虹を見にいこう 第3話『一〇〇三号室の怪』
なか
Chap.3-1
「ちょっとあんた達……よくこんなプロフィールでやっていけてるわねえ」
リビングのソファで缶チューハイ片手にスマホをいじっていたリリコさんが、呆れた声を僕らに向ける。出会い系アプリに僕とユウキが登録したプロフィールをリリコさんからバカにされていた。平日の夜、夕飯も済んで、タカさんがお店に出勤した後だった。
「でもぼくの方が、一平くんのプロフィールよりはマシだよね?」
ユウキがこちらを見て牽制をしてくる。ムッとして反論した。
「何言ってんだ。ユウキのこのプロフィールを見て、いったい誰が連絡しようって気になるんだ?」
僕とユウキの間に火花がバチバチと飛び交う。
「最初に連絡してきたの一平くんのクセに」
「そ、それは……僕もまだアプリの使い方がよくわからなかったからで」
「ユウキ、三十五点。一平は、まあ四十点ってとこかしらねえ」
リリコさんが鼻先で笑うように言う。
「ちょっと! ふざけないでよ。何でぼくの方が点数低いのさ」
口をとがらせるユウキ。僕は当たり前だと腕を組んで見返してやった。
「その態度ムカツクんですけど!」
ユウキと今にもつかみ合いのケンカになりそうなところで、リリコさんに、
「そういうのをドングリの背比べっていうのよ」
とため息をつかれる。
「一平とユウキがお互いに気づかないまま、メッセージしてたのを聞いたときには、相当ウケたけど。よくこんなプロフィールで、一平も会う気になったわよねえ。地雷ばっかりじゃない。まずニックネームの『ゆうくん』ね。自分のこと『くん』づけにしてる時点でそもそもアウトよ。ナルシスト傾向が強いヤツは面倒。それに『連絡もらえたら尻尾振って喜びます』とか、『人見知りなのでこちらから連絡できません』とかナニサマ? そんなの一部のイケメンにだけ許された特権よ。あと『いろいろ募集してます』て腹立つわねえ。セフレ募集ってハッキリ言いなさい。ユウキの点数を低くしたのは、そのかまってちゃんオーラが鼻につくからです」
「そんなあ。だってセフレ募集なんて品がないよ? ハッキリ言えないオトメゴコロ的なさあ」
ユウキがショボンとする。
「あたしは事実を言ってるの。あんた、もう若さで売れる歳じゃないのよ。いい加減、現実を見なさい。それに一平」
と僕に矛先が向く。
「メッセージを送って一週間も返事がなかったんでしょ? そんなやつは完全にNGよ。他人の気まぐれに構っていられるほど、あたし達もヒマじゃないんだからね。面倒くさい男に決まってるわ」
「確かに」
当たっていると、ユウキを見ながら肯く。当のユウキはリリコさんの「もう若くない」という言葉に相当心をえぐられたようで、焦点の定まらない視線を宙に漂わせながら「ぼく、まだ二十六歳だもん」と呟いている。
「出会いは戦場と思いなさい。事前にできる努力と準備をおこたらず、いつやってくるかわからない一瞬のチャンスを逃さず、力づくで掴み取りに行くの」
気がつくと僕達は、リリコさんの前で正座をさせられていた。平日のリリコさんはメイクをしていないのでいわゆる男装姿だが、足を組んでリビングのソファに座る姿はまるで女王様。
「ユウキは詐欺画で盛り過ぎだし、一平に限っては別人の写真だし。出会いアプリでプロフィールと顔写真は命でしょ? 会ったときにギリギリ別人と思われない詐欺画にするのがコツなのよ。リアルでブサイクなあんた達の顔を『あ、でも写真の面影があるかも』と思わせたらコッチのものね。アプリを通して相手が抱いた幻想がリアルの顔を補完してくれるってワケ。プロフィールの文章もそうよ。相手の想像力を刺激するの。もしかしたらイケメンかもしれないって」
リリコさんはひとり悦に入っている。鼻息も荒い。
「とにかく。めえいっぱいオメカシしてプロフィールでアピールしないでどうするの?」
「オメカシって、リリコさんの化粧みたいに?」
「そう。別に女装しろってことじゃないわよ。心にシャドウをひくの」
プッとユウキが吹き出した。
「やだなあ、それ。暑苦しい」
リリコさんは無言で立ち上がると、ユウキの正座する膝と膝の間に、自分の片膝をドシンとついた。
「どういう意味?」
めちゃくちゃ顔が近い。リリコさんの唇がユウキの顔に触れそうな距離だ。
「な、何でもありません」
ユウキは息を詰めて首を左右に振った。
「よろしい」
そうリリコさんが満足げに肯いた瞬間だった。
リビングやキッチンの照明が一斉にドゥン! と音を立てるように消灯した。何事かとみんなの動きが止まる。照明だけじゃなかった。エアコンや空気清浄機、洗面所で誰かが使っていたドライヤーの音も消えた。
僕らの横で黙々と携帯ゲームをしていたチャビの手元だけが青白く光り、ちょっと不気味だ。携帯ゲーム機は充電式だから停電も関係ない。チャビの不安そうな顔が暗闇に浮かび上がっていた。
「ブレイカーが落ちちゃったんですかね?」
自分のスマホをズボンのポケットから取り出すとライトを起動させた。ぼんやりみんなの顔が見える。
「ちょっと、誰よ? エアコンつけっぱなしで、電子レンジとドライヤーを同時に使ったらダメじゃない。あたしのあのドライヤー、プロ仕様で超パワフルなんだから」
リリコさんが言う。
「エアコン切れちゃうと暑いねえ」
チャビが湯だったタコのような発言をする。太っている分、チャビは人よりだいぶ暑がりだ。この数日、エアコンの風の当たる位置に無印で買ってきたクッションを置いて、ほぼそこだけで暮らしていた。
「ブレーカーを上げてきますね」
と立ち上がる。
「みんな、ブレーカ入れる前に、切れるスイッチはオフにしておくのよ」
「ハーイ」
リリコさんがユウキとチャビに指示する声を背に、玄関へ向かう。ブレーカーは玄関の壁際にある。洗面所の横で「おや?」と思った。ドライヤーは誰が使っていたのだろう。洗面所には誰もいない。まさか、ずっと切り忘れてたワケじゃないよね?
カチッ。
水色のブレーカースイッチをオンにするのと同時に、リビングに明かりが灯った。
「一平くん、オッケー!」
ユウキの声が聞こえてくる。電気の使い過ぎには注意しないと。夏場はエアコン代だって高くなるし、ブレーカーが落ちるほどガンガン使っていたら、いくら光熱費は折半とはいえ、おサイフに優しくない。地球にも優しくない。
「あーあ、電子レンジであっためてた肉まん、あと何秒かわかんなくなっちゃった」
リビングへ戻る途中、チャビの悲しそうな声がキッチンから聞こえた。チャビの肩越しに電子レンジの中を覗いた。
「やり過ぎると固くなっちゃうもんね」
レンジの中にはまだ温め不十分な肉まんが鎮座している。
「どうしよ」
「こうするといいよ」
キッチンペーパーを一枚、水道の水で湿らすと、レンジから取り出した肉まんを包んで、さらにその上からラップを緩めに巻いた。
「これで多少やり過ぎても、固くはならない。あと五分くらいかな」
「わ、ありがとう。いっぺいくんってすごいなあ。何でも知ってて」
「何でもは知らないって。一人暮らしが長かっただけだよ。僕よりタカさんの方がよっぽど――」
と、手を頭の後ろにまわして照れているのに、すでにチャビは聞いていなかった。満面の笑顔で、レンジのつまみを操作している。ハイハイ、肉まんの方が大事ですよね。
Chap.3-2へ続く
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