第21話

あおいあかねが学校から帰ってくる前に女装を済ませ、慌ただしく家を出る。

アイツらと顔を合わせると何かとうるさそうだし、下手すりゃ拘束されそうだ。

一晩中勉強するとはいえ、一応、お泊まりセット一式は用意しておく。

勿論、パンツは自分のものだ。

窮屈なブラもする必要は無いだろう。

だが、葵の制服に身を包んでいると、ノーブラであることに心許こころもとなさを感じてしまい、ちょっと自己嫌悪におちいる。


手土産にケーキを買い、適当に時間を潰してからスミちゃんの家に行く。

家に入れてもらえるとしたら、小学生のとき以来だ。

ドアフォンを押すとスミちゃんのお母さんが出た。

「葵ちゃん久し振りー」

話は伝わっているようで、スミちゃんに似た声が元気に迎えてくれる。

「お久し振りです。あの──」

「ウソ!? ホントに来た!」

スミちゃんの声も聞こえてきたが、来るかどうか確信が持てなかったらしい。

「もう一回お部屋お掃除してくる!」

「ちょっと菫! 何回掃除するの!」

……。

「バタバタしてごめんなさいね。取り敢えず上がってもらえる?」

こんな時間に女の子の家にお邪魔するということで緊張していたが、スミちゃんの慌てた様子に笑みがこぼれた。

わざわざ掃除をするってことは、歓迎してもらえてるのかな。


スミちゃんのお母さんがれてくれたお茶を飲みながら、リビングで世間話というか近況報告をする。

子供の頃にここで遊んだ記憶はあるが、改めて見ると二十畳くらいはありそうで、テレビの画面はデカいし、調度品は高そうだし、ソファに身を沈めると寧ろ落ち着かない。

お父さんが出張中らしいというのが救いだが。

「あの子は人付き合いが苦手でしょう? 葵ちゃんがいなかったら学校も続いてなかったんじゃないかしら」

お母さんによると、家で学校の話題が出ると、必ず葵の名前も挙がるらしい。

仲が良くないようなことを言っていたけど、決して嫌ってるわけでは無いのだろう。

……まあ交友範囲が狭すぎるというのもあるだろうが。

パタパタと足音が聞こえてきて、リビングの扉が開く。

スミちゃんだ。

部屋着ではなく、余所よそ行きの服みたいなお嬢様らしい格好をして、可愛らしく俺を睨み付ける。

「クソひな、じゃなくて葵、よくもノコノコとうちの敷居がまたげたわね──痛っ!」

おー、さすがお母さん、スミちゃんの脳天に見事なチョップ。

「なーにが跨げたわね、よ。あなたの態度の豹変ぶりにこっちがタマゲタわよ。さっきまで、来るかな、まだかな、ってそわそわしてたでしょ」

スミちゃんがあわあわする。

「だいたい、あなたの成績が悪いから勉強を見てもらうのに何ですか。ちゃんと礼節をもって迎えなさい」

スミちゃんがしょぼーんとする。

仕草の一つ一つが、温室育ちのお嬢様を思わせて可愛らしい。

「じゃ、ちゃんと勉強を教わるのよ」

お母さんの言葉にこくこくとうなずくスミちゃんは、チラッと横目でこちらをうかがい、しぶしぶといった感じで俺にペコリと頭を下げた。

……後で八つ当たりされそうだ。


スミちゃんの部屋は、小学校のときとあまり変わっていないようだった。

ぬいぐるみが沢山あって、女の子らしい色であふれていて、でも、意外と本が多くて、勉強は苦手だけど読書家でもある。

世界文学全集や図鑑、それから犬の育て方とか、マンガやライトノベルもある。

親から買い与えられたものも多いだろうけど、本棚を見る限り、スミちゃんはバカではない。

いや、実際のところ、俺はスミちゃんをバカだとは思ってない。

小さい頃から学校の勉強は不得手であっても、割と色んなことに興味を持ち、俺の話を目をキラキラさせながら聞いたりしていた。

多分、それは今も変わってないだろう。

「あの……」

八つ当たりどころか、部屋に入ってからのスミちゃんはおとなしい。

躊躇ためらうように口を開いたかと思えば、続きが出てこない。

「どうした?」

部屋の真ん中に、勉強用に置かれた折り畳み式の机があって、それだけがスミちゃんの部屋に馴染んでいない。

今回のために他の部屋から持ってきたのだろうけれど、そこに座るスミちゃんは、何だか落ち着けないように見えた。

「どうして、こっちに来たの?」

こっち?

あー、葵と茜の方じゃなく、ってことか。

「スミちゃんの方がテストがヤバそ──」

ぬいぐるみが飛んできた。

「俺が茜の胸に屈するとでも思ったのか」

「え? それってつまり……」

「いや、さすがに妹がいる前だとエロいこと出来ないしさ」

そんな冗談を言ってみるが、スミちゃんは真に受けたようで、机の上にあった何かを握り締めて部屋の隅に逃げる。

こら、逃げるなら扉の方だろ。

コーナーで縮こまるなんて、追い詰められてやられる典型的なタイプだ。

「こっちに来たら、これを使うから」

手に握り締めていた何かを掲げる。

「……それは?」

「クソ兄貴が、いざというときはこれを使えって」

……まあ間違ってはいない。

「どうやって使うのか判ってる?」

「バカにしないで! 袋を開けたら毒物的な何かが……出る?」

「寧ろ出るのを防ぐものだが」

「??」

「それはコンドームといってだな」

「……か、からかわないでっ!」

「からかってないって」

どうやら開封前のコンドームを知らないらしい。

「……いざというとき……これを……?」

俺の顔を見る。

「日向の……に……装着?」

俺はこくりと頷く。

理解したのか、スミちゃんの顔が真っ赤になった。

「死んで! 私の後に!」

可愛らしいぬいぐるみが、怒濤どとうの勢いで飛んできた。

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男子と女子のあいだ 杜社 @yasirohiroki

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