「死ね」と言ったことはありますか?
べー
第1話 “言霊”の発現
中学の時、大好きだったじいちゃんが死んだ。
野球をしていた自分に、じいちゃんは口酸っぱく言っていたことがあった。
一つは「目と勘」。目が良くなくては捉えられるボールも捉えられないし、見逃せるボールも見逃すことができない。また、勘が良くなくてはボールの落下点やここぞの勝負所を逃してしまう。そういう意味だった。
もう一つ、じいちゃんが言っていたことがあった。
それは“言霊”だった。
言葉には魂が宿る。できると口にし続ければその思いが通じて、やがて“言霊”が力を発揮してできるようになるということだった。
そんなじいちゃんの言葉を信じ「できる」と口にし続けたが、進学先の強豪校の層の厚さの前には意味をなさなかった。
その進学先の高校も同じだった。“言霊”を信じ、日々「甲子園・日本一」を叫び続け厳しい練習に取り組んだが、甲子園優勝はおろか創部100年の歴史史上最強と言われた先輩たちの代ですら県予選敗退という結果に終わった。
“言霊”…そんなものはないと思うようになってから5年が経つ。
大学で力をつけ、プロ目前まで来たがイップス(投球障害)で辞退せざるを得なくなってからは“言霊”なんてものは信じなくなっていた。
社会人3年目より起業し、経営者・浦田大矢(うらたひろや)となってからは、言葉とは人の心を操るための「まやかし」のようなものとしか捉えていなかった。
ただ、人を操るといっても悪い意味ではない。やる気のない社員をやる気にさせたり、得意先との良い協力関係を結ぶための友好的な手段であるということだ。
おかげで職場は活気に溢れ、得意先も協力的なところが多く経営状態も非常に良好だった。
高校時代からの友人の真江部幸輔(まえべこうすけ)は、若くして不動産コンサルの事業部長になるほどの敏腕だが、彼もまた“言霊”に踊らされた一人だ。
父親が元プロ野球選手で、その息子であるがゆえに過度の期待を周囲からかけられ、自分はできる!できないとおかしいんだ!という重圧に潰されてしまった。
そんな彼と今日も飲みだ。
幸輔は周りからすごい人格者と思われているが、実際の中身はそれとは程遠い。
唐突に飲みに誘ってきて、こちらに外せない用事があって断ると決まって「しね」だの何だの罵倒してくる。それに対してもちろん言い返すのだが、もはやそれがあいさつやコミュニケーションの類となっている間柄なため、その言葉に意味を感じたことやましてや“言霊”なんてものがこもっていると思ったこともなかった。
何より「しね」という言葉自体、最近の若い世代は仲がいい友達だと使うことの方が多いのではないだろうか?冗談めかして「お前しねよ~」なんてやりとりは、日常的によく見かける光景だ。
と、普段のやりとりをぼーっと回想していたが遅れたら幸輔がうるさいので、急いで集合場所に向かうことにした。
大矢のスマートフォンのLINEの着信音が鳴った。
見ると幸輔から「しね!早よ来い」との催促だった。まったく、こいつの言葉のボキャブラリーは「しね」以外ないのかと大矢は思い、小走りで幸輔のもとへ向かった。
「やめて!やめてください!!」
路地裏で何か声が聞こえたような気がした。
大矢は気のせいかと思ったがどうしても気になってしまい、急いでいたもののなぜか路地裏をのぞかずにはいられなかった。
大矢が恐る恐る路地裏をのぞくと、そこには今にも女性を凌辱しようとする中年男性の姿があった。
「てめえ!何やっとんじゃ!」
大矢は中年男性を思い切り殴り飛ばした。
酔っていたのか、その中年男性は一発で泡を吹いて失神した。
とりあえず事なきを得たと思い、すぐそこで泣きじゃくる女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?怖かったでしょう?もう心配いらないので警察に行きましょう」
女性はぶつぶつ何かを言っていて動かなかった。
「動けないですか?何なら僕が背負って行きますが…」
「あ…あ…んた…」
「え?何とおっしゃいました?すみません…聞き取れなかったのでもう一度お願いします」
「あんたが…あんたが…あんたが私の楽しみを奪ったのねえぇぇぇえ!!!」
すごい剣幕で女性は叫び、大矢に飛びつき首を絞めあげた。
その表情は異常で、目が完全にいかれていた。
「なんだ…お前…」
「私の楽しみを奪ったのよぉぉお!苦しんで逝きなさぁあい!!」
まともなしゃべり方ができていない状態で女性と思えないほどの握力から、大矢はクスリなどでリミッターが完全に飛んでいると考えた。
そして、このままでは本当に自分の命が危ないと思った。
首を絞められ、だんだん意識が遠のく中で大矢は錆びついた水道管を見つけた。
「あれだ」
大矢は今ある力を全て振り絞り、水道管を蹴り上げた。すると、水道管が暴発し水が吹き出した。
吹き出した水は大矢と女性を吹き飛ばし、大矢は首絞めから解放された。
「クソが!死ね!!」
助けたつもりが逆に襲われ死にかけた苛立ちから、言わずにはいられなかった。
ただ、これ以上この女性と関わるのはやばいと判断し立ち去ろうとしたとき、女性の変化に気付いた。
女性が立ち上がってこないのだ。
「え…これ気絶しているだけだよな…」
確認のため女性に近付こうとした次の瞬間だった。
「死んでいるよ」
突然後ろから、コート姿で白髪の見知らぬ男性に話しかけられた。
「君の“言霊”が彼女を殺したんだ。君の能力、なかなか面白いね」
「誰だ、お前。それになんだ“言霊”って。ジジイの戯言ならやめとけよ」
「戯言?ふっ、君はまだ何も知らんのだな。
まぁ、それも仕方あるまい。君の能力は今発現したのだから」
「何を言っている?」
全てを知っているかのようにしゃべるその男性は、ゆっくりと話し始めた。
「良かろう。教えてやる。
“言霊”とはある一定の極限状態、もしくは“言霊”の能力を持つものと接触した時に生まれるいわば超能力のようなものだ。
その“言霊”が乗る言葉は人によって様々で、当人が何かしらの思いを持った言葉に宿るとされている。そして、君に宿ったのは“死”という言葉への言霊。君が殺した彼女は“犯”という言霊を持ち、その特殊な趣向から“犯されたい”という能力を発動し快楽の最中に君が割り込んだというわけさ。
また、“言霊”を宿した人間は普通では考えられないほどの身体能力を発揮する。君が抵抗できないほどに女性の力が強かったのもそういうことだ。
しかし、彼女のおかげで君の“言霊”が発現したのだから、死んだ彼女に感謝しないとな」
白髪コートの男性は高笑いをした。
「俺はその女性を殺してないし、てめえは何だ?
なぜそんな訳の分からないことを知っている?」
「それは私が“言霊”を見つけたからだよ。
そしてこの女性は、確実に君が殺した。初の“言霊”の使役、見事だったぞ」
それだけ言い残して白髪コートの男性は消えていった。
ほどなくして110番通報をした大矢のもとに警察が駆け付け、起こったことを話し事情聴取に応じた。
飲みがなくなった幸輔からは「しね」と連絡が入っていた。
「“しね”かぁ~。幸輔の普段使う“しね”と俺があの女性に言った“死ね”はどう違ったんだろう。本当に俺は、人を殺してしまったんだろうか」
事情聴取で殺人の疑いが晴れた大矢だったが、白髪コートの男性の言葉が引っかかり寝付けなかった。
「ボス、新たな“言霊”が出現しました。これは…今までに見たことのないタイプです」
「よし、では接触を試み、相手の出方によっては捕獲・殺害を不問とする。
今回のターゲットは非常に危険であることが予想される。くれぐれも深追いは避けるように」
>>>to be continued…
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