エリアーシュの手紙 2
ヴェンツェル、今朝の夢はとても奇妙でした。
その夢では、どこかの丘が燃えていました。そして金色の炎の中で、怪物が私のことを待ち伏せをしているのです。そいつの周りでは《暗殺者の指》が生茂り、焼けることもなく私を嘲笑っていました。
私は抗いようもなく炎の中に引きこまれました。怪物が狙いを定めて私に飛びかかり──そこで夢が終わりました。
目を覚ました時、自分がまだ夢の中にいるのか、現実にいるのか、咄嗟に分かりませんでした。夜はまだ明けておらず、雄鶏さえまだ眠っていました。
朝が来て、私はパンとリンゴ、それからヤギの乳という食事をいただきました。
少ない荷物をまとめていると、トドールが言いました。
「石の神殿に行くなら、イシュトヴァーンに案内してもらうといい。あいつは山道に詳しいから」
私はお礼を言い、教えてもらった家を訪ねることにしました。
イシュトヴァーンは茶色い髪にそばかすのある、十五歳の少年でした。彼は素っ気ない様子でしたが、朝の仕事が終わったら神殿まで案内してくれることになりました。
すると彼の兄弟がやってきてこう言いました。
「旦那、神殿に着いたら祈りだの何だのって時間がかかるだろ?昼に出発したんじゃ、戻ってくるまでに日が暮れちまうよ。イシュトヴァーン、仕事はやっておくから、今から案内してやんな」
私はイシュトヴァーンに続いて、岩だらけの山を登りました。彼は遠慮のない少年で、道すがらこんなことを言いました。
「あんな廃墟を見にわざわざ旅をするなんて、どうかしてるよ」
「そうかもしれないね」
「あんた、どうして巡礼者なんかになったの?」
「友人の代わりなんだ。彼は病気で、自分で来ることができないから」
「ふうん」
少年は棒でアザミの藪を叩きました。
この地方では、アザミには悪い霊が憑くと言われ、通り道で見つけたら棒で叩くのが習わしです。いわゆる迷信の一つですが、まだ語り継がれているようです。
だんだんと勾配が急になり、まばらだった木々も徐々に増えてゆきました。
先を歩く少年が私を振り返りました。
「神殿のあたりには《暗殺者の指》がたくさん生えてるから気をつけなよ」
「そうなのかい?珍しいね」
「あのへんは誰も近寄らないからね」
「君はよく行くのかい?」
「そんなには」
そう答える前に、彼は一瞬言いよどんだように感じましたが、私は深く追求はしませんでした。誰だって、知られたくない事柄はあるものです。
石の神殿に辿り着くと、イシュトヴァーンが廃墟と呼んでいた意味がよく分かりました。灰色がかった大理石の支柱や壁のほとんどは崩れて、見事だったであろうレリーフや彫像は風化し、その輪郭は失われていました。しかし、すべてがなくなったわけではなく、そこには聖なるものの根幹、そして代々の巡礼者たちの魂が残っているように感じました。ヴェンツェル──あなたが一緒に来られなかったことがとても残念です。あなたが私以上にこの神殿に焦がれていたことは知っています。戻ったら詳しく話して聞かせましょう。
大部分の天井が崩れているおかげで、中はずいぶん明るく感じられました。壁は蔦や苔に覆われてはおらず、虫の類も見当たりませんでした。ただ白く輝く日の光が、すっかり目鼻立ちの分からなくなった胸像を神秘的に照らし、まるで祝福を授けているようでした。
さらに進むと、イシュトヴァーンの言った通り、所々で《暗殺者の指》が群生しているのを見つけました。それは子ども時代に見た通りの──そして夢の中で見た通りのすがたをしていました。
私はふと考えました。イシュトヴァーンは一人で、神殿のこんな奥深くに足を踏み入れたことがあるのでしょうか。それとも他の巡礼者の案内をした際に、《暗殺者の指》が生えていることに気づいたのでしょうか。
とうとう、私たちは最も神聖な場所へと辿り着きました。
その場所は、ほぼ完全な姿で私のことを待っていました。開けた広場を八本の柱が囲い、石畳には失われた文字で、もはや語られることのない歴史が記されていました。
広場の中央に据えられた石の祭壇の上に、緑青だらけの燭台と
祭壇の周りには、一際見事な《暗殺者の指》が茎を伸ばしていました。
私は毒草を避けて祭壇の前に跪き、祈りを捧げ、あなたに教わった通りに儀式を行いました。その間、イシュトヴァーンは広場の外で待っていてくれました。
儀式を終えてから改めて祭壇を仰ぐと、私は見たことのないものを見つけました。
祭壇を囲む《暗殺者の指》が、一斉に花を咲かせていたのです──この毒草に花があることを、私は知りませんでした。血のように赤い茎の先に、いくつもの白い花が開いていました。
その色を何と表現すれば良いでしょう。夏の雲とも冬の雪とも異なる、色彩を完全に失った、干からびた紙のような白でした。もし毒がないのなら、あなたのために摘み取って帰ったのですが。
この一種の奇跡のような出来事は……なぜか私をぞっとさせました。
こうして私の巡礼は果たされました。もちろん私はほっとしましたが、心には一片の翳りがありました……。
私たちは元来た道を引き返しました。
途中、私は一枚の壁画を見て立ち止まりました。壊れた天井から日光が降り注ぎ、そこを金色に染めていました。
その壁には今朝、私が夢で見た通りの怪物が描かれていました。
「これは……?」
私が呟くと、イシュトヴァーンも足を止めて言いました。
「《獣》だよ。大昔にこの土地を荒らしまわっていて、神官たちがこの神殿を建てて封じこめたんだ」
私は思わず手を伸ばして壁の表面をなぞりました。しかし石の隙間から《暗殺者の指》が伸びていることに気付き、慌てて手を離しました。
「ヤマネコだろうか……」
イシュトヴァーンは壁画にくるりと背を向け、再び歩き出しました。
「《獣》は《獣》さ」
神殿を出ると、夕陽は真横から差しており、想像以上に時間が経っていることに驚きました。
林を抜けて村へ帰る道すがら、私はイシュトヴァーンに尋ねました。
「イレーンという少女を知っているだろう」
「ああ」
「彼女の家系は血の中に《獣》を飼っていると聞いたのだが──どういう意味か知っているかい?」
「そのまんまの意味だよ、」彼は棒でアザミの藪を叩きました。
「そして、彼女は殺されるんだ」
「何に?」
「血の中の《獣》にさ」
「どうして殺されてしまうんだ?」
少年はなかなか答えようとしませんでしたが、やがて吐き捨てるように言いました。
「あんたのせいだ」
「何だって?」
少年はそれ以上なにも言いませんでした。彼は私を置いてどんどん丘を下り、おそらく自分の家に帰っていったのでしょう。
丘を降りた私は、これからどうするか考えました。朝食を取っただけなので、ひどく空腹でした。私はちょうど良い切り株を見つけ、記憶が新しいうちにあなたへの手紙をしたためています。
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