風の蜜
安良巻祐介
孔だらけの笛を買って、尖らせた口に当てて、音が鳴らないのにふうふうと何度も吹きながら、川沿いの道を歩いていると、うまくすれば、だんだん風の声が聞こえてくる。
「わあわあわあわあ」
「わあわあわあわあ」
最初はそんな、取り留めもない喚き声だが、我慢して笛に息を吹き込み続けたら、やがて風の声は意味のある語に結びついて、
「あわあわあわあ、つれていこう」
「あわあわあわあ、つれていこう」
尾っぽを立てた猫のそれに似た、病的な調子で呟きながら、こちらの細腕をグイと掴む。
そこで力を抜いてしまえば、フイと宙へ浮いて頭は空になり、木っ葉のように巻き上げられてそれきりだが、そこでウンと足を踏ん張って抵抗すると、風の声との力比べとなる。
「あわあわあわあ、つれていこう」
「あわあわあわあ、つれていこう」
うるさい猫声に耳中を掻きまわされながら、ぐっとこらえて粘っていれば、だんだん風どもは根負けして、弱音を吐き始める。
「おもたい」
「ああ、おもたい」
狙いどころはそこである。
隙の出来た所を見計らって、エイと一声、気合を入れて、腕を思い切り引き絞れば、
「わああああああああ」
「うああああああああ」
叫びと共に風どもは水あめのようになり、きゅるきゅると捩じられてゆく。
孔だらけの笛を、その水あめの中心へ突っ込んでやると、後はもう楽である。
クルクルと回してゆくだけで、勝手に風どもは笛の孔に絡まって、そこへ巻き付いてくる。
「たすけてくれえええええ」
「たすけてくれえええええ」
何やら助命の嘆願があるが、どうせ生きてはいない風の軋みが人語のように聞こえているだけなのだから気にすることはない。
最後まで巻き取ってしまったら、笛に弥勒紙を被せて、これで
半日ほども寝かせておくと、弥勒紙を外しても、もう逃げられない。
それはほとんど透明で、目を凝らせばほんのうっすらと青白く、重ね湯葉のようなものが笛の周りに蟠っているのがわかる程度であるが、すっきりと後味良く、くどさのない上品な甘味があって、どんな料理、菓子類にも合う一品である。
それを入れた料理からは、
大切な友人に、家族のお祝いに、上客への贈り物に、いずれも喜ばれよう。
風の強い日など、ぜひ一度、お試しください。
風の蜜 安良巻祐介 @aramaki88
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