エリアーシュの手紙 3
友よ!私はとんでもない罪を犯しました。むろん、私はそのことを知りませんでした。しかし、たとえ知らなかったとしても罪は罪なのです……。
順を追って語ることにしましょう。
丘を降り、神殿で起きたことをあらかた手紙に書き終えると、夜はすぐそばに迫っていました。泊まる場所を探さねばならない、またトドールの世話になろうかと思っていると、私は思わぬ人物に出会いました。
「イレーン」
彼女は言いました。
「神殿に行ってきたの?」
「ああ」
「イシュトヴァーンが案内したの?」
「ああ」
彼女は私の顔をじっと見つめ、呟きました。
「私のことを聞いたのね」
私は頷きました。
「なにが起きているのか──それとも、これからなにが起きるのか、君の口から聞きたいのだが……」
事の真相を知らずにこの村を去ることはできない、と私は思いました。しかし、よそ者の私が踏みこんで良いのかは分かりませんでした。
イレーンは少し考えて、答えました。
「いいわ。私の家に来て」
イレーンの家は、村の他の家と同じく質素なものの居心地は悪くなく、呪われた家系だとしても虐げられた様子はありませんでした。
母親はイレーンが幼い頃に流行り病で亡くなり、彼女は母方の祖母ピロシュカと妹のマーラとの三人暮らしでした。
ピロシュカは私にチーズとパン、それから野菜のスープを出してくれました。巡礼が終わったので、私はありがたくそれを食べました。
「この子の犬が殺された時、あたしには分かったよ」ピロシュカが言いました。
「また巡礼者がやって来るって」
「父さんの時はヤギが死んだの」イレーンが言いました。
「お弁当をつまみ食いして」
「つまり……巡礼者がやって来ると、誰かが君の家族に毒を盛るのかい?」
「いいえ。父さんの時も、私の時も、家の周りに《暗殺者の指》が生えていたわ」
私は話を上手く飲みこめませんでした。
ピロシュカがため息をつきました。
「初めから説明してあげるよ──別に秘密でも何でもないから」
ピロシュカの話は、およそこのような内容でした。
何世紀も前、この村がもっと大きな町だった頃、この土地に忌まわしい《獣》がやってきました。それは山に住み着いて、アザミを寝床にして、家々を焼き、住人が何人も死にました。《獣》の退治を試みた者はみな殺され、土地を離れる者も多くなりました。
そんな折に、著名な神官たちがやってきて、《獣》を封じこめました。彼らは石の神殿を建て、その時に使われた
《獣》は封じられたものの、それを戒め続けるには生贄が必要でした。神官たちは生贄が恐怖にさらされることのないよう、なにも知らせず、速やかな死を与えることにしました。
生贄が死んだ場所にはある植物が芽吹きます──それが《暗殺者の指》でした。それは死人の血によって育まれ、いつしかこの土地の至るところで繁殖するようになったのです。
住人たちは他の土地に移り住むようになりました。そうすれば生贄に選ばれることはありません。
そして、《暗殺者の指》は新しく移住してきた人々に手を出しません──呪われた植物は、土地に根付く古い血を好んで選ぶのでした。
不吉な謂れのある土地で、徐々に神殿を訪れる者は減っていきました。後年、別の奇跡を起こした神官が骨を埋めた隣町の方が、巡礼地として有名になり、今ではほとんど巡礼者も現れなくなりました。
生贄は儀式とともに捧げられます。長い歳月が過ぎ、土地の人々は儀式を忘れてしまったので、生贄は巡礼者の訪れと共に捧げられるようになりました。
古い血を持つ一族も一つだけになりました。彼らは「血の中に《獣》を飼っている」と言われるようになりました。彼らがこの土地を出て行くことを、誰も許しませんでした──生贄がいなくなり、《獣》が自由の身になることを恐れたためです。
「私の娘は、その古い血を持つ男と結婚した」ピロシュカは言いました。
「自分の子どもが生贄になるなんて耐えられない──しかし《獣》を野放しにすることもできない。だから、花嫁はくじ引きで決められた。娘が選ばれた時、私たちがどれほど嘆いたか、お前さんには分かるまい……」
「イレーンの父は、私の前の巡礼者が来た時に──殺されたのですか」
「そうだよ」
私は少女の方を見ました。
「では……私が来なければ、君は死なずに済んだのか」
イレーンは微笑みました……初めて出会った時と同じように。
「きっと、そのうち別の巡礼者が来たわ」
私は耐えきれずに俯き、ごく小さな声で言いました。
「どうにか……身代わりとして、生贄になることはできないのでしょうか」
ピロシュカは乾いた笑いをもたらしました。
「できるならあたしが身代わりになっているさ。あんたが古い血を持っているなら、話は別だがね……」
私はなんと恐ろしいことをしてしまったのでしょう──事情を知らなかったとはいえ、この巡礼を頼んだあなたを少し恨んだくらいです。
しかし、何もかも手遅れでした。
ピロシュカは私の滞在を許してくれました。
「お前さんを追い出したところで、何も変わらないからね……」
イレーンはいたって落ち着いていました。そのことが、かえって私の心を苦しめました。
今宵、彼女は丘の上に身を横たえることになるでしょう──生贄は《獣》に殺されると《暗殺者の指》が生えるので、遺体もろとも焼き払わなければならないからです。
私は少女の側で祈ることを許してもらいました。私にできるのはそれだけです。
もし叶うなら、《獣》よ、彼女ではなく、我が命を奪いたまえ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。