7-9 可愛い相棒
■■■
翌朝。
ぱちりと目が覚める。
小鳥のさえずりが聞こえ、窓から朝日が差し込む。
なんて心地の良い朝だろう。
僕は珍しく朝日と共に目覚めることができた。
が。
「……息苦しい」
気のせいだろうか、今日はやたらと布団が重い。
身体を起こそうにも、布団が物理的に重くて起き上がれない。
一体、どういうことだ。
「きゅっ♪」
布団の向こうからひょっこりと顔を覗かせる白竜。
なんと愛らしい事か。彼が僕を起こしてくれたのだろうか。
「おはよう、白竜」
「んきゅうー」
嬉しそうにすり寄る白竜。
だが一つ、僕は白竜にお願いしたいことがある。
「その……ごめん、すごく重たい」
「くるるぅっ!」
やはり人の言葉が分かるのだろうか。
白竜は慌てて僕から降りてくれた。
「ありがとう。君は賢いな」
翼を控えめに動かし、白竜は喜びを表現する。
「やっぱり君は、僕の言葉が分かるのか」
「……きゅう!」
返事をした……!?
やっぱり、人の言葉を理解している。
なんて賢くて可愛い竜なんだ……!
「そう、そうか……へへ」
思わず表情が緩んでしまう。
こんな腑抜けた表情はきっと他の人の前では見せられないだろう。
「真田―、そろそろ起きて――」
「あ、おはようございます、姫奈ちゃん」
僕が挨拶した瞬間、姫奈ちゃんはピタリと言葉を止めてしまった。
しばらく訳の分からないものを見てしまったと言わんばかりの表情で固まる少女。
数秒間の沈黙の後、ようやく姫奈ちゃんははっと気が付く。
「真田が……あの真田が朝に起きてる……??」
「ええ。今日は白竜が起こしてくれたんですよ」
きゅるきゅると鳴いて胸を張る白竜。
感情表現も人と似通っていて、とても分かりやすい。
「そっか、白竜は真田の部屋で寝てたんだっけ」
「はい。おかげで良い朝を迎えることができました」
「へぇ、ぶっ叩かずに真田を起こせるなんて、やるじゃない」
そう言って、姫奈ちゃんは白竜の首を撫でる。
気持ちよさそうに目を細める白竜だが、その身体には痛々しい火傷あとがまだ残っている。
「しばらくは
「そうですね。大きい身体には窮屈かもしれないけど……少しの間よろしく、白竜」
白竜は猫が喉を鳴らすときのように鳴き、僕に擦り寄る。
「なんかペットみたいに懐いてるわね。名前とか付けないの?」
「名前……かぁ」
確かに彼には名前がない。自称飼い主の早川も白竜と呼んでいたことから、誰にも名付けられていないのだろう。
せっかくしばらく一緒に過ごすのだから、名前くらいは付けてあげてもいいのかもしれない。
「……ラズって名前はどうかな」
「……ラズ? どっから出てきた名前?」
訝しげに眉をひそめ、姫奈ちゃんは尋ねてくる。
「何となく、パッと浮かんだ響きだよ」
「響きは悪くないけど……白竜、どう思う?」
今度は白竜に尋ねる。
当の白竜はくるくると穏やかに鳴き、喜んでいるように見える。
「嬉しいみたいですね」
「まあ……本人が良いって言うなら、いいんじゃない?」
姫奈ちゃんは、少し納得のいっていない表情を浮かべながらゆっくりと頷いた。
こうしてラズは、火傷がある程度治るまで僕の部屋や中庭で過ごすこととなった。
基本的に大人しく、姫宮家の人間には全く危害を加えることはなかった。
僕に甘えてきたり、訪ねてきた隆一にイタズラをしかけたりと、人の子のように無邪気だった。
あのナイフのおかげだろうか、共に過ごした数日間はとても友好的だった。
だけど少しだけ、不思議な出来事があった。
ラズが姫宮家に来て五日目のことだ。
僕が依頼で出かけ、夕方に帰ってきたとき。
「ただいまー……あれ、ラズ?」
ラズがいなかった。
部屋には気配がなく、中庭にもいなかった。
皆にも聞いてみるが、知らないと言う。
しかしその翌日、ラズは中庭に現れた。
いつものように僕に擦り寄り、挨拶を交わす。
「どこに行ってたんだよ、心配したんだぞ」
そう言っても言葉を話すはずはなく、ただ口に咥えた小包を僕に押し付ける。
「これは……?」
じっとこちらを見つめ、小包を開けるのを待っているラズ。
催促の視線に耐えかね、僕は丁寧にラッピングされた小包を広げる。
「……タルト系のケーキ、かな」
タルト生地に、桃色のムースを流し込んだお菓子のようだ。
苺のような甘さに、桜の花のような控えめな上品さを加えた香りがする。
「これ、食べてもいいの?」
ラズはゆっくりと瞬きをする。
肯定の意を示していることを確認し、僕はお菓子を口に運ぶ。
「……あ、美味しい」
優しい甘みに、少しの酸味。
香りから想像した味とほぼ同じで、違和感なく食べられる。
もう少し欲しい、と思う頃には既に食べ切ってしまい、程よい物足りなさを感じる。
「ごちそうさま、ありがとう」
嬉しそうに尻尾を振り、ラズはいつものように僕に擦り寄る。
そのとき。
とくんと、ほんの少しだけ心臓が跳ねる。
本当に、本当にほんの少し。
ラズがもし、もしも人間の女の子だったとしたら。
何故か僕は、一瞬だけそんな考えがよぎった。
もしも“彼女”が、僕のためにこのお菓子を作ってくれたのだとしたら。
――それはとても、素敵なことではなかろうか。
「きゅ?」
だがそんな考えは、すぐに掻き消してしまった。
そんな想像は何の得にもならず、無意味だからだ。
ラズという名の白竜が、僕にお菓子をくれた。
その事実だけを僕は受け入れた。
「いや、気にしないで。ありがとう」
「きゅ……きゅう??」
ラズは心底不思議そうに僕を見つめる。
だが、やはり先ほどのような……その、所謂トキメキめいたものを感じることはない。
きっと依頼で疲れているのだろう。僕はそう思うことにした。
「真田さん、おかえりなさい」
「ああ、リリアンさん。ただいま戻りました」
縁側からエプロン姿のリリアンさんがやって来た。
どうやら夕飯の準備中のようだ。
「ホットミルクを入れました。よろしければいかがですか?」
「ありがとうございます。今日は冷えるので、とてもありがたいです」
ふわりと笑みを浮かべる彼女に、僕もつられて笑う。
リリアンさんのこういう細かな気遣いが、町の男性を惹きつけるのだろう。
やっぱり、変な人に何かされないか心配になる。
「さて、中に入ろうか……」
声をかけ、振り返った時。
そこにはラズの姿はなかった。
「ラズ……?」
涼しい風が、夕日も届かない薄暗い空間を通り抜ける。
肌寒さを感じ、僕は足早に家の中へと入っていった。
それ以来、ラズの姿は見ていない。
またいつか会える日を望んでいるが、向こうからはもうこちらへと訪れない気がした。
出会いは別れの始まり。
誰かが言ったその言葉を、今は信じたくない。
この言葉が本当だとしたら。
今の
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