そして護るべき民の為だ」

聞いたことがある、人は死の間際、その一生の内にあった出来事を追体験するのだと。

そして、死を回避する方法を探すのだと。

であれば、この会話に何かしらの答えが……?

「侍は武の象徴だ。いざ世が乱れた時、我らが先陣を切り、敵を打ち破らねば、何かを護ることはできん」

「ですが、兄上。政を完璧に行えば、世は乱れぬのでは? 」

「残念ながらそうもいかぬ。いかな賢君が統治したとて、時流が悪ければ国は乱れる。なればこそ、我らが常日頃より鍛練を怠っていない証拠を、悪心抱く者に見せて、悪心を実行に移さぬよう牽制せねばならぬ」

兄上は、茶をすすり、私の頭に手を載せる。

「勝吉、お前も自らの心を律しなさい。殺意の刃でも、政のみでも、悪を降すことは出来ぬ。自らの魂を載せた剣だけが、悪を討ち滅ぼせるのだ」



気づけば、身体は"不切腹"の動作を完了していた。

そして、正継の剣と打ち合い__跳ね返した!

「我が必殺剣を跳ね返しただと!? 崩れた体勢で、何故そのような威力が出る! 」

「ようやく、貴様の強さの理由に気付けたのよ。いかに腕力(かいなぢから)があれど、術理を伴った剣の威力に、腕のみの威力で勝る道理がない」

私は、再び八相に構え直し、間合いを測る。

「威力が乗り切る直前、叩かれれば威力が跳ね返る間がある。その瞬間を見極めれば、弾けるは道理。だが、それは理屈に過ぎぬ。大事なのは、精神の在り方よ」

一呼吸して、続ける。

「私は、貴様を殺すと言う意思だけを刃に籠めていた。けれども、貴様は、自らの魂そのものを刃に籠めていたのだな」

「……ほう、命を懸ける事の意味に辿り着いたか。ならば後は、貴様の魂と俺の魂、どちらが重いか、勝負といこうか」

正継も、八相に構え直す。

その刃に、先程までと比べ物にならない覚悟を載せているのが、肌に伝わってくる。

「否! 私が乗せるのは私の魂のみではない! 我が兄の魂も、この一刀に籠める! 」

「言うではないか。ならば、俺は俺の魂のみで、お前達兄弟の魂に打ち勝ってみせよう! 」

互いに、摺り足で間合いを詰めていく。

袴で隠れた足で、膝の動きは見えない。

けれども、間合いを過つ訳にはいかない。

一寸の距離を見切り、一瞬先の生を掴み取る。

覚悟と共に、刀は振るわれた。

踏み込みは同時、速さも遜色無し。

交差した刃がぶつかり合い、互いの首の皮一枚隔てて、金属の冷たさを感じとる。

拮抗は、僅かの時で破れた。

私の刃が、首に食い込む感触を確かに感じ取った。

仇の最後の表情は、驚愕を浮かべているようにも、どことなく満足そうにも見えた。


仇の首を、地中に埋めて、手を合わせる。

憎いという感情は今もある、けれども弔うべきだと心は告げていた為に、それに従った。

兄上がいたなら、きっと供養しなさいと言っただろうから。

目的を果たした今、何をすべきか分からず、地に足がついていないかのような感覚だ。

「兄上、私はどうするべきなのでしょうか?」

答えは、返ってこない。


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