件6 オオサンショウウオと愛
「オオサンショウウオって何?」
「何かと思ったら、それか。うちのぬいぐるみだろうよ」
美樹くんは、伸びていた髭をカットしたり剃ったりと忙しい。
「えー!」
「お前が子どもの代わりとぬいぐるみを欲しがっていただろう? 山程あるよ。その一つだよ」
あったような、なかったような?
オオサンショウウオ?
ああ、南にある水族館で売っていたのかな。
でも、三行半には疑問が残る。
「だって、子作りをするって。ぬいぐるみだよ?」
美樹くんは、つっと、テレビにリモコンを向けた。
「ぬいぐるみの綿を分けて新しく作るんだよ」
私は、はっとした!
日中は、夫が居ない。
子どもが欲しくても、自分にはできないと分かっていた。
薬の飲み過ぎで。
でも薬がないと危ないので、妊娠中も使った。
「ああ、そんなこともしていましたね。若い頃は」
「ははは、しっかりしてくれよ」
山積みの本の中から、彼は一冊の緑色を選んだ。
「ごめんなさい」
俯く私の膝に本をのせられてしまった。
「これ、オススメだよ」
「又、新しいの買って読んでいるんだね。美樹くんのラノベ好きにはかなわないや。段ボールは、仕送りの米の代わりに本が入って行くんだよね」
私は、そこまで話すと彼に赤面した。
彼は、微笑みを湛えている。
え!
素直な表情もできるんじゃない。
「開いていいかな? 新刊ですか?」
彼が首肯するのを確認して開いた。
これは、メルーナ国で見掛けたあの本。
緑の表紙に水色の見返しがあるからそっくりだ。
シバタ・ミキとだけ表紙にあった。
「真の無題ですね!」
「あれ? 温実ちゃん、何で知っているの?」
世間は狭いよと笑いたくなっちゃった。
「ミリヤさんの旅籠で見掛けたのよ」
「温実ちゃんが読むことになるとは。実は俺は井戸屋になる前、かの地での知識を活かして本を書くことに決めてさ、修道院へ入って、説話などを書き留めたりしていたんだ」
ふーん、ラノベ調だとは思っていたけれども。
「緑は九十九里浜の山々、水色のビキニ、それらを本の色で語れたらそれでいいと思って」
割と、ロマンティックなのね。
「緑色の本に、タイトルを付けるとしたら、何になるの?」
「無題でいいのだけれども。考えてくれない? 温実ちゃん」
「そうね――」
私は、テーブルの傍らにあったメモ帳に書いた。
『転生したらラノベ好きの夫になっていた件』
「ほうほう。中々、いいじゃないか。つまりは、中の人、温実ちゃんが主人公か」
「あら、すみませんね。主役になったの初めてかな? 筆者名は、ペンネームにしなさいよ。『くじゅうくり
「それって可笑しくないか? 温実ちゃんにセンス欲しいよ、はは」
「野菜の名前がペンネームな人もいますよ」
「成程、『転生したらラノベ好きの夫になっていた件』か。これ、シリーズにすれば、少しずつ書けると思うよ」
美樹くんは、暫し考えたあと、メモ帳に書いて鼻を膨らませていた。
「ジャジャーン! 『転生したらラノベ好きの夫になっていた件~メルーナ編~』で、どうだ!」
美樹くんたらっ。
赤ちゃんの命名みたいに、わざわざ筆ペンを使って書いてくれた。
「メルーナ国、いい所だったね。想い出の一頁に一つあってもいいと思うよ」
私は、自分のお湯のみが空になったので、席を立った。
「……俺がお茶を煎れるよ」
「うううん、自分のだから」
「いいんだよ。夫婦だろう?」
あのとき、妊娠した子どもは、流れてしまった。
けれども、私には美樹くんが傍にいてくれる。
こうしてぎゅっと抱き締めてくれるんだ。
だから、これからを大切に生きたい。
メルーナ国へは行けないけれども、あの本は欲しかったな――。
Fin.
転生したらラノベ好きの夫になっていた件~メルーナ編~ いすみ 静江 @uhi_cna
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