1-4 気だるげ少年の心の内
「今日はいつにも増してガッツリした朝食だったね。何かあったの?」
「たまたま良い材料を手に入れる機会があったのです」
朝食後、姫奈と龍斗、赤い髪の男は、居間で冷たい麦茶を飲んでくつろいでいた。
陽が昇るにつれて暑さが増し、たとえジョークでもホットミルクを飲めるような気温ではなくなってきた。
一方リリアンは、居間の隣の台所で、朝食の片付けをしていた。
その後ろ姿は、まるで母親のようだった。
「龍斗はこれからどうするの?」
「オレはちょっと昼から出かけてくる。んで、帰ったら一晩こっちにお邪魔して――明日からまた兄さんを探しに行く」
龍斗は気だるそうに頬杖をついて、山の方を見て言った。
その気だるそうな態度は、疲労によるものなのか、はたまたご機嫌斜めなのかは、男のような初対面の者には判断しかねるものであった。
「出かけてくるって、どこ行くの?」
「まあ、ちょっとな」
姫奈はそんな龍斗の態度を気にも留めず、話を続ける。
姫奈が全く動じず話しているところを見る限り、どうやら少年のこの態度はいつものことのようだ。
「龍斗くん、盗賊に気をつけてね」
「オレ、あんたに心配されるほど弱くないんで」
龍斗は、男の言葉に対して反抗的な態度を示す。
男はそんな少年の態度に、少し困ったような笑みを浮かべた。
「それでは、ちょっと部屋で休ませてもらいますね」
男は若干ふらつきながらゆっくりと立ち上がり、廊下へ出る。
姫奈は、部屋へと向かう男におやすみと声をかけた。後片付けをしていたリリアンもごゆっくり、と声をかけ柔らかく笑う。
「龍斗くんも少し休まれてはいかがですか? 姫奈ちゃんの隣の部屋、空いてますよ」
ああ、とぶっきらぼうに龍斗は答える。
そして、少し遅れてどうも、と頭を下げた。
「じゃあアタシ案内するよ。ついてきて!」
姫奈は龍斗の背中をぐいぐい押して、部屋を出て行った。
「相変わらずね」
姫奈は、自分の後ろを歩く龍斗に言う。
「何が?」
「不器用だなーって。愛想がないっていうかさ。これもコミュ障の一種なのかな」
うるせぇ、と龍斗は前を歩く姫奈の頭を小突いた。
「いったぁ……暴力反対!」
「お前が先に言葉の暴力を振るったんだろ」
「アタシは事実を言っただけよ」
言い合いをしながら横幅の狭い階段を上っていくと、右手に二つの扉が並んでいた。
「手前があたしの部屋。さっき喋ってたとこね。奥が空き部屋。好きに使っていいよ」
奥の部屋の扉を開けると、そこは家具も何もない、ただ群青色の絨毯が敷かれているだけの殺風景な空間だった。
しっかり掃除がされているのだろう、絨毯に埃がかぶっているということもなく、何の問題もなく過ごせそうな部屋だ。
二人は押入れの布団一式を抱えて、部屋の隅に置いた。
「まあ、あんたのそういうとこアタシは別に嫌いじゃないけどさ」
「え?」
さっきの話、と呟くと、姫奈は畳まれた布団に寄っかかった。
そして、龍斗のいる方向とは逆に顔を向けた。
「あのさ、姫奈」
龍斗も同様に布団に背中を預ける。
彼もまた隣の姫奈と逆を見て、姫奈に話し始めた。
「お前にだけ伝えておきたいことがある」
え?と、姫奈が顔の向きを龍斗側に向けると、龍斗と真っ直ぐに目が合った。
お互いの顔までは人の頭一個分くらいの距離しかなく、二人は慌てて天井を見つめた。
「俺さ……」
ごくり、と唾を飲む音。
それは姫奈の緊張を尚更煽った。
「な、何よ」
「笑わないで聞いてほしい」
姫奈はこくりと頷き、静かに彼の次に続く言葉を待った。
「力試しがしたいんだ」
へ?と思わず姫奈は聞き返した。
二十秒ほど待っただろうか、逃げ出したくなるような緊張状態の雰囲気を耐え抜いて聞いた言葉は、一言で理解できるものではなかった。
龍斗はそんな姫奈の様子に気付き、話を続ける。
「つまりさ、盗賊のところに行こうと思ってんだ」
「龍斗、あなた何を――」
姫奈は再び龍斗の方へと顔を向ける。
彼は、強い眼差しで天井を見ていた。
「あいつは、三人の盗賊を一瞬で気絶させた。俺だったら、どこまでやれるんだろうって思ってさ」
そう話す龍斗に対して、姫奈は続けようとした言葉を飲み込んだ。
「通りすがりのあんな男に出来るようなことが出来ないようじゃ、せっかく兄さんを見つけられても合わせる顔がないだろ?」
龍斗は自嘲気味に苦笑ってそう言ってみせる。
そんな顔を見て、姫奈は彼の心境を理解した。
助けてもらった男に対しての態度は、ここから来ているものであったのだ、と。
「俺はさ、幸民隊だった兄さんにとって誇れる弟でいたいんだよ」
少年は、非常に悔しかったのだ。
盗賊に反撃もできず、男に助けられてしまったことが。
「だからさ、止めないで欲しいんだ」
少年の想いを十分すぎるほどに知った少女は、何も言わなかった。
そう、少年が想像する以上に、少女は少年の想いを知ったのだ。
正確には、少年の知らない事を知っているがために、彼の想いを倍以上に受け止めたのだ。
姫奈は何も言わずに立ち上がると、部屋のドアの前まで静かに歩いていった。
ドアノブを捻る音が、小さな部屋に響く。
「ちゃんと帰ってきてね」
ドアがパタンと閉まる寸前に、少女はその一言だけを少年に告げて部屋を出た。
■■■
「――バカなんじゃないの」
自室に戻った少女はぽつりと呟き、楕円形の翠色に輝くペンダントを両手で握りしめた。
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