現在において全く需要がなくなった魔法使いと私の話。

小さい鯨

第1話 訪問セールス、お断り。

「あの、魔法使い要りませんか?」


さくら荘104号室の玄関先。橙色の夕日が電柱の影を作って、この不審な男の頬に当たっている。


 安倍わこ。大学4年生。21歳。実家を離れて、アパートに一人暮らしをしている私のもとに突然、妙なセールスがやって来た。呼び鈴の音でドアを開けたそこには、この背の高いスーツ姿の若い男が立っていた。


 ど田舎大学のすぐ近くに建つ、このボロアパートに、新聞や牛乳が、訪問セールスに来ることは、この4年間で何度もあった。…しかし、ドアを開けるなり「魔法使い」を売り込んでくるセールスは、初めてである。


「…ま、間に合っています。」


 魔法使い要りませんかって?新手の悪戯か?今日はハロウィンか?…いや、ハロウィンはそんな行事ではない。きっとこの人は所謂、“ヤバイ人”だ。断ったにも関わらず男はこう続けた。


「わたくし、“フジワラ”と申します。要らないなんてそんなことおっしゃらずに、どうか少しだけ話を聞いていただけませんか?」


男は名刺を差し出した。私は、こう言う差し出されるものを断るのが苦手で、街でも配られているビラを受け取ってしまうタイプの人間だ。名刺をとりあえず受け取る。


「うちはセールスお断りしているんです。今、晩御飯作ってる途中なんで、それじゃ。」


 冷静に、なるべく冷たく…。そう思いながらドアを閉めようとすると、


「ちょ、ちょっと待って!こちらをご覧ください!」


持っていたスーツケースから木で出来た杖を取り出した、左手に構えた。…大阪の某テーマパークのお土産か…?と思ってしまったことは内緒である。


「それでは、ご覧下さい!」


そう言って、フジワラと名乗るこの男は手に持った木の棒の先に集中した。


「灯れ!…はい!」


すると、杖の先にボウッと青い火が灯った。フジワラさんは汗をうっすら浮かべている。


「ほら!どうです!」


男は、ドヤ顔で私を見ている。


「…はぁ、マジック…ですか?よく出来てますね、それじゃ。」


何だか呆れてしまった。再びドアを閉めようとすると、フジワラさんは焦りながらドアにすがってきた。


「ち!違います!マジックなんかではありません!これは魔法です!」


男は青い火の灯った棒を私の目の前に持って来てこう言った。…そんなに近いと危ないです!


「僕は魔法使いです。僕は、この魔法の杖さえあれば、どこにでも火を灯すことが出来ます!」


「…。」


そう言われた私は、少し火を見つめた。青い火が煌々と目の前で燃えている。鼻先に熱さを感じる。確かにこれは本物の火だ。


「どうです?便利でしょ!お宅にも一人、魔法使いはいかがですか?」


「…要りません。火を点けるならチャッカマンでいいです。うちには、ガスもありますし。」



フジワラさんは、すごくがっかりしている。




「こんなに…こんなに火出せるんですよ!ほら!」


めげない。この男、鉄のハートである。いくら私に断られてもとにかく火が灯せることをゴリ押ししてくる。


「あの、現実的に魔法使いなんてありえないですよね?それ、その木の棒にタネがあるんじゃ…?」


「木の棒って…!棒って何ですか!これは、杖です!つ・え!タネも仕掛けもありません!これは魔法で、僕は魔法使いです!」


「…あの普通、急にやってきた人が魔法使いなんて言って来ても、誰も信じられませんよ。仮に、魔法使いと言うのなら、火を灯す以外の他の魔法も見せて下さいよ。」



その時、フジワラさんの顔つきが変わった。

怒ったような真剣な表情になり、


「…あなた、今後のために言わせてもらいますが、魔法使いにそれだけは禁句です。魔法使い業界も大変なんです。ハリー○ッターみたいに呪文覚えて、ホイホイたくさん魔法使えるわけじゃないんですよ!」


「ちょっと!気を遣ってその名前だけは言わないようにしてたのに!」


「別に僕は、ハリー○ッターが羨ましいって訳ではないんです!」


「…羨ましそうですね、すごく!」


「僕は火を灯すことが専門の魔法使いなんです!」


「火を灯す専門?」


「はい。」


…。



「…要するに、火を灯す以外、他の魔法は使えないってことですか?」


「……ん、まぁ、そういうことです。」


「…警察呼びますね。」


「えっ、あ、ちょっと待って!なんと今なら1週間お試しキャンペーン実施中です!」


「魔法使いの一週間お試しってどういうことですか?あなたドモホルン○ンクルか何かですか?」


「…つまり、あれですか、僕が色んな魔法使えたら良かったんですか?」


「いや、そう言うことじゃなくて。」



「こっちは『火を灯す』を習得するのに、700年かかってるんですよ!」



「700年もかかるんですかそれ!コンビニでライター買って来た方が早いですよ!」



「人の魔法をそこら辺のコンビニのライターと一緒にしないで下さい!僕は今年で1300歳の魔法使いなんです。平安時代生まれで10歳の時、魔法使いになることを決心し、“己の死”と引き換えに永遠の命を得ました。修行を700年かけて行い、手に入れたのがこの、火を灯す魔法。この努力をコンビニのライターなんかと一緒にするなんて!酷すぎます!…ちなみに、藤原道長とタメです。」


「ちょっと、ビッグネーム出しても騙されませんよ!…中二病全開の設定ですね!」


「設定ではありません!事実です!」


「とにかく、魔法使いもマジシャンもうちには要りません。間に合ってます!」





 その時、突然雷がなり、部屋の電気が全て落ちた。


「え、やだ停電…?」


時刻は19時を回った。真夏の田舎のおんぼろアパートは闇に包まれた。雨音が聞こえはじめて、激しくなっていく。私は暗いのが苦手だ。


「…文明がいくら進んでも変わらない物があるんです。それは、人が暗闇を怖いと思う気持ちです。」


フジワラさんはしっとりと語りだした。


「私の生まれた平安時代、火をおこすのは大変なことでした。夜は今みたいに街灯などなく、月の明かりとろうそくの炎だけが闇を照らすモノでした。」


「…。」


「私はそんな人々の役に立ちたくて、希望を灯す光になりたくて、火を点ける魔法の修行を行いました。700年、とても大変でしたが、皆の喜ぶ顔が見たくて…。」


暗いため、フジワラの顔は見えないが、絵本でも読み聞かせるような優しい声だ。


「魔法を身につけた後、私はある理由で、470年間眠り続けました。そして3年前、その眠りから覚め、今に至ります。文明は変わり、ボタン一つで、電気も火も灯る世になったけれど…。」


「…フジワラさん。」


 話を聞いているこちらまで切なくなってきた。人の役に立ちたくて魔法使いになって、やっとのことで身につけたのに。目が覚めたらそれは必要とされない力になってしまった…。かわいそうだ。


…ごめんね、チャッカマンがあるからそんなの要らないなんて言って。


「今、貴方のために、火を灯しましょう。」



フジワラさんが杖を振りかざしたその時、パチッと部屋の明かりがついた。…どうやら、電気が復旧したようだ。


フジワラさんの杖先の青い炎が、LEDの光の下で、切なく揺れている。



「…。」


「…。」



目が合ったまま、気まずい時間が流れる。




フジワラさんのお腹がぐぅーっと鳴った。




「…あの、フジワラさん、火のお礼に良かったら夕ご飯、一緒にいかがですか?」



「そんな!お礼など。僕の火は意味を為さなかったではないですか。」



「…いいえ、貴方のおかげで暗闇がちょっとだけ怖くなかったので。」



フジワラさんは、すごく嬉しそうに微笑んだ。少年のような無邪気な笑顔。本当にこの人は1000歳を超えているのだろうか。



「貴女のお名前を伺っても良いだろうか?」


「安倍わこです。」



後にらこの哀れな魔法使いに、一夜の晩餐を恵んだことを、私は後悔するようになる。



これが、現代社会において全く需要のなくなった自称魔法使いと、私の出会いである。

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現在において全く需要がなくなった魔法使いと私の話。 小さい鯨 @chiisaikujira

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