9-9 もうここには、居られない

■■■


 プロジェクターのように映し出されているのは、僕目線で幸民隊の隊長――美山翔に斬りかかる瞬間だ。


相牙そうがああぁぁあっ!』


 美山翔もまた、僕に向かって駆けていく。

 刀を振り下ろすその瞬間――。


「もう勘弁したってくれ」


 関西弁の男の声が顔の上で聞こえ、僕の胸の上にいる射影兎が持ち上げられる。

 過去の映像はぷつりと途絶え、元の襖だけが視界に残った。

 金縛りから解放されて身動きが取れるようになり、上体を起こす。


 だが、彼らと――少年少女と顔を合わせることが出来ない。

 どんな表情で僕を見ているのか。確かめるべきなのは分かっているが、それが出来ない。


「……嘘をつく人は、嫌いだ」


 少年の声が、鼓膜に響く。

 だが、その声に何も言葉を返すことが出来ない。


 この平穏は結局、嘘で塗り固めたものだった。

 自身を守るために、僕は過去から逃げ回りながら姫宮家ここに居座った。

 時間にして、約二ヶ月近くそうやって過ごしてきた。

 それが今、全て崩れ去ってしまった。

 いずれは崩れ去ってしまうと分かっていながら。


「…………」


 僕の隣で射影兎を抱えたまま、黙って立っている友人。

 彼も何も言えないでいたようだった。


 土砂降りの雨は未だ止まず、むしろその勢いは増していた。


「……真田」


 震える少女の声が、僕の名を呼んだ。だが、やはりその顔を見ることはできない。


「こっち見てよ、真田」


 もう一度、少女は僕を呼ぶ。


「真田っ!!」


 声を張り上げ、再び僕を呼ぶ。


 僕はその声に応えることができず、立ち上がって少年少女に背中を向けた。


「宗治、お前――」

「もうここには、居られない」


 縁側の下にある靴を履き、傍に置いた刀を手に取り立ち上がる。


「僕は、見ての通りの罪人で――偽善者だ」


 刀を腰に差し、やっと僕は彼らに顔を向けた。 


「これで、お別れです」


 姫宮家の用心棒として迎えてもらったときのような、そんな表情。

 僕が得意な、愛想笑いだ。


 ぬかるんだ地面を歩いていく。

 中庭を出て、行くあてもなく歩いていく。


 こうして、僕の姫宮家での平穏な暮らしは幕を閉じた。

 ――いや、元の放浪生活に戻っただけだ。

 そう、元の生活に。


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