第2話“組織”との接触

あれからおかしなことが起きるようになった。

野球でアウトを取ることが簡単になってしまった。


やり方は簡単。イラっとした時に抱く、ちょっとした「死ね」という感情を打者に対して向けて投球をするだけ。

野球のアウトは「死」という言葉を使い「1死(1アウトのこと)」と表現されたりするが、それも関係あるのだろうか。考えすぎかな…


大矢は元プロ野球選手が立ち上げた軟式野球のクラブチームに所属し、週末は野球をすることが多かった。ポジションは投手で、プロ目前までいった実力もありエースに君臨したが、完全に治っていないイップスに苦しんでいた。

相手も企業チームばかりでレベルが高く、アウトを取るのは簡単ではなかった。


しかし、あの不可解な事件以来、アウトを取るのが簡単になってしまったのだ。

それに気付いたきっかけは、ある日の試合でのワンシーンだった。


イップスの症状で暴投してしまった大矢は、次の打者から自身を馬鹿にするような態度をとられ、ついイラっとして「死ね」と思いながら投球した。平常心で投げない大矢の投球は不安定で、制球を乱していたにもかかわらず、相手チームの打者は次々にボール球に手を出して三振した。


結局それ以降、ヒットどころか誰もバットにボールを当てることができず試合終了となった。


それからというもの、大矢はあの日出会った白髪コートの男性の言葉で頭がいっぱいだった。


「あのシラガ爺さんは『“言霊”の使役』と言っていたが…使役ということは何かしらの存在を扱っているのか…?“言霊”というからには言葉を発した時に何かが出ると思っていたが、“言霊”自体は能力が発現した時のきっかけの表現に過ぎないのか?」


河川敷で一人思いふけるも考えがなかなかまとまらない。


「もし、言葉を発しないと能力が発現しないとしたら、あの亡くなった女性は自分の“言霊”を口にはしていないし…すると、“言霊”の類の感情を抱いた時点で少なからず効力を発揮することが考えられるけど…」

「なかなか鋭いな」


振り返るとあの白髪コートの男性がいた。


「いつからそこにいた、シラガ爺さん。全く気配を感じなかったぞ」

「シラガ爺さんではない。広橋隆(ひろはしたかし)だ。

君の能力は非常に面白いからちょっと様子を見に来たのだよ」

「答えになってねぇぞ。俺は名前や行動を聞いているんじゃない。いつからそこにいたか聞いてるんだよ」

「私が『“言霊”の使役』と言っていた、と回想しているくらいかな」


言葉が出なかった。

その回想時点の大矢は完全に一人だと思い込んでいたし、何よりもこんな見晴らしの良い河川敷で人が近付いて来たのに気が付かないはずがなかった。

大矢自身、投手での経験や相手チームの偵察の経験から、人の観察や気配に気付くというスキルは人より長けていた。それなのに気付くことができなかった自分に言葉を失った。


考え込み過ぎて周りが見えなかったのか、と大矢は思った。


「落ち込むことはないぞ。それと考え込み過ぎて周りが見えなかったわけでもない。これが私の能力だ」

「何?気配を消す能力か?しかし、なぜ俺の考えていることがわかるんだ。それも能力か!」

「そう声を荒げるな。いずれわかる時が来る。そして、今日の推理なかなか見事だった。おおむね間違いではない。

ただ、君はまだ能力が覚醒しきっていないから身体能力の向上も見られない。今から厄介な来訪者が来るから気を付けるのだぞ。

私は面倒事が嫌いだから今日のところは帰るが…死ぬなよ」

「おい、待て!話はまだ終わって…」


そう言いかけた時には、広橋の姿はなかった。


「なんだよ、いきなり現れて好きなだけしゃべって消えやがって。しかも厄介な奴が来るって、厄日かよ今日は」

「厄介な奴が来るとは、まるで私が来るのを予知していたような言い方だな。浦田大矢」


振り返るとスーツを着て眼鏡をかけた、いかにもインテリヤクザのような男が立っていた。


「浦田大矢。これから貴様がどれだけの素材か“視させて”いただく。ボスが期待した素材だから楽しみにやってきたが、簡単に死んで私を興醒めさせるような真似だけはしないでくれよ」

「おいおい、ボスだか何だか知らねぇが、勝手に盛り上がって…」


ドスッ…

拳が深く大矢の腹にめり込み、そのまま数メートル吹き飛んだ。


「クソ…がッ…!」

「ほう、これくらいの打撃に耐えるだけの耐久力はあるのか。まだ身体能力は全く覚醒してないように“視えた”が…殴られる瞬間にでもちょこっとだけ覚醒したか?

フッ…確かに面白い素材みたいだな」


不気味な笑みを浮かべ、その男は数メートル先から一瞬で懐に飛び込んできた。

大矢は、間一髪でその一撃をかわし、すぐ近くに落ちていた鉄パイプを拾い上げ男に殴りかかった。


「“視えて”いるぞ!浦田大矢!!!」


簡単に避けられ、もう一発を浴びる大矢。

思わず吐血し、膝をついた。


「クソ…こうなったら…使いたくはなかったが、使うしかねぇか“言霊”を。上手く扱えるかも怪しいし、本当に俺の力で人を殺せるんだとしたら…いや、このままじゃ俺が死んでしまう。『殺られる前に、殺れ』だ」


大矢は大きく息を吸い込んだ。

男はそれを“視て”20m程の距離を取った。

そして、大声で大矢は叫んだ。


「“死ね”~~~~~~~~~~~っ!!!」


しかし、スーツの男は何ともない。


「ふはははっ!!!“視えて”いると言っているのだ。浦田大矢!

貴様の次の行動が何か、全て“視える”。それが私の言霊、“視る”を冠する能力だ。

そして、もう一つ。貴様の射程距離は約20m。言霊の発現直前に距離を取ってしまえば能力の影響はない。

貴様の言霊は、射程範囲内にいるだけで死んでしまうかもしれない強力な能力だが射程距離が“視えて”しまった以上、覚醒しないと私には勝てない。」

「嘘…だろ…」


最早、大矢に為す術はなかった。


「それともう一つ、今日が貴様の命日になるだろうから教えてやる。“言霊”とは本来、使役者ごとに何かしらの形を成していて自分の任意で操ることができる。普通、能力者同士ならお互いの“言霊”を視認することが可能だが、能力が覚醒していない貴様は私の“言霊”を視認できないどころか自分の“言霊”さえ形を成していない。

ちなみに私の言霊は“視る”ことから鷹の形をしているが、貴様の“言霊”と違って射程距離は数kmにも及ぶ。といっても、数㎞先のものを見るだけだが、それでも貴様を殺すには充分すぎたな」


どうやっても勝てない。そう悟った大矢は、半ば放心状態だった。


「もう終わりにしよう。いい素材だったが、我が“組織”のボスに紹介するにはお粗末すぎた…」


男が最後の攻撃を加えようとした時だった。


「おーい、そこにいるのは大矢か?なんかボロボロっぽいけど大丈夫か?それとそのインテリヤクザみたいなやつ誰?」


河川敷の上にかかった橋の方から声がした。見ると、そこには幸輔の姿があった。


「幸輔…逃げろ!殺されるぞ」

「ん?何言ってるか聞こえねぇぞ?」

「逃げろって言ってるんだよ!」

「なんて?」

「お友達か…そうだな、殺す前に最高に絶望させて殺してやるのもいいな」


男は幸輔の方を向いた。


「やめろ、あいつは関係ないだろ」

「これは不可抗力だよ。悪く思わないでくれ」

「やめろ!おい、やめろ!!!」


男は一気に橋の上まで跳躍し、拳を振り上げた。


「悪いね、お友達のために死んでくれ」

「えっ…」


拳が振り下ろされた、次の瞬間…


「“死ね”」


突然、男の後ろに大矢が現れ、男が幸輔を攻撃するよりも早く男の腹に大矢の拳がめり込んだ。


ズーンッ…

地響きと共に、男は河川敷の地面にめり込んだ。


「大矢…これは…」

「事情は後で説明する。少し待ってくれ」


そう言って大矢は、再び河川敷に降り立った。


河川敷に降りると大量の血を吹き出し、立ち上がろうとする男がいた。


「ゴフッ…なぜだ…さっきまで覚醒なんかしてなかった男が、なぜ」

「てめぇのおかげだよ。最高に絶望させてくれたおかげで覚醒できた。

爺さんの言っていた『ある一定の極限状態、もしくは“言霊”の能力を持つものと接触した時』に能力が生まれるってのは本当だったようだ」

「クソッ…誰かに仕込まれていたのか」

「仕込んじゃいねぇさ。俺もそいつのことはよくわかってない。しかし、お前に会ったおかげで、自分の能力の事だけはよくわかったぜ。野球のアウトも20m以内、厳密には18.44mだから能力を発揮できた。

元々は、そこからきた能力なのかもしれないな」


さらに血を吐いて仰向けに倒れこむ男。


「貴様の言霊を受けたからには、俺はもうそろそろ死ぬわけだな」

「死なねぇさ。その点も、お前の気取った説明のおかげでわかったぜ。

なぜ、野球の時は言霊が発現しても人が死ななかったのか。それは『任意で操る』ことができるからだ。だから“死”を野球の“アウト(死)”に限定して発言できた。

今回俺が発現したのは、お前の胃に対して“死ぬ”ように限定した言霊だ。胃の細胞は完全に“死ぬ”が、切除して小腸を移植すれば命は助かる。早く、その“組織”とやらに連絡しな」

「ク…ソ…」


男は救難信号のようなものを送り、そのまま横たわった。


「大丈夫か!大矢!そいつは死んだのか?」

「大丈夫、もうしばらくしたら救助が来るし死なないよ。

それより…これが俺の“言霊”か」

「何言ってんだ、大矢。そんなとこ何もいねぇけどマジで頭ぶっ飛んだか?あ、最初からぶっ飛んでたな」


黒装束に身を包み目元までフードのようなものを被った人間のような形をした言霊、それが大矢の言霊だった。


「人の命が主食みてぇな佇まいだな」

「大矢、やっぱ今日お前おかしいぞ。いつもだけど。

とりあえず、しんだほうがいいんじゃねぇか?」

「はいはい。もう帰るぞ」


力に覚醒したが、これまでとやることは変わらない。

ただ、今日のような来訪者が現れれば容赦はしない。

そう決めて大矢たちは歩き始めた。


「浦田大矢様、お見事でした」


また、スーツの男が現れ二人の行く手を阻んだ。


「なんだ、新たな資格か?」

「いいえ、先ほどは我が“組織”の鬼崎誠(きざきまこと)がお世話になりました。私は“組織”でボスの参謀を務めております、片村輝人(かたむらてるひと)と申します。

ぜひ、我が“組織”のボスとお会いしていただきたく、お迎えにあがりました」

「断ったら?」

「この場で、私が殺します」

「はぁ、面倒だな」

「素直についてきてくだされば悪いようには致しません。お連れ様もご一緒に」

「え?いいの?なんかわかんねぇけど」

「俺はお前のその馬鹿さ加減に救われるよ」

「では、参りましょう」


近くに停まっていた黒塗りの高級外車に乗り込み、二人は片村の運転で“組織”のアジトへと向かった。




「あの“組織”と接触したか。能力の覚醒も思ったより早かったな。“組織”においては、もうちょっと泳がせておいても良かったが潰しにかからせていただこうか。

彼らに関しては…まぁ、美味しく熟れたところを味わっていただくとしようか」


                           >>>to be continued…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「死ね」と言ったことはありますか? べー @tpale

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ