第20話

葵の体調がいい日が続くと、俺は定時制に行く必要が無くなる。

それは嬉しいことなのだが、アイツらに会えないのは寂しくもある。

日向ひなたー」

とはいえ、明日からは期末試験だ。

それは全日制も定時制も同じで、さすがに定時制の試験を偽者が受けるのはマズイ気がするから、このまま葵が元気だといいのだけど……。

「おい、日向」

まあ葵の心配はともかく、俺自身、そんなに頭がいいわけじゃないから、放課後の教室でダラダラしてる場合じゃないよなぁ。

あおいー」

「ん?」

「葵だと返事すんのかよ!? さすがに葵のパンツを履いてるヤツは一味違うな」

「おまっ! どこでそれを!?」

「そんなもんすみれからに決まってんじゃねーか。あたしは冷たいお前とは違って菫と疎遠になったことはねーし」

「ぐっ……小学校の時はイチゴパンツ履いてたくせに」

「ぬぁっ!? 人の黒歴史を!」

「黒歴史? いやぁ、可愛かったぞ? ほら、名前とお揃いなのー、とか言って見せてくれ──がふっ!」

コ、コイツ、股間に蹴りを入れるとは……。

スミちゃんの頭突きが可愛らしくさえ思える。

「今すぐ記憶を消せ! いや、この手で消してやる!」

「ま、待て! お前は盛大な思い違いをしている!」

「あ? 思い違いだぁ?」

「あれは、あれは黒歴史なんかじゃない! 過去の自分を否定するな。今のお前は魅力的だが、過去のお前もまた、魅力的なんだ」

「スカしたこと言ってんじゃねーよ!」

「ごふっ!」

本心なのに……。

「一応、菫からの伝言を教えておいてやる」

「……で……伝言?」

俺は気難しい顔をして問い返した。

……股間を押さえながらだが。

「あ? なんで深刻な顔してんだよ」

「お前がキンタマ蹴ったからじゃねーか!」

「……」

「まるで犬の糞を踏んだ時みたいな動作はヤメロ!」

「……まあ、靴は買えばいいか」

「そこまで!?」

「うっせーな。き、ききききんたたたまぐらいでガガガタガタ言うなよ」

平然としてるかと思えば、お前はガタガタじゃねーか。

まあいちごはお母さんと妹と三人暮らしだし、きっとキンタマには免疫が無いのだろう。

……家族に男がいるからって、キンタマに免疫がある女ってのも嫌だな。

「で、スミちゃんの伝言って?」

「あ、ああ、勉強会しろって」

「勉強会? テストは明日からなのに?」

「おうちでお泊まり一夜漬け会とも言う、らしい」

「泊まりがけで徹夜かよ!?」

「いや、菫は夜学だから昼間は寝るみたいだけど」

「俺は!?」

「一晩中、菫の勉強を見てやって、朝からテストを受けるんじゃないか?」

「断る!」

「だろうな」

「やけに簡単に引き下がるな」

「いやー、菫の風呂上がりとかパジャマ姿とか興味無さそうだもんなー」

「……」

「アイツの寝顔は天使みたいだし、勉強中にコテンと寝ちゃうかも知れんがどうでもいいよなー」

くそっ、めっちゃ見たいが認めたら負けな気がする。

「ま、それは別として、葵とあかねが勉強会するみたいだけどな」

「どこで?」

「お前んちで」

「そこにスミちゃんが参加したらいいんじゃないのか?」

「菫にも意地があるんだよ」

「意地?」

「オマケになりたくないとか、け者になりたくないとか」

そう言えば、初日にスミちゃんを家まで送ったとき、また私を除け者にする気? って言ってたな。

「ていうか、だからこそスミちゃんも参加すればいいんじゃ?」

「賭けをしたんだよ。菫は誘いを断って」

「……えっと、葵達はスミちゃんも勉強会に誘ったけど、スミちゃんはそれを断り、俺がどっちに行くか賭けたってことか?」

「まあそういうことだ」

「何を賭けたんだ?」

「お前の人生」

「人生かよっ! つーかどっちに行けば俺の人生は救われるんだ!?」

「ん、どーなんだろ? 菫は自分のところに来る方に、クソ日向が天寿を全うすることを賭ける、なんて言ってたが」

「……で、茜は?」

「こっちに来たらおっぱい揉ませてあげる、だとよ」

「人生関係ねーじゃん!? つーか、賭けじゃなくてただのご褒美だろ!」

「この機会を逃したら、日向の人生におっぱいを揉む可能性はゼロになる賭けだってさ」

「ただの呪いでは!?」

「ま、何にしても菫には分が悪いよな」

「どうして?」

「妹におっぱいが付いてくるんだぜ?」

「俺の妹におっぱいが付いてないみたいな言い方はやめろ」

「葵に茜のおっぱいが付いてくる」

……葵の貧乳が茜の普通乳に変わる?

「迷ってんのか?」

「ん? いや、スミちゃんの方へ行くよ」

「どうしてだ?」

「茜には葵が勉強みてやるんだから、スミちゃんは俺がみた方がいいだろ?」

「それだけか?」

「うーん、まあ、お前が言ったように、疎遠になってた分の穴埋めもしたいしさ」

「そっか。じゃあ夜の十時に女装して行け」

「女装して?」

「当たり前だろ。お泊まりなんだぞ? 菫の親父さんにバレたら殺されるからな」

「わ、判った」

「事前連絡は不要だ。十時の時点で日向が来てたら勝ちってことになってるから。つーか、菫をビックリさせてやれ」

苺は何故か、自分に嬉しいことでもあったかのように笑顔だ。

「お前は参加しないのか?」

「は? あたしに試験勉強が必要か?」

コイツは授業はサボるし遅刻も多いけれど、テストの結果はいつも水瀬と並んでトップクラスだ。

「勉強会なんて半分お遊びみたいなもんだし、楽しくワイワイやればいいじゃないか」

「お前、ふざけんなよ?」

「え? な、何が?」

「遊んでたら菫が赤点とるじゃねーか! アイツはバカなんだからしっかり教えろ!」

「りょ、了解」

「教えた上で、ちゃんと楽しませてやれよ?」

難しい注文を……。

でもまあ、何だかんだ言いながらも、俺もお泊り勉強会が楽しみではあるけれど。

「ところで苺」

「あんだよ?」

「何だかんだ言いながらも、今でもイチゴパンツ履いてんだな」

さっき蹴りを入れられた時、ちらりと見えたのは恐らくイチゴ。

「なっ、ななっ、何を!?」

苺が苺みたいに顔が真っ赤だ。

「落ち着け苺」

「イチゴじゃないしっ!」

「お前は苺じゃないのか」

「さくらんぼだしっ!」

「ぐはっ!」

めっちゃ可愛い顔してるのに、男の急所を何度も蹴るのはマジでやめてほしい……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る